第16話 お弁当2
「お邪魔します~」
僕は中に入り、ドアを締める。
中はふんわりとコーヒーの香りがしていた。
「今日はありが……」
軽く赤面しながら、中の人に目を向けたところで、僕は我が目を疑う。
「てへへ。会いたかった~!」
なんとここにいたのは、ベージュ色の髪を肩上で揃えた人。
「あれ?」
「ふふ、ほらほら、座って。約束のお弁当だよ♡」
彼女が座る四人がけのテーブルの上には、ナプキンの上に広げられたミッキーのお弁当箱があった。
でも僕は全く、座る気になれない。
居たのは、結由だった。
「……夏向、どうかしたの?」
「いや、誘ってくれたのが優恋さんだから」
優恋さんだけがいると思ってました。
「ああ、お姉ちゃん、先に食べててって言ってた」
急な用事で、遅れるみたい、と結由が言う。
「あ、そういうことか」
優恋さん的には、3人でお昼ごはんということだったのか。
てっきり結由と二人で過ごすとか、望んでないことになるのかと思った。
まあそれならいいか。
ちょっと待てば3人になるんだし。
僕は椅子に座り、お弁当の前に座る。
いい匂いがする。
「じゃじゃーん」
結由がパカッと、お弁当の蓋を開けてくれた。
「おお」
なにげに中華弁当じゃないか!
唐揚げ、シューマイ、卵あんかけ、そしてご飯のところがチャーハンになってる。
トマトとかも入ってて、色合いもすごい考えてそう。
「足りないかもと思って、こっちもあるよ」
結由がもうひとつお弁当箱を開けると、そこには白飯の上にチンジャオロースがどっさり載っていた。
「うおお、わかってる」
すごい、男子のボリュームわかってる。
「これ全部頂いていいの?」
「うん」
結由は満面の笑みで頷いた。
「食べてみて。絶対おいしいよ」
結由も自分のお弁当箱を取り出し、自分の前に置く。
「うん……あ、でもさすがに優恋さん待つよ」
確かにお腹はとんでもなく空いてるし、この良い香りに我慢できなくなってはいるけど、やっぱり優恋さんと一緒に食べたい。
そのために来たんだし。
「お姉ちゃんに聞いたけど、待ってるより先に食べててほしいって言ってたよ」
「あら、そうなの?」
「うん、さっきまで居てね。コーヒー淹れていってくれたの。その時、遅くなったら申し訳ないから、むしろ食べててほしいって」
結由が室内の左を指差す。
確かにサイドテーブルには、ホットプレートに載ったコーヒーポットが置かれていた。
良い香りはここから放たれているようだ。
「ちょうどよく温めていってくれたし、冷めないうちに、ね?」
結由がおなかすいたー、と早々に自分のお弁当箱に手を付け始める。
「うーん……じゃあ先にコーヒーをもらって、あと10分だけ待とうかな」
15分あれば十分食べられるしな。
しかし、待てど優恋さんがくる気配はなかった。
一緒に食べたかったけど……優恋さん、昼休みも忙しい委員会なのかな。
「しかたないか……ではいただきます」
「お食べ♡」
「おお、ウマい」
うわー、箸がとまらないとはこういうことか。
唐揚げとか時間が経ってるのにジューシー。
なによりチャーハンの味の奥行きが……。
「うまー。このチャーハン、どうやって作ってるの? 豚バラだけじゃない旨味がすごいな」
何を隠し味に使ったら、こんな旨味が立つチャーハンになるんだろう……。
秒でなくなったわ。
「ほら、チューブのやつあるじゃん。チャーハンに入れるやつ」
「そっか、あれかー」
「こっちもよかったら」
空っぽになったお弁当と交代し、チンジャオロース丼を頂戴する。
うわ、白米とベストマッチ過ぎる。
ピーマンが苦手な人に、ぜひ食べさせてあげたい。
わかってるなぁ。
「ごちそうさまでした!」
ふう。マジでうまかった~。
できるだけゆっくり食べてはみたけど、優恋さん戻ってこなかったな。
もう昼休みは10分も残っていない。
「てへへ、よかった」
結由は嬉しそうにでれでれしている。
「これって誰がつくったの?」
僕は残りのコーヒーをもう一杯もらいながら、訊ねる。
この酸味、モカかな。
好みが合うなあ。
「あたしがほとんどだよ? すごいでしょ」
「チャーハンも?」
「うん」
あら、そうなんだ。
「結由さん、こんなに料理できるんだ、才能あるね」
「結由でいいよ」
「じゃあ結由。御馳走さま」
「お礼はいいよ。代わりにどっかいこうよ!」
そうしたくて、優恋さんが入れ知恵してお弁当になったってとこかな。
「わかった。でも優恋さんにもコーヒーありがとうと伝えておいて……」
そう言いながら、後片付けをし始めたところで、部屋に入ってくる人がいた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃった」
優恋さんだった。
彼女はいつものようにぐるぐるメガネで、長いスカートを穿いている。
二人と一緒に会うのは初めてだけれど、並んで見てみると、二人は僕がゲームを通して感じていた通りの雰囲気をまとっていた。
「夏向くん、美味しかったでしょ? 結由が作ったのよ」
優恋さんは眼鏡の奥でニッコリ笑うと、わかっていたように僕が空にしたお弁当箱を重ねて持ち、簡易の流し台に持っていく。
「とっても美味しかったよ。優恋さんはお昼食べないの?」
僕は、胸を張る結由にもう一度礼を言うと、洗い物をする優恋さんを見る。
「用事の前に少し食べたから大丈夫」
「あ、僕が洗うよ」
「大丈夫よ。もう終わったわ」
そう言って優恋さんはテキパキと室内を片付け、後始末を済ませていった。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
晴れ渡り、小鳥たちが梢でさえずる、気持ちの良い朝。
「おはようございます」
いつものように優恋がバスに乗ると、乗っている人を縫うようにして、夏向の横のつり革に掴まる。
夏向はつい湧き出た嬉しさを隠すようにしながら、おはよう、と挨拶をした。
「夏向くん、昨日は来てくれてありがとう」
「いやー、ごちそうになっただけだけどね。コーヒーまで」
「ふふ、いつも夏向くんからうっすらコーヒーの香りがするから、飲んでるのかなって」
一応淹れることにしたの、と優恋は微笑んだ。
「ありがとう。優恋さんって気が利くよね」
「………」
優恋が言葉に詰まり、頬を赤くする。
だがすぐに取り繕って、口を開いた。
「か、肝心のお弁当は夏向くんの口に合った?」
夏向はとたんにコクコク、と大きく頷く。
「とっても美味しかったよ。結由がほとんど作ったんだったね」
「……う、うん」
優恋は合わせていた視線を逸らし、窓の外を眺めながら、頷いた。
「なかでもチャーハンが絶品だったよ」
「……ホント?」
優恋が再び夏向を見る。
「うん、ねぎ醤油が香ばしかった。豚バラの旨味のほかに、なにか隠し味で使ってるのかな」
優恋はすぐにピンときたようで、嬉しそうに口を開いた。
「うん、そうね。うちは普通の醤油の他に、中国醤油を最後に混ぜるの」
「ほほう、なるほど」
それであんなに味に奥行きが出るのか、と夏向は目からウロコだった。
中華のお店にしか置いてないような醤油があるとか、すごいこだわりだな。
「すごく好きな味だったよ。優恋さん、作ってくれてありがとう」
「………」
夏向の言葉に、優恋がまたぽっと顔を赤くした。
「……だ、だから結由が作ったのよ」
「作ったのは優恋さんだよ」
夏向は今の会話ではっきりと確信したように、優恋を見ていた。
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