第13話 気づいた現実
「私、何度も夏向くんに会ってる。きっとブサイクすぎて気づいてもらえてないだけ」
チャット先の彼女は、自嘲するように笑った。
「何度も? どこで??」
「ふふ。会ってからのお楽しみ」
彼女はまた、くすくすと笑った。
◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ……どうしよう」
つい話の流れで言ってしまった。
帰りのバス停で待つとか言って……私、そのまま夏向くんと一緒に帰るつもりなの?
恥ずかしい……私にできるのかしら。
隣に立つだけで、いつもドキドキなのに。
どんなお話をしよう。
顔を合わせてもゲームの話じゃ、飽きられちゃう。
いえ、それよりどんなコーディネートが好きなのかしら。
制服だから夏向くんの好きなタイトスカートは穿けないし……。
その上に、マフラーやカーディガンを重ねて合わせて、ああでもない、こうでもないとやり始めた。
そんな折。
「お姉ちゃん」
部屋をノックする音。
「ど、どうしたの」
軽く慌てて、クローゼットの扉を閉め、自室の扉を開ける。
そこには想像していた通り、パジャマ姿の妹の
「見て見て! ……あ、もしかして夏向とゲーム中だった?」
モニターがαPEXのロビーを映していることに気づいたのであろう。
「ううん。今日はすぐにいなくなっちゃったわ。私もやめようと思ってたところよ」
「よかった。ねぇねぇ、ランドの写真見る?」
結由がのしのしと部屋に入ると、嬉しそうに言う。
「あ、うん。座って」
優恋は笑顔で頷き、結由の座布団を置くと、卓袱台を挟んでその向いに座る。
「ほら、これとか見て。ミッキーだよ」
座った結由は優恋の方へ卓袱台に乗りかかるように前のめりになると、写真をスマホに表示させ、持ち替えて見せた。
それはミッキーマウスを二人で挟んで、楽しそうな笑顔でピースをしているものだった。
「……ふふ。よく撮れたわね。随分並ぶって噂だったのに」
夏向の笑顔がとても素敵だっただけに、とたんに羨ましさがこみ上げる。
優恋も当然、ディズニーランドなど行ったことはなかった。
事務所から「二人で行ったら?」ともらったチケットを、結由が「友だちと行っていい?」というからあげただけだった。
まさか夏向を連れて行くとは思いもしなかった。
「うん、夏向が面白い話をしてくれてて、全然気にならなかった」
「よかったわね」
「あと、これとか……これも見て」
そういって、結由は嬉々としながら、昨日撮った写真を次々と見せた。
「花火も『Let it Go』に乗ってて、超サイコーだった! あ、動画撮ったんだ」
そういって、結由は30秒ほどの動画を優恋に見せた。
花火の横では、異様にテンションが上がった夏向が『ヒャッホー!』と叫びながら、拍手している様子が映り込んでいた。
「……うん……」
優恋はもうそれ以上、言葉が出なくなってしまった。
(……私も)
太ももの上で、組んでいた手をきゅっ、と握る。
羨ましさで、胸がはち切れそうだった。
(夏向くん……)
私も、一緒に行きたかった。
その笑顔を近くで見つめていたかった。
これからずっと支えにしていけるくらい、素敵な思い出がつくれたかもしれないのに。
自分はといえば、その一日、ただ家で勉強も手につかず、悶々としていただけだった。
結由が夏向と行っていると知ってしまったから。
「ゲームもうまいし、優しいし。あたし、イブの夜まで待てないかも」
「……え?」
「友達に探り入れてもらったんだけど、夏向って彼女いないらしいし」
「………」
「ゆっこんがお気に入りみたいだし。てか、告ったら付き合えるってことじゃない?」
その言葉に、優恋の胸が、つきん、と痛む。
「今から付き合っておけば慣れるじゃん? で、イブには暗い所でいい雰囲気にもっていってさ、ディープキスとかしちゃうよ」
超楽しみ~、と結由は人の部屋も構わず、ひとり盛り上がっている。
「………」
「お姉ちゃん?」
「……うん。そうだといいわね」
なんとか笑ってみせられたのは、自分でも奇跡だと思った。
「あたしからいっぱい誘ってみる!」
「ふふ。頑張って」
優恋は笑みを絶やさないようにしながら、痛む胸を右手でそっと押さえた。
自分の馬鹿さ加減を知った瞬間だった。
宝田から聞いて、夏向が「ゆっこん」に興味を持ってくれているのは自分も知っていた。
プレイしている自分を見てくれているのだと知って、とても嬉しくて、夜は眠れないくらいだった。
しかし、実際はそうではなかった。
夏向が「ゆっこん」として認識していたのは、妹の結由だったのだ。
考えてみれば、当然だった。
配信画面に映し出されているのは、常に妹。
学校で「ゆっこん」として存在しているのも、妹なのだ。
いつもゲームで楽しくやりとりをしていたから、勝手にひとりでその気になっていた。
そうやって浮かれている間にも、二人は仲を進展させていったのだろう。
現実が、この写真や動画にありありと映し出されていた。
映りこむ夏向は、これ以上ないほどに楽しそうにしていた。
自分なんかが居なくとも。
(馬鹿だわ、私……)
優恋は、閉じられたクローゼットにちらりと目を向けた。
彼は、自分などひとつも見ていない。
裏でゲームをしているだけの地味な自分など。
結局、主体だと思っていた自分は、ただの影武者だったのだ。
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