第80話 只今、入院中

 結論から言うと、故郷のピンチを救うための資金集めは大成功と言えた。


 まずは諸々の素材の売却代。特にゴールデンフロッグの皮はオークションに出品したところ、珍しい出物ということもありかなりの高額で競り落とされた。

 それとダンジョン配信の報酬。貴重なネームドとのバトル映像ということで報酬が上乗せされた。

 しかも、ゴールデンスネークに関しては未登録のネームドということで冒険者ギルドが『新種発見ボーナス』が出してくれた。


(まあ、ダンテは瀕死になり、俺は三日ほどアカデミー付属の治癒院に入院することになったが、これだけの収穫が得られたのなら御の字だ)


 お陰で十二分な金額を故郷に送金することができた。きっと故郷の連中も喜んでくれるだろう。

 協力してくれた仲間たちには感謝しかない。もちろん、素直にお礼を言う気はないが。ただ……なにか連中が困った際には仕方がないので手を貸してやるつもりだ。


 入院中、白髪青年にとって気がかりだったのは『ゴールデンスネーク戦』についてだ。あの時の映像が配信されていると思うと億劫でしかない。


 レヴィンにとって【キャストオフ・ディストラクション】は邪道なのだ。

 あくまで最終手段だ。使用後のデメリットを考えても気安く使うものではない。

 もちろん理解していないわけではない。一撃必殺のあの技は確かに派手だ。視聴者にも受けるだろう。

 だが、灰色魔導士グレーメイジの矜持は強化魔法アビリティであり、それらを駆使して戦場をコントロールすることなのだ。


(アレを観られてしまったら、もう正当な評価は諦めるしかあるまい……)


 望まぬ形で目立ってしまうのは白髪青年の本意ではなかった。

 ところが、その心配は取り越し苦労だったらしい。どうやら現在、配信されてるのはゴールデンフロッグ戦までらしいのだ。


「安心しなよレヴィン。ジルがゴールデンスネーク戦の映像は配信しないようにユンユンに約束させたからさ」


 治癒院に来たダンテが、見舞い品のダンジョンバナナを食べながら教えてくれた。


「ジルはレヴィンのことよく分かってるよ。『レヴィンがアレを配信されるのを望んでない』って理解してて、レヴィンが気を失った直後に速攻で『配信はしないように』と口止めしたからね」


「……ふん。リーダーならそれくらいは当然のことだ」

「はいはい、レヴィンは本当に素直じゃないんだから」


 そう強がる白髪青年を昔からよく知る栗毛の幼馴染は笑うのだ。


白頭パオホー、喜べ。ワタシたちのダンジョン配信がすごい反響ヨ」

「うんうん! メルも街で子供たちから声をかけられちゃったぁ! ダンジョン配信を観ましたって!」

「オーホッホッホー! わたくしという天才魔導士がついに世間に見つかってしまいましたわ!」

 

 ダンテと一緒に見舞いに来た元カノどもが教えてくれた。どうやらゴールデンフロッグ戦の評判がかなり良いらしい。

 早くもダンテたちのパーティーには幾つかの武具メーカーや飲料メーカーなどからスポンサーのオファーが届いているそうだ。


「まあ、例に漏れずイケメンどもが騒がれてるんだろうな」


 白髪青年の予想は的中する。

 なぜなら、イケメンどもがそれぞれ『女の子』で見舞いに来たからだ。それは男の姿だと目立ちすぎて街中を悠長に歩けないからに他ならない。


 最初に病室に訪れたのは金髪エルフのお姫様。ダークエルフのメイドを引き連れ山盛りのスイーツを持参してやって来た。


「レヴィンくん、はい、あーんして」


 金髪エルフのお姫様が嬉しそうな顔で生クリームの乗ったスプーンを白髪青年の口元に近づけてくる。


「ふざけるな! そんな恥ずかしい真似ができるか!」

「でも、レヴィンくん全身筋肉痛で動けないじゃない? ボクが食べさせてあげるしかないでしょ?」

「それはそうだが……」


 金髪エルフのお姫様が美しい碧眼の瞳でじっと見つめてくる。


「汝に命ずる――我に口を開けよ」


 金髪エルフのお姫様がそう口にした途端、抗い難い力に突き動かされ白髪青年の口が大きく開く。


「はい、どうぞ。たくさん食べて早く元気になってね」


 信じられないことに彼女は笑顔でスプーンを口に放り込んでくる。


「レヴィンくん美味しい?」

「美味しいが……そういうことじゃない! 貴様は馬鹿か! 【勅命の魔眼インペリアルコマンド】をこんなことに使うな!」

「だってレヴィンくんが素直に口を開けてくれないから……」

「おい! メイド! 主人を諫めるのも貴様の仕事だろ! 軽々しく固有アビリティを使うなと注意しろ!」

「さすがお嬢様。見事な作戦です」

「ダメだこのメイド! 話にならん!」


 結局、身動きの取れない白髪青年が折れるしかなかった。お姫様が満足するまでスイーツを腹いっぱい食べさせられるのだった。


 続いて病室に訪れたのは赤髪犬耳少女だ。


「約束通り筋肉痛が少しでも楽になるようにぼくがマッサージしてあげますね」

 

 そう言って彼女は「痛くないですかー?」と丁寧に全身を揉みほぐしてくれる。それはまあいい。素直にありがたい。

 だが、一つだけ解せないことがある。


「おい。ロイス」

「なんですか?」


「なぜ貴様は……そんな短いスカートを履いている?」


「……え? ダメでした?」

 なぜかひどく驚かれた。


「幼馴染のダンテさんが『ロイスくんには悪いけど、どうせマッサージされるならレヴィンも野郎じゃなくて可愛い女の子が良いに決まってるよ』って言うから……」

「ダンテめ!」

「それでレヴィンさんが思う可愛い女の子ってどんなタイプですかって尋ねたら『おっぱいが大きくてスカートが短いエロい女の子さ!』って言ったから……」

「ダンテめ!」


「さすがにおっぱいはすぐどうにかできるものではないので……せめてスカートだけでも短いのを履いてきたんですけど……もしかしてレヴィンさんの趣味じゃありませんでしたか……?」


 途端、赤髪犬耳少女が迷子の子犬のような不安そうな顔を浮かべる。


『俺様の趣味なわけあるか! それはダンテの趣味だ!』


 そう怒鳴りたいところだが、悪友に踊らされてしまった彼女が不憫で白髪青年は本音をぐっと飲み込む。


「まあ、そういう恰好も新鮮味があってたまになら悪くない……かもしれん」


 苦し紛れにそう返す。


「だが、貴様は【超誘惑体質スーパーテンプテーション】なんだぞ? 油断しすぎではないのか?」

「それは大丈夫です。リンダ先生がよく利く薬を開発してくれたので! お陰で最近は【超誘惑体質スーパーテンプテーション】のトラブルはありません!」


「そういう問題じゃない! そういう挑発的な格好を男の前で軽々しくするんじゃないと言ってるんだ!」


 まるで父親のような意見だが割と本気で心配して怒っている。だが、なぜか赤髪犬耳少女は嬉しそうに頬を赤らめる。


「はい! こういう恰好はレヴィンさんの前だけにしますね!」


 それから彼女は鼻歌交じりでマッサージをして上機嫌で帰っていった。


 最後に病室を訪れたのは泣きぼくろが特徴的な黒髪の彼女だ。

 ジュリアンはベッド脇にある尿瓶を見つけると真剣な眼差しで言う。


「レヴィン! 私に任せて!」

「今すぐ帰れ!」


 白髪青年が即座に怒鳴りつけたのは言うまでもない。


「安心して! わたしはレヴィンの股間のリトルレヴィンがたとえどんなだろうと受け入れるよ!」

「黙れ! もう喋るな! 出て行け!」


 速攻で変態を病室から追い出す。黒髪の彼女は病室の入り口からこちらを悲しそうに見ている。そんな彼女の様子を治癒院の関係者が怪訝そうに窺っている。

 仕方がないので「ジュリアン」と呼び戻す。

 黒髪の彼女が喜び勇んで駆け寄って来る。


「なに?」

「配信の件だが……」

「うん」

「助かった」

「気にしないで」

「それだけだ」

「うん」


 そう彼女が満足そうに微笑む。

 黒髪の彼女としばらく他愛もない会話をする。やがて「またアカデミーで」と言い残して彼女は去ってゆく。

「ふぅー、ようやく静かになった」

 なぜだろう。そう口では零しながらも、一人の病室をやけに寂しく感じてしまう白髪青年だった。





 

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