第11話 デートのお誘い
「重ね重ね、大変申し訳ございません……」
終わってすぐに宝田から謝罪の電話があり、夏向は閉口した。
なんと声の操作者は、前回と同じ新人だったのである。
宝田の代役となったその人物はありあまる才能をいかんなく発揮し、2回目も見事に視聴者の期待に応えてみせた。
翌日、スマホを開いた夏向は再び膝から崩れ落ちることになる。
あの動画は半日で再生数800万を超え、夏向は『手伝い処理』で翌日のTwitterのトレンド入りを果たしていた。
幸か不幸か、チャンネル登録者数も一気に増え、本日中にも2万人を突破する見込みである。
そして週明けの昼休み、夏向は当然のようにゆっこんに呼び出されるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇
「ごめん、なんて謝ればいいか」
定番の、二人だけの体育館裏。
もう冬と呼んでいい時期になってきているけれど、今日は雲がなく日差しが強く感じた。
「別に気にしなくていいよ。うちの事務所でやらかしたことだし。それよかさ、あたしの登録者もすごい増えてて。土日で念願の100万人を超えたよっ!」
前と違い、今日のゆっこんはご機嫌だった。
登録者が激増していることが相当嬉しいらしい。
それに、以前は僕の声が録音と知らなくて、僕が意図的に下ネタをばらまいたと思ってたもんな。
「面白いから夏向とのコラボ、もっとやってという声ばかりだった」
「なんか複雑だなぁ……」
僕は苦笑いした。
僕自身に面白いところはひとつもない。
意図的かは知らないけれど、宝田さんの代わりに僕の声を操作していた人に、恐ろしいまでのセンスがあるのだ。
無関係に見える会話を、見事に下ネタのみで連結するとか、並の人間じゃない。
「ところでさ、コラボのお礼、というほどのものじゃないんだけど……ディズニーランドのチケットがあるの」
ゆっこんが前かがみで僕の顔を覗き込みながら、ウィンクしてきた。
「おお」
「行ったことある?」
「ないよ。人並みに行ってみたいなとは思ってた」
母さんが夢見ている場所で、今年の母さんの誕生日に連れる予定だった。
母さんは父さんと一緒に行くのを楽しみにしていたらしいのだけど、父さんが早逝して結局一度も行けてない。
父さんの49日、泣き止まない母さんに、僕が連れて行くよと約束した。
それが実現するのが、今年だ。
母さんと一緒というのがこの年齢になるとちょっとアレだ、と思うかもだけど、そんな理由だから行くさ。
母さんのおかげで暮らせてるんだし。
そもそも、母さんはうちの制服着たら高校生に見えちゃうくらいだから、それほど苦痛でもなかったり。
「よかったら明日の祝日にディズニーランド、一緒に行かない?」
「え!? いいの」
祝日はバイト先の病院もお休みだ。
「見ればわかるじゃん、ほら、二枚しかないけど」
ゆっこんは頬をわずかに赤らめながら、僕の顔の前でそれをヒラヒラさせた。
「ありがとう、ぜひ」
それにしても、あの高嶺の花のゆっこんとディズニーランドを歩けるとか、夢みたいだな。
視聴者さんやクラスメートから、どんだけ羨ましがられるんだろ。
楽しむついでに下見もしてこよう。
「じゃあ朝10時に駅前でいい?」
「うん」
「じゃ楽しみにしてる」
そう言うと、ゆっこんはスカートを揺らしながら、うきうきした様子で去っていくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
その日の夜。
お風呂を済ませてからαPEXに繋ぐと、ソッコーでゆっこんからお誘いが来た。
「KANATAくんこんばんは~」
「こんばんは~」
いつものように、今は学校で話す時とは違う、ちょっとしっとりした僕の好きな声になっている。
そうやって挨拶から、すぐに先週末の2回目の放送事故の話になって、二人で笑い合った。
やっぱり登録者100万人突破ともう一度言うゆっこん。
まああの配信を好意的に受けとってくれてるんだから、いいか。
しばし雑談の後、ゆっこんとYちゃんと3人でプレイした時の話になる。
「あの時はありがとうね。とってもカッコよかった」
ゆっこんは僕にまた礼を言う。
「ありがとう。思い返すとゆっこんはもちろんだけど、Yちゃんさんも随分慣れた人だったね。あの人のおかげでいっぱい助けられたよ」
実際、グレーシーの相手とやりあっている時はYちゃんがグレネードを投げて気を引いてくれたから、僕が勝てたようなものだ。
「……そ、そんなこと」
突然ゆっこんが、どもる。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
ゆっこんが小声になる。
なんかかわいい……。
それにしても、可愛いと感じるのはゲームでチャットしてる時ばかりだな。
普段のゆっこんって、性格的な可愛げはわかりづらい気がする。
「それより明日が楽しみだよ。ありがとうね」
「……明日?」
僕が話を変えると、ゆっこんはど忘れしたのか、聞き返してくる。
「はは、ゆっこんが誘ってくれたのにさ。ディズニーランド」
「……えっ……ディズニー……」
ゆっこんは想像以上の驚き方をした。
「どうかした?」
「………」
「ゆっこん?」
「……ごめんなさい、なんでもない」
え、謝ることじゃないのに。
「……それより、私と二人で行くんだよね」
ゆっこんが当たり前のことを訊ねてくる。
なんかこの展開、前にもあったような。
「ゆっこん、自分で二枚しかないって言ってたじゃない」
「……そうだった」
ゆっこんが自嘲するように笑う。
「ふふ。いっぱい楽しんできてね」
「だからゆっこんも一緒に行くんだって」
「あ、あはは! ごめんなさい」
なんか変だな。
「ゆっこん、いろいろあって疲れてるんでしょ」
「…………」
「ゆっこん?」
「……ごめんなさい」
明るそうに振る舞っていた彼女の声は、消え入るようなものに変わっていた。
「いや、謝ってほしいとかじゃないんだ。調子が悪いのかなと思って」
「……ありがとう。大丈夫よ」
「そう? それなら今日もまた凸砂の――」
「――今日はこのまま休むことにするわ」
「ゆっこん?」
「ごめんなさい……おやすみなさい」
そう言って、ゆっこんはオフラインに変わる。
うーん……なにか悪いこと、言ってしまったのかな。
◇◆◇◆◇◆◇
祝日の朝はこの上ない晴天で始まる。
昨晩のゆっこんの様子が気になって気になって、僕もちょっと沈んだ気持ちで今朝を迎えた。
そこで、夜に会うゆっこんはいつも前向きで、笑顔でいてくれていたことを知る。
最近の僕は、そんな彼女に支えられていたようだ。
でもせっかく誘ってくれたディズニーランド。
空回りになってもいいから、僕の方からいっぱい盛り上げよう……。
ぐっ。
そう決意する横で、僕の袖を掴んで放さない人がいる。
「母さんも行きたい……」
顔を洗ってる時もごはん中も、母さんは僕に金魚の何かのごとくまとわりついて、そう繰り返していた。
「だから、母さんの誕生日に連れて行くから。お土産も買ってくるから」
「う~」
「ごめんね。行ってくるね」
僕はなんとか袖を振り切って、家を出た。
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