第7話 ゲーム配信1



「はーい、こんばんこん! ゆっこんだよ!」


 ゆっこんがいつもの挨拶でライブ配信を始める。

 なお、今回の配信ではヘッドセットをつけたゆっこんの顔だけがゲーム画面の邪魔にならないよう、画面の右下に表示されている。


 開始前から待機していた1200人ほどが書き込みを始め、コメント欄が流れ出す。


『わこつ』


『やっと9時なった~』


『今日も楽しみです』


「今日はこの間のKANATAくんと、あたしのリアル友達のYちゃんで一緒に回していくね。KANATAくんよろしく」


「よろしくおねがいします」


 夏向は今日は必要に迫られた時だけ会話するつもりだった。

 

 今日は間違ってもアホな返答はできない。

 ゆっこんのチャンネルを食い物にするわけにはいかないのだ。


『KANATA氏?』


『あぁ、この間の【P処理】の』


『あれマジ笑わせてもらった』


『相当上手いらしいから楽しみ』


「あ、みんな。言い忘れてたけどYちゃんは聞き専だから、無言だけれど気にしないでね。では行ってみましょ~! みんなよろしく~」


 ゆっこんが人差し指を立てた右手を頬に当てながら、ウインクする。

 なお、「聞き専」とは、やりとりを聞くのみで自分からは発言しないプレイヤーを指している。


『生配信でチャンピオンなって~!』


『もしかしてYちゃんって若母?』


『Pちゃんは?』


 前回関連のコメントが流れていたが、努めて誰も拾わない。

 やがてマッチングが完了し、ゲームはキャラ選択画面に移る。


 そこで夏向はあれ、と思う。


「あ、今日はレイスィーにしよう」


 ゆっこんは最近使っているキャラをYちゃんに取られ、別のキャラを選択したからである。

 リアルの友人のようだが、事前に話し合われていなかったらしかった。


「開始~♪」


 さて、このゲームは『ドロップシップ』と呼ばれる巨大な飛行船から飛び降りるところから始まる。

 3人の中で、ジャンプマスターがランダムに決められ、そのリーダーが広大なマップの中から着陸場所を決めて飛ぶのだ。


「あたしがジャンプマスターね。うん、じゃあ飛びますた~?」


 ゲームの某キャラの発言を真似して、ゆっこんが笑いを誘うと、コメント欄が『わはは』、『かわいい~』などとピュアな感じで盛り上がる。


「さ、KANATAくんもいるし、配信だし、思っきり激戦区に降りようっと!」


 そう言ってゆっこんは着陸許可が出るや、真っ先に飛び降りる。


『男らしい』


『Yちゃんは実力的に大丈夫?』


『わわ、緊張してきた~』


 様々なコメントが降下中に寄せられる。


「よし、この建物で戦うよ!」


 3人が着地点とした3階建ての建物は物資が多く、それだけに他部隊も狙っていた。


 ゆっこんたちが降りた同じ屋上部分に、もう一部隊。

 さらに漁夫の利を狙う格好の位置に別のパーティが着陸しているのを、夏向は横目で見ていた。


 ――バババババン。

 始まる撃ち合い。


 彼らの手にあるのは、選ぶ余地のない、目の前にあった武器だけ。


 ――バババババ、パン、パン、パン。


 早々に、誰かが倒れる。

 ハンドガンながらも、KANATAがワンマガジンで一人をダウンさせたのである。


「うわ、ホントごめっ、やられたぁ~」


 一方、ゆっこんは1対1で撃ち負け、ダウンさせられる。


『どんまい~』


『相手いい武器持ってたね』


『今のは相手がうまかったわ』


「てへ、やっちゃった~。KANATAくぅーん、お願い♡」


 このように熟練のプレイヤーであっても、初動は難しいものがある。


 好ましい武器を拾えるか。

 遮蔽がある有利なポジションで相手と遭遇できるか。

 そしてなにより、多対1にされていないか。


 着地したばかりの初動で、この全てが揃うように行動するのは難しい。

 それゆえ、着地は他部隊と重ならないように選ぶのがセオリーである。


 それでも、ゆっこんとやりあって負傷していた敵をYちゃんがショットガンで倒し、フォローする。


「Yちゃんありがとっ! あとひとり!」


 ゆっこんが歓喜の声を上げる。

 Yちゃんは深追いせずにそのまま隠れ、残る相手の隠れ場所だけをマークしてみせた。


 気づいたKANATAが立ち位置を調整し始める。


『Yちゃん素人じゃないな』


『撃ち合うタイミング心得てる』


『いけ、KANATA!』


 KANATAがアサルトライフルで有利なポジションから敵を狙いに行く。

 Yちゃんはわざと相手にちらちらと無防備な姿を見せて、敵の視線をKANATAに向けさせない。


 結果、二人はほぼ無傷で相手パーティを全滅させることができた。


『ナイスぅ』


『やるねぇ』


「あーもう! あたし抜きで盛り上がっちゃってるじゃない」


 戦い終えたKANATAに蘇生処置を受けながら、ゆっこんがぼやく。

 しかし。


 ――ガァァン!


 その蘇生が完了するやいなやのこと。

 扉を蹴破って別部隊がやってきた。


「きゃーちょっと待って!」


 KANATAとYちゃんがすぐに戦闘態勢になる一方で、ゆっこんは髪を振り乱して慌てる様子が映し出されていた。


 蘇生直後のライフは低いままで、簡単にやられてしまうからである。

 それでも、ゆっこんの操作キャラのレイスィーは能力を使って姿を消して移動し、安全な物陰に隠れた。


 バババババン!


 KANATAとYちゃんだけでの遮蔽物越しの応戦。

 ゆっこんは、回復行動に入っている。


 ――おい、あいつら二人だ。ひとり逃げてる。


 ――行こう、やっちまえ。


 数の優位を知った相手部隊が、強引に踏み込んでくる。

 そうやって先陣を切ってきたひとりの頭部に、見計らったように二人からの射撃が集中する。


 ――ドォン、バババ、ドォン!


 その相手が秒で崩れ落ちると、後ろに続いてきた二人がたたらを踏んだ。


 ――おい!?


 ――なにが起きた!


 あまりに早いダウンに、二人は理解が追いつかない。


 KANATAの手には、『トリプルトリック』という武器が握られていた。

 ハンドガンで倒した相手から取得していたのである。


 中距離用マークスマンライフルでありながら連射がきかず、スコープを覗かないと弾薬が拡散するなど様々なデメリットがあるものの、近距離戦でも集弾させた時の威力は強力なものがある。


 そこにYちゃんのアサルトライフルの射撃が重なり、秒のダウンに至ったのである。


 ――こいつらやべぇわ。逃げよ。


 二人が背を向ける。

 KANATAとYちゃんが、それを逃すはずもない。


 ――ババババババン!

 ――ドォン!


 結局、漁夫の利を求めて飛び込んできた彼らは、なんの戦果も得られぬまま二人を失った。

 残る1人はそのまま戦いを諦め、這々の体で逃亡していった。


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