The♡World's♡End

星空ゆめ

The♡World's♡End

 初めに歌声があった。歌声は堀江由衣とともにあった。堀江由衣は神であった。

 堀江由衣の歌声は世界を天と地とに分けた。堀江由衣は仰られた。「アリガトは恋してる」すると光があった。それから更に五日の間、堀江由衣は歌い続け、大地は潤い、木々が生い茂り、動物は無数の子を成した。

 万象が成ったことを視た堀江由衣は歌うことを辞め、創造した世界に自分が形造った人を置かれた。


 堀江由衣を型取った人は次第に自身が堀江由衣であることを忘れていった。そしていつしかそれは完全に堀江由衣とは異なる存在と相成った。堀江由衣は世界に一つの存在と成った。しかし、一はまた全であった。

 堀江由衣はあらゆる時代に現れた。幾たびにも重ねて、文明は亡びかけ、人間は絶滅しかけた。その度に堀江由衣は歌を歌った。堀江由衣の歌声は、荒廃した大地に水を湧かせ、緑を生い茂らせた。同じ数だけ堀江由衣は人を型取ったが、人が堀江由衣であることは一度としてなかった。

 堀江由衣はいつも人の形をして現れた。しかし実際は、人がいつも堀江由衣の形をしていた。堀江由衣は猫を模した形の時があった。猫だけでなく、犬を模した時も然り。またある時には、機械の耳で現れたことさえもあった。しかしその全てが人と呼ばれた。

 人である間も、堀江由衣は歌うことを辞めなかった。堀江由衣の歌声は世界に秩序を齎した。堀江由衣により奏でられる旋律は、万物を調律した。言葉は、歌声の次に置かれた。初めに歌声があり、言葉は歌の婢女として付き従った。しかし人は、言葉を用いるようになった。言葉による善悪は歌声を離れ、いつしか法に代わった。次第に堀江由衣の歌声は言葉に取って代わられた。堀江由衣はなおも歌い続けたが、歌声は音に成り、人に秩序を与えることはなかった。


 ある時堀江由衣は夢を見た。夢の中の堀江由衣は、一人の少女であった。目の前には、一人の少年が立っていた。堀江由衣は本能的に、少年は堀江由衣とは異なる存在であり、それはまた堀江由衣とこの世界にとってあり得ないことであると感じとった。少年は言った「光、あれ。」すると光があった。続けて少年は言った「サヨナラは愛してる」。

 目覚めた堀江由衣の前に少年はなく、またも世界は堀江由衣によって埋め尽くされていた。堀江由衣は途端に不安になり、悲しく、震えた。大地は揺れ、多くの人が死んだ。しかし堀江由衣は歌わなかった。堀江由衣は、もう一度眠った。


 堀江由衣が目を覚ましたのはそれから何世紀も後のことであった。堀江由衣が地上から姿を消して数百年の間に、人類は酷く衰退した。不正を働く者が指導者となり、人同士の殺戮が起こった。森は焼け、水は干からび、家畜の種類は減った。人は言葉を操り、歌うことを辞めた。かつて堀江由衣が照らした光を、闇の中であっても躊躇わず使った。

 堀江由衣は夢の少年のことを思い出していた。少年との記憶は、堀江由衣に今一度歌を取り戻させた。堀江由衣の口から漏れ出た言葉は、旋律に乗り、それは歌となった。堀江由衣は歌った、人ではなく、たった一つ、自分とは異なる者に向けて。

 かつて無い揺れが大地を襲った。海は荒れ狂い、火柱が上がった。まず初めに、人が死に絶えた。人は思い思いの言葉を叫んだが、一つとして堀江由衣に届いたものはなかった。獣と家畜は死に絶え、魚と鳥も姿を消した。空に輝く星々は砕け、世界は深淵に閉ざされた。木々は土に還り、海は枯れ、大地が裂けた。空が落ちてきて遂に天地は消滅した。


 堀江由衣は歌っていた。まるで、天と地を創造した時のように。しかし、二度と堀江由衣の歌声が命を宿すことはなかった。

 歌い終わり、堀江由衣は仰られた「果てしなく愛してる」。

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