第2話 好かれたなりゆき(事故2週間前)



 昨晩のゆっこんの生配信はすぐさま切り抜きされ、「P処理」と題されてSNSで拡散された。

 翌朝のTwitterでは同じ言葉がきちんとトレンド入りしており、夏向かなたの頭を抱えさせた。


 ゆっこんのぷくっと膨れたあの表情のシーンも切り抜きされたが、再生数は『P処理』の前に霞んだ。


 このように、事故とはいえ招待された配信を下ネタで埋め尽くした夏向かなたは、ゆっこんの好感度はもちろんのこと、自身の視聴者も失うこととなると思われた。


 しかし、事態は思わぬ動きを見せる。


 さて続きの話をする前に、そもそも昨晩までのゆっこんの好感度がなぜあれほどまでに高かったかを述べておく必要があろう。


 少し時間を遡り、二人の馴れ初めを見てみることとする。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 放送事故の約2週間前。


「あ、ゆっこんさんだ。本当に野良でもプレイしてるんだ……」


 水響夏向みびきかなたは、自室でモニターを二度見していた。

 αPEXの野良パーティに入ると、偶然、有名なプレイヤーの名前がトリオに含まれていたのである。


 夏向かなたももちろん知っている。


 自分と同じ17歳で、その可愛らしい外観からは想像できないが、超一流のプレイヤーである。

 夏向かなたがαPEX関連で毎日アップ動画をチェックしているのは、このゆっこんだけであった。


「おお、ゆっこんさんだ! 俺すげーファンなんです!」


 トリオになったもう一人の男性プレイヤーが、夏向かなたの内心を代返するかのように歓喜し、チャットで話しかけた。


 彼の名は「タケル502」という。


「よろ~」


 聞き慣れた、桜色の声がヘッドセットに響く。

 夏向かなたはこの、ちょっとしっとりした感じのする声も好きだった。


「よろしくです! うあー、マジ感動っす! 今日はどうされたんですか」


「ウォーミングアップがてら、ね」


「嬉しすぎる! チョー感動っす!」


「配信じゃないから、あんまり喋らないけどよろしくね」


「全然大丈夫っす! よーし、がんばるぞぉぉぉー!」


「ありがとー。タケルくん期待してる」


 キャラピックの間、二人はずっと仲良さげに会話していた。


 一方で、夏向かなたは無言。

 今や配信者なのだが、初対面でこうやって異性と普通に話せるタイプの人間ではなかった。


「よっしゃ、俺がジャンプマスターだ。砲台でいいすか」


「好きなとこでいいよ~」


 ゆっこんの承諾に続き、夏向かなたもボイスチャットではないものの、操作キャラに【OK】と言わせてタケルに意向を伝える。


 そして三人のキャラ、ゆっこん、タケル502、KANATAは【砲台】と呼ばれる地域へ降下を開始する。


 が。


「――うあ、被った!?」


 着陸直後、彼らと同じ位置に別部隊が降りてくる。

 いきなり始まる戦い。


「1対1なら負けねぇ」


 タケルは拾った武器を乱射し、扉越しに戦いを挑む。

 しかし、扉に張り付いた単調な動きを読まれ、裏に回られて背中を撃たれる。


「なっ」


 ライフが0になり、ダウン。

 そのままさらに撃たれ続け、タケルは蘇生の難しい桧木箱デスボックスに変わった。


「こ、こいつチートだろ! 壁透けて見てたぞ」


 もちろんチート行為などではなく、相手が一枚上手だっただけである。


 こうして彼らのチームは早々に二人になってしまう。

 このゲームにおいては、人数差は重いハンデとなるのは言うまでもない。


 しかし。


「右の扉から敵が来ます」


「了解。KANATAくんの方も左下からひとり入ってったよ!」


「はい、もう倒せます」


 が、残った男女は声を掛け合い、慣れた様子で激戦をさばき始めた。

 このように必要に迫られると、夏向かなたも普通に会話ができるのだった。


「へぇぇ……」


 開始数分で夏向かなたがキルリーダーになると、ゆっこんは見る目が変わっていた。


「ノクターンのシールド剥がしたわ」


「そいつもダウンさせました。レイスィーが隣の小部屋に逃げてます。ローです」


 ノクターン、レイスィーとは操作キャラクターの名前、『ロー』とは相手の残りライフがほとんどないことを指している。


「オッケ~」


 バババババン、と激しい銃声の中、3パーティが入り乱れる乱戦を支配したのはこの男女だった。


「……あのさ」


「はい」


「キミ、すごく頼れるね」


 ゆっこんは初めて、必要最低限ではない言葉を発していた。


「いえ、運が良かった」


「いやーごめん、次、本気出すから。つーか俺って蘇生できる?」


「気取らないところも素敵。……ねぇ、このままキャパシターの方に行かない?」


 こっちに安地あんち(安全地帯の略)が縮小すると思うの、とゆっこんが付け足す。

 言うまでもないが、ゆっこんはタケルを完全にスルーしていた。


「はい、大丈夫ですよ」


 彼らはその道程の途中で、二つのパーティに遭遇するが、二人であっても難なく排除する。


 そして最終エリアで相対する、3パーティ。

 メンバーが欠けているのは、ゆっこんのところだけである。


 索敵能力で二人しかいないのを見て取った敵が、先にゆっこんたちを倒しにやってくる。


「これはさすがに無理かな……」


 挟まれた構図を理解したゆっこんがため息をつく。


 それと同時であった。

 爆裂音とともに、夏向がワンショットで1人をダウンさせたのは。


「は?」


 あまりに予想外だった出来事に、ゆっこんがぽかんとする。

 しかし、すぐに何が起きたのかを理解した。


「うそ!? すごいっ!」


 驚いている間にも、夏向はもうひとりの頭を射抜き、ダウンさせていた。


 そう。


 今、夏向の手にあるのは、一撃で相手を屠ることができるスナイパーライフル、レア武器【グレーシー】。

 この男に、この武器を持たせてはならなかったのである。


 二人を失ったパーティの方は動転し、攻めて来られなくなる。


「すごいすごいすごい!」


 ゆっこんは熱くなった心そのままで、同じ言葉を繰り返す。


 ――あの二人のどっちか、【グレーシー】持ってる。


 ――エイムやべぇぞ、あいつ。


 ――ど、どうする……うわっ!? 頭抜かれた!


 浮足立ったもう一方のパーティの3人を倒すのは、夏向かなたにとっては造作もない事だった。


「か、勝っちゃった……」


 画面に表示されたChampion! の文字。

 あまりの興奮に、ゆっこんは椅子から立ち上がっていた。


「ありがとう。勝ててよかった」


「ねぇねぇ! もう一回デュオでやろーよ! 動画とりたい」


 ゆっこんがせっつくように言う。


「はい、いいですよ」


 二戦目も続けてチャンピオンになると、ゆっこんは夏向かなたに完全に心を奪われてしまっていた。


 そして夏向かなたを問題の配信に誘うことになるのである。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る