第83話 創立記念祭②
式典が終わる。壇上を降りるのと同時に、興奮したワイルドボアのごとくイケメンたち目掛けて女子学生たちがドドドと押し寄せてくる。
「ジル様! 一緒に記念祭を回りませんか!」
「ミカエル様! 美味しいスイーツの出店がありますよ!」
「ロイスきゅん! なんでも奢ってあげるから!」
女子学生が必死なのには理由がある。なんでもアカデミーの創立記念祭を意中の相手と一緒に巡ると恋が成就するというジンクスがあるらしいのだ。
白髪青年はまさに眉唾とばかりに眉を顰める。
(普通に気のない相手と一緒に祭りを巡ったりはしないだろうが)
ジンクスもなにも前提として一定以上の好感度があるのだから、確率として恋が成就したとてなんら不思議はないと白髪青年は思うわけである。
イケメンたちが助けを求めるようにこちらを見てくるが、知ったこっちゃない。白髪青年は我関せずと「邪魔だ。通せ」と人波をかき分けて大講堂を後にする。
「こういう時ばかりは自分が人気者でなくて良かったと心から思うな」
ところが、そんな不人気者が現れるのを待ち構えている奇特な学生たちがいた。
冒険者ライブラリーの常連たちだ。
控えめな彼ら彼女らはイケメンたちのファンのように直接、声をかけてくることはしない。白髪青年の顔を見て、小さく会釈するのみ。
だが、レヴィンにとってはそれで十分だった。
常連の彼ら彼女らは白髪青年の普段の努力を知ってくれているのだ。そして、白髪青年の現在の活躍を彼ら彼女なりに喜んでくれているのだ。
だから、白髪青年も彼ら彼女らに力強く頷く。
『俺も皆の努力をちゃんと知ってるからな』という想いを込めて。
互いの素性も名前もよく知らない。特に言葉を交わすこともない。
だが、静謐な冒険者ライブラリーで同じ時間を共有する彼ら彼女らは紛れもない同志だ。他の連中には分からない絆があるのだ。
白髪青年は思わず鼻を鳴らす。
「自分のことを棚に上げて言うのもなんだが、物好きな連中だ」
そもそも、誰かに認められたくて冒険者ライブラリーで知識を詰め込んでいるわけでもないのだろう。
彼ら彼女らはただ好きなのだ。ダンジョンのことが、魔物のことが、パーティー戦術について思考することが。己の知識欲を満たすために、好奇心の赴くままに、冒険者ライブラリーに通い詰める、要するにオタクだ。
「だが、その情熱はなにかしらのカタチで報われるべきだ」
別に本人たちは望んではいないのかもしれないが、白髪青年はそう思うのだ。
「さて、どうするか。それなりに腹も減ったし、お得らしいし、出店の一つくらいは利用してみるか」
援助金を限界を超えて工面したため、現在の白髪青年の懐は非常に寂しい。安くて美味いものが喰えるなら利用しない手はない。
昼時だからだろう。来場者の流れがグランドに向かっている。
普段は格闘術や基礎体力向上の授業で利用されるグランドだが、今日は食品系の企業や飲食店の屋台が多数出店しているらしい。それが来場者のお目当だ。
「そう言えば……白熊亭の店長がケバブ屋を出店すると言ってたな。うむ! 行くしかあるまい!」
そう白髪青年が匂いに釣られるようにグランド方面に歩き出した時だ。
「おーい! レヴィン!」
大勢の女子学生を引き連れた栗毛の幼馴染に呼び止められる。
「故郷の村から親父とお袋が来てるんだ! この前の援助金に関してレヴィンに直接お礼を言いたいってさ! あとで親父とお袋と合流して一緒に創立記念祭を回らないか?」
白髪青年は小さく首を振る。
「遠慮しておく。親子水入らずを邪魔するほど俺様は無粋じゃない」
「水臭いこと言うなよ! 僕たち家族みたいなもんじゃないかレヴィン!」
父親の幼馴染だったダンテの両親には幼い頃から良くしてもらっている。白髪青年も二人を慕っている。ダンテの両親とは思えない温厚で善良で気のいい人たちなのだ。しかし、今日のレヴィンは頑なだった。
「やはり遠慮しておく。親父さんとお袋さんによろしく伝えといてくれ」
そうダンテに手を振りレヴィンはその場を去る。
栗毛の幼馴染に言われて気づいたが、確かに今日は親子連れが多い。
アカデミーは全寮制だ。王都出身者は気軽に会えるだろうが、地方出身者はこうしたイベントでもなければ身内と顔を合わせることはない。
「母さん! 早く早く! もう出店に行列ができてるよ!」
「はいはい。分かったからそんなに腕を引っ張らないで頂戴」
「パパ! ここだよ! この教室でいつも授業受けてるんだあ!」
「おお、さすが国立。立派な校舎じゃないか。父さん鼻が高いよ」
久しぶりの再会に嬉しさを隠しきれない親子の姿がそこかしらにある。
白髪青年は往来の真ん中で立ち尽くしてしまう。
両親がもうこの世にいないという事実を、普段は強く感じることはない。
だが、仲睦まじい親子の姿を目の当たりにすると、その事実をこれでもかと突き付けられてしまう。
感傷に浸る気はないが、とても飯が美味く食べられる気分ではない。
「……部屋に帰って寝るか」
白髪青年が男子寮に向かって踵を返した瞬間である。白衣をまとったメガネ女史からぐいっと腕を組まれる。
「やあ、レヴィン・レヴィアント。私と創立記念祭デートでもしないか?」
「なぜ俺様が貴様とデートなどしなければならんのだリンダ・リンドバーグ」
ジト目を浮かべる白髪青年にメガネ女史がニヤリと微笑む。
「それは貴君が私にいろいろと借りがあるからだ」
「確かにそれは……そうだが」
つい最近も
「ちなみに愛しのヴィヴィアンに変身してくれるなら借りはすべてチャラにしよう。肌身離さず持ってるんだろ? 例のピアスを?」
「ふざけるな! そんな恥ずかしい真似ができるか!」
「恥ずかしがる必要なんてまったくない! 女性になった貴君はまるで別人のように美しい! 自信を持って!」
「そこじゃない! 俺様が躊躇っている理由は! 尊厳の問題だ!」
「尊厳? 実にくだらんな。たかだか見た目が女性になるくらいで失われる尊厳などにどれほどの価値があるというのか? 大切なのは心の有りようであろう?」
もっともらしいことを言われ白髪青年は言いよどむ。
「私の
「はぁ? イケメン連中のあれも服を着替えた程度のことだと?」
「そうだが? 地味な女子がメガネを外して三つ編みを解いて、胸元のざっくりと開いた大胆なドレスを身にまとった途端、気持ちまで大胆になるなんてことは珍しくなかろう? しかも、周囲の見る目まで変わって突然、モテ始めるなんてのも定番だ。本質はなにも変わっていないというのにな!」
変態錬金術師がメガネをくいと持ち上げて続ける。
「つまり、貴君がヴィヴィアンに変身したとしても尊厳が失われることなどない。もっとも貴君が一時でも他人を欺くことに心を痛めるような殊勝な人間だと言うのならば話は別だが?」
「くそったれ……相変わらずうるさい女だ」
さすがの白髪青年も変態ではあるが天才的な彼女との口論は分が悪かった。
「だからと言ってわざわざ変身する必要なんてないだろ?」
「ふむ。デートは否定しないんだな?」
「貴様の奢りならな?」
「ああ。故郷の村に有り金を残らず送金して金欠だったな貴君は」
メガネ女史が品定めするように白髪青年の全身を見やって来る。
「でも、本当に変身しなくていいのか?」
「なにがだ?」
「マッドサイエンティストと呼ばれる鼻つまみ者の私と、傲岸不遜と悪名高い貴君が仲良く腕組みデートをしていたら周囲はどう思うだろうか? さまざまな憶測が飛び交うだろうな!」
なんだったらレヴィンとリンダの関係性を知らない周囲の連中から、すでに奇異の目を向けられている。
「そう思うなら今すぐ腕を放せ!」
「なんだ? 照れているのか? 思春期か?」
「ふざけるな! 羞恥心だ! 親子ほど年の離れた貴様と腕組みデートをするなんて普通に恥ずかし――――」
そこまで言いかけて白髪青年はハタと固まる。
どう考えても柄ではないのだが、彼女は両親を亡くした『孤独な親友の息子のために一肌脱ごうとしている』のではと思ってしまったのだ。
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