第15話 お弁当1
「……ごめんね。見づらくて、よくつまずくの」
そう言って、優恋さんが僕から離れて立ち上がろうとする。
それと同時に、僕の首元にポトリと何かが落ちてきた。
彼女のメガネだった。
「優恋さん、眼鏡……あ」
僕は背をアスファルトにつけたまま、首元の眼鏡を手に取り、優恋さんを見る。
そこで僕はしばし、まばたきを忘れた。
「あなたは……」
「ご、ごめんなさい」
優恋さんは慌てて眼鏡を受け取ると、立ち上がって乱れた自分の身なりを直す。
「優恋さん、前に僕と……」
眼鏡を外した優恋さんは、あの人だった。
コンビニを出たところでぶつかった、タイトミニを穿いた、とんでもなくきれいな人。
「やだ、恥ずかしい……」
優恋さんは僕に背を向ける。
「どうして」
「だって私……結由と違うもの」
「違う?」
「そばかすがあるの」
彼女は背を向けたまま、さらりとした黒髪を掻き上げ、恥ずかしさを隠すように言った。
「………」
そういうこと、なんだ……。
それで顔を隠すような、こんな大きな眼鏡を……。
「そんなの、全然気にすることないよ!」
僕の声は自然と力がこもった。
そばかすはあったかもしれないけど、優恋さんはそんなので霞んだりなんて……。
「そんな話はいいの。それより夏向くん」
優恋さんがぐるぐるメガネをかけ直して、僕に向き直る。
「結由のこと、お願いね。二人ならきっといい恋人同士になれるわ」
「優恋さん」
「応援してるわ。今日はそれが言いたかったの」
「待って」
「じゃあここでね! また朝のバスでね」
優恋さんが背を向けて、たたた、と駆けていく。
そんな彼女を見つめながら、思う。
違うんだよ。
僕が好きなのは結由じゃなくて……。
◇◆◇◆◇◆◇
(
会うまではここまでじゃなかったのに。
優恋さんと離れてから、逆に会いたくて会いたくて、たまらなくなってしまった。
あの抱き合っていた感触が、頭から離れない。
その夜、ゲームの方でも探したけれど、優恋さんはお休みのようだ。
それから2日ほど、朝のバスでは優恋さんと会えなかった。
代わりと言っては変だけど、結由からのアプローチがすごくなった。
「――ねぇねぇ、最近冷たくない?」
昼休み、宿題を持って図書館に向かう僕の背中に、結由が言う。
「冷たくないよ。どうして?」
「てかあたし、こないだのことで嫌われた?」
ほら、コーラこぼしたじゃん、と結由は不安そうな顔で僕の横顔を覗く。
「ただ帰ってからゲームをしたいから、昼のうちに宿題を済ませてるだけだよ」
正確には、ゲームをしたいのではなく、ゲームのなかにいる人と話す時間をすこしでも多くとりたい、ということ。
「じゃあさ、あたしとまた一緒にどっか行こうよぉ! お台場とかさ。美味しいお店知ってるの」
四段パフェもあるんだ、と結由が嬉しそうに笑う。
「せっかくだけど、気持ちだけもらっておくよ」
「アハハ、バカ。そんなに警戒して! 今度はあたしのおごりでいいし」
「ごめん、そういう理由じゃないんだ」
「じゃあ近場で! ゲーセンとかさ。クレーンですみっコぐらし取りにいこ」
お金はあたしが出してあげるから、と結由がウィンクする。
「ありがとう。でも他の人誘ったげて」
こんなふうに何度もデートのお誘いを受けたけれど、僕は丁重にそれを断り続けた。
僕が会いたいのは、この人じゃないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「おはようございます」
「おはようございます」
しとしとと雨の降る日。
3日ぶりになったけれど、やっと優恋さんが同じバスの隣に乗ってきてくれた。
「この間の話、考えてくれた?」
赤い傘を手に下げた優恋さんが、耳元でそっと囁く。
「結由が素敵なのは認めるよ。でもそれと付き合うとは話が別だよ」
「大丈夫。結由は夏向くんが大好きで仕方がないから」
会っていれば引っ張られてきっと好きになるわ、と優恋さんが眼鏡を少し下げて、ウインクしてみせた。
「ならないよ。僕、他に好きな人がいるから」
僕は言い切りながらも、視線を窓の外へと逃がす。
可愛すぎて直視できない……。
「大丈夫。私が手伝ってあげる」
いや優恋さん、そうじゃなくて。
ちなみにそれ、一番つらいパターンです。
「あのさ、唐突なんだけど――」
このまま望まないことになるくらいなら、いっそ――。
「夏向くん。明日、お昼休みとか会えないかしら」
言葉が重なる。
「い、いつだって会えるよ」
言ってから、恥ずかしくなって窓の外を見る。
真っ直ぐな気持ちがそのまま口から出てしまった。
いや、照れてる場合じゃないだろ。
なんなら今、コクろうとしてたくらいなのに。
「じゃあ進ロビで待ってるわ」
進ロビとは、進学生用ロビーのことで、受験勉強をする生徒が自由に使える自習室のことだ。
36部屋もあるけど、うちはガチの進学校ではないのもあって、平日は大半が空室になっている。
ちなみに僕は進ロビは使ったことはなかった。
卒後は1年か2年バイトして、学費を貯めてから大学受験するつもりだったからね。
「お昼休みに部屋名『YKN』で取っておくから。来てね」
「え……昼に会えるの?」
「お弁当作ってくるから」
優恋さんは、さらりと言った。
「……えっ!?」
僕は首まで真っ赤になるのがわかった。
お、お弁当……!? 優恋さんお手製の……!?
「ホントに!? いいの?」
死ぬほど嬉しいんですけど!
「ふふ、少し準備があるから10分くらい遅れてきてね」
優恋さんは眼鏡の奥で、優しく笑っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
よっしゃあぁぁ!
朝起きても、授業が一つ終わっても、毎回心の中でガッツポーズ。
そうやって、やっと4時間目の授業が終わった。
待ちかねた昼休みだ。
気の遠くなるような10分の後、進ロビに行くと、約束通りD室がYKN【プライベート】ですでに借りられていた。
設定は【オープン】と【プライベート】があり、【プライベート】の場合は事前に約束していない他人が出入りすることはできない決まりになっている。
一応いつものように自習用具を手に持って、トントン、とノックし、夏向です、とドアの前で告げる。
「はーい、入っていいよ~!」
中からは元気のよい声。
「お邪魔します~」
僕は中に入り、ドアを締める。
中はふんわりとコーヒーの香りがしていた。
「今日はありが……」
軽く赤面しながら、中の人に目を向けたところで、僕は我が目を疑う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます