銃ゲーム配信者(17)、コラボに初参加するも会話がすれ違い、真顔で下ネタを連発する

ポルカ@明かせぬ正体

第1話 生配信で事故る


「ちょっとキミ、私とフレンドになってもらえないかな?」


 全ては17歳の男子高校生、水響夏向みびきかなたが登録者25万人を誇る超人気配信者『ゆっこん』に気に入られたことに始まる。


 彼らは今、銃ゲーム『αPEX Heroes』で2連続チャンピオンを勝ち取った後、ロビーで談笑していた。


「あのね、1週間後に他の配信者さんと対談する企画があるの。その相手、KANATAくんでお願いできないかな?」


「僕……ですか?」


 夏向かなたは瞬きをする。

 ゆっこんが自分を指名する理由がわからなかった。


 夏向かなたは始めてまだ2ヶ月たらずの新参配信者。

 チャンネルの登録者数にいたっては、たった12人。


 百戦錬磨の彼女から見れば、自分など何も珍しくないはずであった。


「戦い方が気に入ったの」


「戦い方……ですか?」


「うん。ね? お願い」


「ありがとうございます。それでしたらぜひ」


 視聴者を獲得できるこんなイベントへの誘いは願ってもなかった。


「こちらこそありがと。生配信だから後で事務所から連絡があるから。それじゃあね♡」


 そう言い残して、ゆっこんはロビーを立ち去った。


「でも生配信か……」


 飛び上がるほどに嬉しい反面、不安もある。


 なにかやらかすと自分だけでなく相手にも迷惑がかかる。

 緊張するなという方が無理であった。



 翌日の夜、夏向かなたの元に、見たことのない番号から連絡がきた。


「初めまして。KANATAさんですね。KBキロバイトホールディングスの宝田といいます」


 毅然とした、大人の女の声であった。


「はじめまして。よろしくお願いします」


「さっそくですが、ゆっこんさんとの生配信につきまして、一緒に方向性から決めていきましょう」


 宝田は社交辞令の後、まず夏向かなたの生い立ちや学校のことなどを聞き出し、話題にできそうなものがないか、丁寧に探った。


「なるほど。今お聞きした話の中ですと、綺麗なお母様の話題がウケると思いますので、挟ませてもらいますね」


「うーん……そうですかね?」


「ええ。絶対大丈夫です」


 自信なさげな夏向かなたを宝田が押し切る場面もあったが、このように二人でよりよいトークを模索し、二時間以上かけてゆっこんとの10分程度の動画の一字一句が決められ、台本が作られていった。


(さすがだ……)


 進むにつれ、夏向かなたはプロの生配信はこういうものなのか、と初めて理解していた。

 スポンサー付き生配信は行き当たりばったりではなく、こうした綿密なチェックのもと、会話が作られるのである。


「では声を拾いますので、今の台本通りにお話しください」


 台本ができると、夏向かなただけ先に発言が収録された。


 当日はこの声が流される形で配信されるという。


 これは夏向かなたには非常にありがたかった。

 当日緊張しすぎて、失言したりしないかと不安だったからである。


 最後に「そうですね」「はい、やりたいです」「致し方ないですね」などの繋ぎにする言葉も収録される。


 ちなみにゆっこん側は完全生配信で行うという。


 生配信らしさが損なわれないよう、夏向かなたの声が録音される件はゆっこんには知らされないらしいが、それは夏向かなたにとってはもはやどうでもよいことだった。


「長時間お疲れ様でした。後はお任せください」


「はい、ありがとうございました」


 そうやって、夏向かなたは安堵しながら宝田とのチャットを終えた。


「よかった~思ってたより楽で……」


 しかし夏向は知るよしもない。

 当日、宝田が流行り病で休み、急遽新人が夏向かなたの声の担当をすることを。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 やってきた当日の21時0分。

 生配信の始まりである。


「ハーイ、みなさんこんばんこん。ゆっこんだよ!」


 肩までの髪を明るいベージュ色に染め、フリフリのついたピンクのワンピを着ている少女が、モニターの中でピースしている。

 なお、ゆっこんも夏向かなたと同じ17歳で、都内に通う高校生である。


『わこつ』


『初見』


『やっと始まった~』


『今日もかわいい~』


 コメント欄が待ってましたとばかりに反応する。


「すごい数だ……」


 夏向かなたは驚きを隠しきれない。

 開始早々5000人が視聴している。


 いつもと違う対談生配信というだけでこの数は、さすが大物配信者といったところである。


「今日は配信者さんとの対談を生でお届けするよっ!」


 ゆっこんは人差し指を立てた手を頬に当て、ウィンクしてみせた。

 その動作のひとつひとつが、何度も鏡の前で練習されたものに違いなかった。


『ゆっこんきゃわいい』


『たまらん〜』


「お相手は同じαPEX配信をしているKANATAくんです! よろしく~」


「あ、こんばんは。今日は宜しくお願いします」


 おお、僕の声だ、と夏向かなたは驚く。

 なんの違和感も感じないレベルで声が挟まれており、本物のやり取りにしか感じられない。


「先日初めて一緒にプレイさせてもらったんだけど、もう『すごい』の一言。みんなに見せたかったのに、録画されてなかったよぉー」


 ゆっこんはえーん、と両手の人差し指の付け根を目に当てる仕草をする。


「でもね、KANATAくんは本当に頼もしかったよ。野良なのに連続チャンピオンを達成させてくれてありがとう。またやろうね」


「はい、やりたいです」


「それでね、KANATAくん、αPEXを始めたの二ヶ月前って言ってたけど、本当?」


 ゆっこんは早速台本通りの台詞を口にした。


「はい、そうですね」


「うそー、信じられない! 超うまかったじゃん! みんな信じられる?」


 彼女がカメラに向かって首を傾げる。

 するとコメント欄が流れ出す。


『そんなうまいんか、KANATA氏は』


『才能ってあるんだな』


『いや、他のFPSやってただけでしょ』


『ゆっこん褒めすぎだよ~惚れちゃヤダー』


「あ、そっか、KANATAくんって、なにか他のFPSやってたの?」


 ゆっこんはコメント欄から言葉を拾ってアドリブで言葉を挟んできたように見える。

 が、実はこれも事前に宝田が想定したシナリオ通りの会話であった。


「はい、前作の『巨人の穴』をずっとやってまして。1と2があるんですが、二作で5000時間くらいは遊んだと思います」


「なるほど、前作……どうりで」


 ゆっこんが大きく頷く。


 αPEXを公開している同じゲーム会社の過去作に、『巨人の穴』というものがあった。

 こちらはそれほど人気が出なかったが、実は多くの武器が似た性能でαPEXに流用されているのである。


『あのゲーム難しい』


『海外の鬼畜が新規をいたぶるゲーム』


『マジか。やる気失せた』


 夏向かなたはコメント欄の会話を見て、ひとり忍び笑いを漏らしていた。


 昨今、FPS界にビッグタイトルが溢れたこともあり、『巨人の穴』は2年ほど前からひどく過疎が進んでいて、なかなかマッチしない。


 モードによっては、マッチング時間30分超えはザラである。

 しかも、やっとマッチしたと思っても、居並ぶのは鬼畜レベルの古参ばかり。


 新人はゲームらしい動きをひとつもさせてもらえないまま倒され続け、チームを組んだ味方からは『NOOB、uninstall it now』と罵られるくらいには、やりづらいゲームになっている。


「KANATAくん、配信を始めようと思ったきっかけは?」


 ゆっこんは宝田の台本通りに、質問してきた。


「家計の助けになればいいなと思って。うちは母さんと二人暮らしで」


「そうなの……片親で子供を育てるなんて、とっても大変とうちの親が言ってた。きっと素敵なお母様なんでしょうね」


「母は義理の母で、28歳なんですよね。それより若く見える上にミニスカートとかいつも穿くので……目のやり場に困ります」


「いいなー! 友達みたいに話せそう。あたしもそういう素敵なお母さんが欲しいな」


 ここも台本通りにやりとりが進む。


『羨ましすぎる』


『俺より若い』


『そこまで言われると、見てみたい』


『出せ』


『ミニスカ母今出せ!』


「ほんとだ……母さんネタ拾われてる」


 宝田が太鼓判を押してきた通り、コメント欄は夏向かなたの母にものすごい食いつきを見せた。

 自分では別に面白いと思わなかった内容なだけに、宝田に尊敬の念を新たにする。


「ちょっとみんな。あたしがいるのに、KANATAくんのお母さんに浮気して!」


 彼女は頬をぷくっとふくらませ、いじけたような顔をする。

 しかし若くて綺麗な母もミニスカートも、全てはこの顔を視聴者に見せるための前フリに他ならなかった。


『ちくしょうかわいい!』


『天使すぎるだろそれ!』


『やっべぇ! マジ抱きしめたくなる』


 満足するほどの反響を確認して、ゆっこんはくすっ、と笑う。


「はい、ちょっと話がずれちゃったので戻しますっ! ねぇ噂には聞いてたけど、『凸砂とつすなスタイル』というの、KANATAくんで初めて見ました! あれ、αPEXでも強いんですね! あたしにも教えてくれますか?」


 生配信は台本通りに中盤にさしかかる。


「いや、教えるほどじゃないですよ。慣れれば誰でもできます。スナイパーライフルでもショットガンと大差なく使えるようになります」


 凸砂というのは、『突撃スナイパー』を略したもので、遠距離武器のスナイパーライフルで近接戦闘を行うことを指している。


 スナイパーライフルは近距離でも当てさえすれば最強レベルの火力を出せる。

 距離を問わず使われていいのは間違っていないが、言うは易し、実行するのは難しい。


 しかし過疎化し、猛者しか残っていなかったゲーム『巨人の穴』においては、これが無意識レベルでできないと到底渡り合えなかった。

 そこで長年揉まれ続けた夏向かなたが、凸砂として一級の腕前を持っているのは当然のことであった。


「ふふ。でも教えてもらえると嬉しいな。約束ね! ……ところでKANATAくん、あたし今日ね、久しぶりにスカートにしてみたんだ」


 ゆっこんが立ち上がり、カメラの前でワンピースの裾を持つと、膝の少し上を晒した。


「いつもお母様のミニスカからは目を逸らすんでしょ……これは見てていいんだよ……」


 ゆっこんが頬を染めながら、優しく微笑む。

 自分にかこつけたファンサービスとわかっていても、ついニンマリしてしまう夏向かなたであったが、同時に不安がよぎっていた。


 ……あれ、こんなセリフあったっけ?


 ここ、台本上は「凸砂でキルする時はスコープは使いますか」だったような……?


「あ、いつもは当然のように覗きますよ」


 音声上、夏向かなたは迷いなく答えていた。


「えっ……?」


 ゆっこんの手からスカートの裾が放されて、はらりと戻った。

 コメント欄に『やばw』や『えw』、『まじでwww』という単語が流れ始める。


「あ、いや、待て! それは誤解だ」


 夏向かなたはモニターの前で叫ぶが、聞こえるはずもない。

 母のミニスカを積極的に覗く方向で、やりとりが噛み合ってしまったのである。


『当然のようにw』


『毎日、若義母Pか……』


『羨ましすぎるw』


『くそ、自慢げに言いやがった』


 コメント欄が急に大きく動き出す。

 夏向は額に手を当てた。


「ちょ、参ったな……」


 話がずれたせいで、視聴者は完全に誤解してしまっている。


「宝田さん、ちゃんとフォローしてくださいよ……」


 夏向は祈る気持ちでモニターを見つめる。

 しかし、話はこれからだった。


「油断しているところを確実に覗くのが基本です」


 堂々とした、夏向の声。


「え……?」


 ゆっこんがそのまま固まる。

 コメント欄は上から下まで『www』や『おいw』ばかりになった。


「でも近い時とか、こちらを見られていても覗きますよ。少しでも見えたら勝ちなので」


「ちょ、宝田さん!?」


 夏向の頬を汗が流れ落ちる。

 追加された発言はきちんと意味が繋がり、さらに裏目に出ている。


『そこで言う【勝ち】とは何を意味するw』


『それは若母が見せてくれてる』


『お前んちサイコー過ぎるわ……登録します』


「夏向くん……ぎ、義理でもお母様にそんなこと、ダメだよ……」


 予想もしない流れに、ゆっこんは顔を引きつらせながら、なんとか笑っている。

 しかし夏向かなたは怯まない。


「皆さんも試してみてください。はっきり白か黒かではなく、ぼんやりとでも見えることが大切なんです」


 夏向かなたは牧師のように説いた。


『極意キタwww』


『いや、俺は黒がいい。ただし異論は認める』


『やっぱ若母今出せ』


『油断させて出せ!』


「も、もうエッチなんだから……」


 ゆっこんは取り乱しつつも、夏向かなたの暴虐な発言を中和しようとしている。

 そう、これは生配信なのである。


 しかし、夏向かなたは止まらない。


「もちろん1回覗くごとに確実に処理します」


 ここにきて、夏向かなたは晴れやかに告げた。


「はっ!?」


 ゆっこんが、口を押さえた。

 その顔が真赤になっていく。


「――いや、ちょっと待てぇ!」


 宝田さん! この流れで「処理」はやばすぎだろ!


 案の定、コメント欄は水を得た魚のように流れ始める。


「確実www」


『気持ちはわかるが、ここで言わなくていいw』


『一応聞くけど、それだと1日何回ペースになるw』


『決めた。俺もその家に住むわw』


『登録するので弟にしてください』


 止まらないコメントの嵐。

 コメント欄はゆっこんの動画史上、かつてない盛り上がりを見せていた。


「あ、あはは……KANATAくんどんだけエッチなの!」


「はい、ヤりたいです」


「………」


 ゆっこん(と夏向)が絶句する中、コメント欄は『www』ばかりが流れていく。


『楽しいけど、そろそろ自重しようなw』


『新手のあおりかw』


『腹筋やばいんだけどwww』


 夏向かなたはすでに椅子から崩れ落ちていた。

 もはや、これは宝田の悪意としか感じられなかった。


「と、というわけで今日のお相手はKANATAくんでした! ありがとうございました!」


「致し方ないですね」


 最後は台無しなセリフで動画が終了する。

 コメント欄が再び『www』であふれた。


 夏向は座り込んだまま、立てない。


「ど、どうすんだよ、これ……」


 そんな夏向かなたは、気づくことはなかった。

 今、自分のチャンネル登録者数が、うなぎ登りで増えていっていることに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る