第4話 半殺し?


「こっち」


 クラスメートの突き刺さる視線を感じながら、僕は先導する彼女についていく。


(動じるな。証拠はないんだ)


 歩きながら、僕は繰り出されるであろう彼女の言葉に対して、いかに躱すかを考える。


 こういう時の流れは決まっている。


 外堀を埋めるために「昨夜は何をしていたのかしら」とかから始まるはずだ。

 よし、質問はのらりくらりと、躱してみせよう。


 ひとまず昨晩は祖父と夜釣りに行っていたことにしよう。


 昨日はと訊かれたら、夜釣り、夜釣りだ……!


「ここでいいわ」


 そうして連れられるがまま歩いた先は、定番の体育館裏。

 ちゃんとひとけはない。


「昨日は」


 向き合うと、彼女は口をへの字にして腕を組み、開口一番こう言った。


「良くもやってくれたわね」


「……ど、どうして僕だと」


 あまりのストレートな展開に、僕はあっさり犯人だと認めてしまっていた。


「メールアドレス」


「は?」


「メールアドレス、宝田さんに伝える時に打ち込んだら、GMailがあんたと一緒だと教えてくれたわよ」


「……でもメールのやりとりなんて一度も、あ……」


 そうだ、先日の数学の宿題の解答。

 難問で僕がたまたま解けたやつ、みんな欲しがったからLINEで送ろうとしたらLINE使ってない人もいて、メールで一斉送信したんだった。


 くそ、好意が完全に裏目に出た。


「このたびは本当に申し訳ございません……」


 僕は深く頭を下げる。


「謝るだけで済むと思ってるの」


「……何が望みだ」


 顔を歪めた僕の言葉を聞いて、ゆっこんが話が早くて助かるわ、と口元に笑みを浮かべた。


「『灯台ラウンジ』のデカチョコパフェ」


「きゅ、980円もするやつ……!」


 僕は青ざめる。

 その価格、この学校の者なら知らぬものなどいない。


「……できないっていうの。980円で済ませてあげるって言ってるのに」


「………くっ」


 僕は歯噛みする。

 ただでさえ苦しいというのに。


「あたしのチャンネルであれだけのことをしておいて、まさか――」


「も、もちろん奢らせていただきます」


「やった♡」


 とたんにゆっこんの顔から、とびっきりの笑みがこぼれた。


「じゃ、また都合のいい日決まったら言うから。断ったら半殺すから」


 くるりと背を向け、あのベージュの髪を揺らしながら、ゆっこんが去っていく。


「おのれ………」


 なんという暴虐なふるまい……。

 あれが本当に「こんばんこん! ゆっこんだよっ!」の人なのか。

 違いすぎるだろ……。


「くそ、980円+税を捻出しなきゃ……」


 予想もしなかった事態だ。

 いつ来るかわからぬ半殺しの日までに工面しないと。


 でも配信用にいろいろ機材を準備したばかりだから、貯めてたお金、使っちゃったんだよな……。

 配信での収益なんて、もう期待できないし。


「母さんの誕生日に使うお金は使えないし……うーん」


 しかたない、配線の延長を買うお金を回しておこう。

 しばらく窮屈だけど、来月のバイト代が出るまでの辛抱だ。


「あー、人生しんどいわー」


 僕はとぼとぼと教室に戻るのであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇




 その日の夜。

 夕食とお風呂を済ませた僕は、意を決してYouTubeを開いた。


「……は?」


 そして僕は画面を何度も見てしまう。


「よ、4000人……?」


 12人しかいなかったはずの登録者数が膨れ上がり、4025人になっていた。

 あまりに信じられなくて、他人のアカウントに入ったりしていないか確認したくらいだ。


「なんでこんなことに……」


 あんなにやらかしたのに、人気が出るとか意味がわからなかった。

 しかし、応援のコメントをチェックするにつれ、僕は納得がいった。


 多数寄せられていたそこには必ずと言っていいほど『若母P』の文字があったのだ。

 配信で母さん(油断バージョン)の登場を待ち望んでいる声ばかりだ。


 どうやら母さんの力で、僕は視聴者を獲得し始めたらしい。


 以前、配信者の誰かが『何が自分を有名にしてくれるかは全く予想がつかない』と言っていたが、まさかこんなネタで増えるとは……。


 でも、ごくごくわずかだけれど、αPEXのプレイ配信を望む声もあった。

 これは素直に嬉しいな。


「やる気が出てきたぞ」


 すこしまじめに練習しておこうかなと、αPEXを立ち上げる。

 すると、すぐにゆっこんからパーティ参加の誘いがあった。


「うへっ」


 背筋に戦慄が走る。

 もしかして『でかチョコパフェ』だけでは飽き足らず、ほかの要求を……?


「……どうする……」


 娘を誘拐され、払っても払っても身代金を要求され続ける親になった気分だった。


 うーん、でもさすがにスルーはないな。

 迷惑かけたの、僕なんだし……。


 覚悟を決めて、僕は彼女のパーティに参加する。


「KANATAくん、こんばんは~」


「こんばんは。改めて謝っておくよ。昨日は本当にごめん」


 僕は再三の謝罪を決める。

 もちろん今はゲーム上のチャットだから、見えるのはキャラのみで彼女の顔は見えない。


 謝ったってパフェは消えないわよ、と言われるのがオチだと思ったが……。


「KANATAくんのせいじゃないよ。宝田さんから聞いてるから」


「……え?」


「夏向くんの声って事前に録音されてたんだってね」


 どうしたんだろ。

 ゆっこんが優しいんですけど。


「発言を操作する人が新人だったみたいで」


「し、新人? 宝田さんじゃなかったの」


 僕は耳を疑う。

 あれだけ細々と相談して、最後にはお任せくださいとまで言っていたのに。


「うん。いろいろ噛み合わないことをしてしまいました、って丁重な謝罪がLINEに来てたよ」


「………」


 いや、逆だ。

 下ネタ方向で神がかり的に噛み合っていたから、Twitterでトレンド入りするぐらいの事件になったのだ。


「宝田さん、KANATAくんにも送ったって言ってたよ」


「ホントだ」


 スマホを見ると、聞いたのと同じ文章が宝田から送られている。

 どうやら体調を崩されていたようだ。


 それなら仕方ないか。


「うん。だからKANATAくんは何も悪くないよ。むしろ気分を悪くさせてしまってごめんなさい」


「いや、それは全然大丈夫なんだけど……」


 ゆっこん、昼間と違い過ぎませんか。

 しかも昼間と違ってしっとりした声に、落ち着いた口調。


 この変化、いったいなんだろ……。


 あ、そうか。

 家だとキャラちょっと変わる人っているよな。

 ゆっこんって、それなのか。


「……本当? 私のこと、嫌いになってない?」


「いや、嫌いになんてなるはずないし」


 むしろ僕が半殺しにされるかどうかが問題のはずです。


「よかったぁ」


 ゆっこんが、花が咲いたような声を発した。


「じゃあ近々仲直り配信しようよ。視聴者のみんなも心配しているだろうし」


「それはありがたいだけだよ」


 繰り返すようだけど、僕にとって視聴者稼ぎにこれ以上のことはない。


「嬉しい。ホントよかった~」


「………」


 ゆっこんの様子に、僕の首かしげが止まらない。


「じゃあさ、じゃあさ! KANATAくんがいい時間まででいいから私に凸砂教えてくれませんか」


「………」


「KANATAくん?」


「あ、うん。じゃあ訓練場でやろう」


 なんか、今のゆっこんが可愛いと感じてしまっている自分がいた。

 半殺しが待っているかもなのに。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 翌日。

 晴れやかな気持ちで登校した僕は再び首を撚ることになる。


「あのさ」


 朝、廊下で会ったゆっこんが僕をひとけのない通路へおびき寄せる。

 それでも僕は昨晩のことがあるから、穏やかな笑顔でついていった。


「おはよう、ゆっこん。あれから凸砂は練――」


「――日曜でいい?」


 そんな僕に、ゆっこんは何の飾り気もなく言う。


「何が?」


「半殺しの日」


「………」


 僕はまじまじとゆっこんを見る。


「なによ」


「……いや、なんでもない」


 なんだろう。

 この変化についていけない。


「じゃあ日曜の13時、お店で」


「あ、ちょっとまって。土日はバイトなんだ」


「……バイト?」


 ゆっこんが不思議そうな目で僕を見ている。


「うん。16時までなんだけど、長引くこともあるから20時以降だと助かる」


 ごめん、と僕は手を合わせる。


「……ふーん。じゃあ明日は?」


 ゆっこんは腕を組み、ミニスカートから伸びる脚を「休め」のように小さく開いて言った。


 明日はただの金曜日だ。

 学校以外はなにもない。


「大丈夫だよ」


「なら明日の放課後。お店で16時に直接待ち合わせ。なにか文句ある?」


「………」


「なにか文句あるの」


「いえ、ありません」


「じゃ予約しといてね」


 自分の言いたいことだけを言って、ゆっこんは足早に去っていく。


「………」


 開いた口が塞がらない。


「なにが、どうなって……」


 いや僕がわかってないだけで、思春期の女の子って多かれ少なかれこんな感じなのかな……。


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