第19話 流星の日
(全然お金使ってないのに、こっちのが思い出になりそう)
結由とディズニーランドに行った時、チュロスとか歩きながら食べてたけれど、何を話していたのかはもちろん、味すら覚えていないもんな。
「そういえば優恋さん」
「うん?」
「白鳥に見とれて、肝心な話できなかったね」
「肝心な話?」
優恋さんは忘れているようだった。
「うん。結由が喜ぶこと、教えてくれるんじゃなかった?」
「あっ……うふふ。そうだった」
優恋さんが口元を手で押さえて笑う。
もうそばかすを気にしている様子もないことが嬉しかった。
「あーあ。僕たち、また会わないといけないね」
少し残念そうな感じを出しながら言った。
優恋さんはまっすぐな言葉で誘うと断るだろうからね。
「えっ」
「だって、今日はもう遅いよ」
「で、でも……」
優恋さんが軽く赤面しながら、言う。
「教えてくれるんでしょ。結由と付き合うなら知らないといけないこと」
別にそんなこと、知りたいんじゃないけどね。
優恋さんと会う口実でしかない。
「そうだけど……」
「教えてくれてからじゃないと会えないよ。逆のことしちゃったら結由に一発で嫌われちゃうよ。いいの?」
優恋さんは頬を染めたまま、俯く。
「……そうね。じゃあ……いつがいい?」
「来週の水曜の夜は? 確か流星群がたくさん見られるよ」
牡牛座流星群がその日が一番多くなる日だとウェザーニューズが言ってた。
「夏向くん、よく知ってるね」
「お金は一銭も使わないよ。ただ西が丘で見るだけ。いいでしょ?」
西が丘は僕らの住んでいる街にある高台地区だ。
展望台があり、空を見渡すにはうってつけ。
本当は今日行った貯水池公園みたいなところまで来れたら、街の明かりも邪魔しなくなるのだろうけれど。
授業も普通にある日だし、遠すぎるよね。
「……わかったわ。じゃあその時に」
「約束ね」
「ふふ。夏向くんも忘れないでね」
「大丈夫、ほら」
僕たちは小指を絡ませて、指切りを交わす。
鳥たちのお陰で、そんなことが普通にできるようになった一日だった。
◇◆◇◆◇◆◇
晴れやかな朝の日。
僕はいつものように冷たい水で顔を洗って寝ぼけた頭を覚まし、居間に入る。
「夏向くん、もしかして彼女できたの」
食卓テーブルの向かいに座っている母さんが、朝御飯中に訊ねてくる。
「いや、できてないけど」
「あら、違った? 随分ウキウキした顔してるから」
「そ、そう?」
「ホントはできたんでしょう?」
母さんが頬杖をついて僕をじっと見ている。
なぜだろう、ちょっと睨んでいる感がある。
「い、いや、友達なだけだよ」
慌てて否定する僕は、顔が真っ赤になっていた。
いや、つーか慌てる必要なくない?
なんで僕、こんなに言い訳してる?
「それならいいけど」
母さんが手元に視線を落とし、ムーミンの茶碗を手に取る。
ほっ。解放された。
……ん? 待て。
『それならいいけど』ってなんだ?
母さんが言うと、おかしいような……。
「………」
そう思ってたら、顔に出ていたらしい。
また母さんが僕を見ている。
「夏向くん」
「はい」
「25歳になるまでは母さんが夏向くんのお嫁さんよ」
「は?」
なにそのツッコミどころ満載のルール。
25歳ってなに?
しかも彼女じゃなくて、お嫁さんって?
「それは……初耳だったけど」
「うふ。母さんが決めたの」
母さんがとたんにニッコリして、テーブルの下で素脚を組んだのがわかった。
「だって若い女の子に騙されるかもしれないでしょう。そしたらお父さんに合わせる顔がないから」
「いや、そこまで過保護……ていうか、大丈夫だと思うよ」
僕はできるだけ、その優しさ的なものを傷つけないように言った。
ここにきて、25歳まで母さんべったり説浮上。
ただ、僕が25になっても母さんはきっときれいなままだから、同い年ぐらいに見えちゃうんだろうな……。
隣を歩いていたら、ホントお嫁さんに見られちゃうかも。
「それとね、夏向くんももう17歳だし、そろそろ母さんと一緒に寝ましょ?」
「……は?」
謎発言が連発されている。
いや、普通逆でしょう。
なんで大きくなったら母さんと一緒に寝なきゃいけないの。
「ふふ。だって寂しいんだもん。もう大人だから大丈夫でしょ」
「………」
さすがに言葉が出ない。
「あとね、母さんの他にお付き合いしたい人がいるなら、一度連れてきてね。見てあげる」
「い、いや、遠慮しとくよ……」
それはいわゆる『お母さん面接』というやつですか。
◇◆◇◆◇◆◇
約束していた水曜がやってきた。
優恋さんの用事もあって、夜の8時に待ち合わせをすることになっている。
知らなかったんだけど、今日は流星群に月食も重なっていて、世にも珍しい日らしい。
それだけに、外に出ると、確かにいつも以上に人がいた。
彼らは一様に街灯から距離のある街路樹の下に立ち、インスタ映えしそうな月と梢のショットを狙っていた。
「ふぅ」
西が丘に着いた僕は、待ち合わせ場所の銅像の台座に寄りかかり、しばし物思いに耽る。
最近の僕の心の中では、優恋さんがいつも微笑んでくれている。
あれから毎晩のように優恋さんと会うことができて、一緒にゲームをして過ごしていた。
夜にしたゲームプレイを、翌朝のバスの中で二人で振り返ったりして、話題は尽きない。
優恋さんと付き合えたら、もっと寄り添えるのかな。
そうなれたら、どんなに幸せだろう。
「お待たせしちゃった」
「大丈夫。来たばかりだから」
お互いに慣れて来たのだろう。
話も弾みやすくなった気がする。
今日の優恋さんはベージュのロングコートの下に深緑と白のワンピースを着ていた。
ワンピースの裾から覗かせる、適度にふっくらとした膝下は柄の入った黒のストッキングに包まれている。
「やっぱり寒いね」
「うん。夏向くんは大丈夫?」
「厚着してきたよ」
今夜の気温は6度と一段と寒くなるそうで、僕もダウンコートを引っ張り出して着てきた。
「このあたりでいい?」
「うん」
少々見づらくなるけれど、僕たちは空いていた大きなイチョウの樹のそばで空を眺めることにした。
夜なのに人が案外に多いから、暗がりはちょっと怖かったけど、今日は月明かりがすごく明るく感じる。
そうか、月食がまだそれほど進んでいないんだ。
ということは、これからだんだん暗くなるのかも。
「早い時間なのに、もう流れているね」
僕は澄んだ星空の一角を指差す。
「うん。あ、流れた」
空を見ていると、ポツリ、ポツリと流れ星が流れる。
だいたい、1分にひとつかふたつ。
「優恋さん、流れ星は見たことあった?」
「ふふ。こうやって外で眺めるのは初めてよ。とってもきれいね」
「うん。こんなに頻繁に流れるんだね」
願いをお祈りするほどの時間はないけれど、見逃してしまうほど早いものでもない。
流星群だから、まとまって同じ方向に行くのかなと思っていたけれど、色んな方向にひゅん、と流れるのが不思議。
そうやって、樹の下で二人並んで空を見つめること、しばし。
「夏向くん」
「うん?」
「……結由のことなんだけど」
見飽きるほどに流れ星が流れた頃、隣にいる優恋さんがぽつりと言った。
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