第82話 創立記念祭①
本日は王立冒険者アカデミーの創立記念祭。
終日、アカデミーが一般に開放され校内やグラウンドには出店が並ぶ。王都の有名店がリーズナブルな価格で多数参加するとあって、朝から大盛況だ。
講義はお休み。午前中に学長からの訓示と成績優秀者の表彰イベントにちょろっと参加すれば後は自由だ。実行委員会など一部の除いて学生たちは祭りを心ゆくまで楽しむのみ。
出店に並ぶのはダンジョンの魔物を使った料理やデザートなど。冒険者やダンジョンを一般の人々により理解してもらうためだ。
最初の大草原エリアで調達できるワイルドボアの肉などは広く一般にも流通していて評判もすこぶる良いが、まだまだ認知度の低い素材は多い。
それこそ白髪青年たちが現在攻略している湿地エリアのカエル肉などは今後、トレンドになる可能性を秘めている。
「貴君がこうしたイベントを好まないのは承知しているが、すべての出店で学割が利くのだ。参加しない手はないぞレヴィン・レヴィアント?」
そう前日に研究室に呼び出されアカデミーが誇る変態錬金術師が教えてくれた。
亡き親友の息子という事実を打ち明けて以来、リンダ・リンドバーグの世話焼きモードが止まらない。事あるごとに人生の先輩面をしてアドバイスをしてくる。
「うるせー女だ」
その度に悪態をつく白髪青年だが、口にするほど悪い気はしていない。
亡き両親の過去の話を聞けるのは貴重だし、海千山千のリンダの意見は指針として有用だからだ。
「貴君らのゴールデンフロッグの討伐動画が配信されたことで、カエル肉の供給は爆発的に増えるだろうな」
「ああ。実際、ゴールデンフロッグの黄金の皮が新たに数件ほどオークションに出品され話題となっているからな」
「ダンジョン攻略配信が盛んになり始めたここ数年の冒険者の躍進は凄まじい。我々の頃も
リンダ曰く、ひと昔前の学生が在学中に森林エリアまでたどり着くことなど、あり得ないことだったらしい。
「口伝ではなく実際の映像を介して情報共有することでダンジョン攻略の精度が爆発的に飛躍してるのが要因だろうな」
今や冒険者全体のレベルアップと攻略配信は切っても切れない。アカデミーの講師たちも講義で動画を流すのだから。
「この先、活躍すればするほど攻略配信からは逃れられなくなる。それは人気者の宿命であり先行者の義務である。貴君も冒険者ライブラリーには大いに世話になってるだろ? 少しくらい還元しても罰は当たるまい」
「リンダに言われるまでもない。今回で腹を括った。ダンジョン攻略配信と真剣に向き合ってゆく」
「それは結構。なにかと批判の多い貴君だ。動画を通して有能な冒険者だと世間に知らしめることで、今後、貴君に降りかかるであろう厄介な軋轢の幾つかから解放されるはずさ」
「とは言え、ライブ配信は今でも反対だ。編集やカットができるオンデマンド配信しか受けん」
「賢明だな。彼女たちのためにも上手くやってくれたまえよ?」
「他人事みたいに言うな! リンダも当事者だろうが!」
「もちろん。新たなアイテムを開発したり、いろいろと根回ししたりと自分の出来る最大限のことはするつもりさ。だが、私は現場にいない。いざという時、彼女たちを守ってやれるのは貴君だぞ?」
「ったく……なんで俺様が他人のためにここまで神経を使わねばならんのだ」
「母親譲りだな」メガネ女史がそう嬉しそうに口元を綻ばせる。
「ヴィヴィアンも口ではなんだかんだ言いながらも面倒見のいい女だった。彼女が貴君の父親と結婚したのも、夢見がちで能天気で考えなしに突き進むあの男のことを放っておけなかったからだろう」
メガネ女史が忌々しげに舌打ちする。私怨まみれの父親評であるが、ダンテの顔を浮かべたら残念ながら腑に落ちた。
「レヴィン。言うまでもなくダンジョン攻略は一人ではできない。仲間を大切にしたまえ。冒険者を引退してからも、当時の仲間たちとの関係は自らを助けてくれる。恩を売っておいて損はないぞ?」
変態錬金術師はそう悪戯っぽく笑う。
だから白髪青年はめんどくさそうに応えるのだ。
「うるせー女だ」と。
リンダ・リンドバーグはなぜか懐かしそうだった。
――そんな彼女とのやり取りを壇上で学園長の長い長い訓示を右から左に聞き流しながら白髪青年は思い出すのだ。
白髪青年はイベントに喜んで参加するタイプではない。今すぐ晒し者状態の壇上から逃げ出したい。
それこそ冒険者ライブラリーに引きこもって最新の動画を思う存分漁りたい。だが、立場上はそうもいかない。白髪青年たちは成績優秀パーティーとして表彰式に参加しなければならないのだ。
『今後、貴君に降りかかるであろう厄介な軋轢の幾つかから解放されるはずさ』
リンダから未来予知のごとく断言されては無視するわけにもいくまい。
学園長という特大の権威からお墨付きをもらうことで、内心では気に入らなかったとしても白髪青年に大っぴらに絡んでくる学生たちは減るだろう。
天邪鬼なレヴィンではあるが、そうした世の中の摂理というものを蔑ろにするほど愚かではないのだ。
(一時は学園長から最終通告を受けてた俺が、その学園長から表彰されるとは人生とは分からんもんだ)
ちょっとした嚙み合わせなのかもしれない。白髪青年はなにも変わっちゃいないのだ。相変わらず傲岸不遜だ。
少なくとも、ジルたちと組んで能力が爆上がりしたわけではない。
ありのままを受け入れてくれる者たちと出会い、本来の能力をいかんなく発揮できるようになったことで、一気に好転し始めたのだ。
同様に力があるのにパーティーメンバーに恵まれずに、もしくは互いの能力が噛み合わずに、燻っている冒険者は多いだろう。
(俺はジルたちと出会えて運が良かったんだろうな)
白髪青年は表彰式の最中、改めて自らの幸運を噛みしめる。
(だが! 『実は女の子』である必要はまったくなかったがな!)
同時にリンダへの怒りが湧いてくる。白髪青年の現状はあの変態錬金術師の差し金なのだ。
(リンダはなんでよりによって『実は女の子』なんて訳ありの連中と俺を組ませようなんて思ったんだよ……)
「貴君らのパーティーはダンジョン攻略において活躍目覚ましく! ひとえに貴君らのたゆまぬ努力の賜であり他の学生の模範とするところである! 慢心することなく今後さらなる活躍を期待する!」
代表者のジルが学園長から成績優秀者に送られるメダルを受け取ると、大講堂に歓声が響き渡る。とりわけ女子学生のだが。
(ったくジルもミカエルもロイスも誇らしげな顔しやがって……お前ら分かってんのか? 目立てば目立つほど『実は女の子』だとバレるリスクが高まるってことを? 人気が出れば出るほど『実は女の子』だとバレた時の反動が大きいってことを?)
白髪青年は憮然する。
秘密がバレて傷つくのは結局、本人たちなのだ。
しかし、即座に考えを改める。
(……いや、むしろ逆か。誇らしいに決まってるよな。『実は女の子』だという特大のリスクを背負ってまで冒険者を続けているイカレタ連中だもんな)
冒険者として認められたい。冒険者としてまだ見ぬ階層に足を踏み入れたい。冒険者としてより強大な魔物を倒したい。
冒険者にとってそれらは当たり前の欲求だ。
彼女たちがそれほどまでに真剣だと言うのならば、白髪青年も相応の覚悟で応えねばならないだろう。
(まあ、いいさ。行ってやるさ。行けるところまでトコトン……コイツらとな)
捻くれ者の白髪青年とて冒険者としての情熱を持ち合わせていないわけではない。なんせレヴィン・レヴィアントの身体には前人未踏の100階層を目指した冒険者の血が流れているのだから。
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