第79話 一撃必殺の魔導士再々

 集中力を使い果たし、体力も魔力マナもすり減ったメンバーたちはその場にへたり込む。

 特に既存の魔力マナを大放出して発動させる〈百花繚乱〉をぶっ放したジルは大きな蓮の葉に大の字になって寝転がっている。


「こりゃ今日はこれ以上は無理だな」


 レヴィンもいつもの倍、戦場を走り回り、脳みそをフル回転させて指示を出した。さすがに疲れていた。


「おーい! レヴィン! ゴールデンフロッグって自動解体ナイフ使えると思う?」


 唯一、元気なのはダンテだけ。幼馴染のタフさには呆れる他ない。


「この黄金の表皮に高値が付くから剥ぎ取って持って帰りたいんだけどさ、攻撃とかまったく通らないじゃん?」

「大丈夫だ。使えるぞ。ゴールデンフロッグに限らず、魔力マナが巡っていない討伐後なら、どんな堅い魔物でも身体の一部ならナイフは通るぞ」


「さすがレヴィン! アカデミートップクラスの成績は伊達じゃないね!」

「なにがさすがだ! 魔物学の授業で習っただろうが!」

「そうだっけ?」


「ダンテ! よく覚えとけ! 魔物のボディの堅さや耐性の高さは基本パッシブアビリティだ。冒険者と同様に状態を維持するのに魔力マナが消費されるんだよ」


「あー、確かにそう習った気がする」


「亀の甲羅などのはその限りではない。あれは冒険者の装備品などと同様に本体に依存しない堅さだからな、討伐後もちゃんと堅い」


「つまり、討伐後はただの美しい黄金の皮というわけね。では、ありがたく頂戴いたしますかね」


 お調子者の幼馴染は口笛を吹きながらゴールデンフロッグに近づいてゆく。


「ふぅー、見知った連中だったからストレスは少なかったが、共闘はしばらくごめんだな。身体以上に精神が疲れる」


 白髪青年はアイテム袋から水筒を取り出すと、無防備に喉を晒してゴクゴクと中身を空にする。

 そんな油断し切っていた時だった――視力に優れる金髪眼帯エルフが真っ先に声を上げる。


「みんな! 構えて! アナコンダのネームドだよッ!」


 池の対岸から巨大な黄金のヘビがこちらに向かって牙を剝いている。


「ど、どういうことですの!?」

「連続でネームドが湧くなんてことがあるんですか?」

「ダンテ! どういうことネ! 黄金のヘビも狙い通りナノカー!」

「知らない知らない! 黄金のカエルはそうだけど、アナコンダのネームドが湧くなんて聞いてないって!」


 皆の視線が一斉に白髪青年に注がれる。


「俺様だって知らん! だが、考えられるとしたら、カエル池のカエルを狩りつくすのが黄金のカエルのトリガーだったように、カエル池周辺のアナコンダを狩りつくすのがゴールデンスネークのトリガーだった可能性はある」


「もしくはゴールデンフロッグの討伐それ自体がゴールデンスネークのトリガーだったとか?」


 そう付け加える泣きぼくろが特徴的な黒髪のイケメンに「ああ。その可能性もあるな」と白髪青年は頷く。


「ふぇーん! レヴィくーん! もう無理だよぉー! 強敵と連戦できるエネルギーなんてないよぉー!」


 代表して兎耳の大娘が弱音を吐く。他のメンバーも言葉こそ発しないが、疲弊しているのはその表情から一目瞭然だ。


「みんな! 悪いけど! あまり迷ってる暇はないよ!」


 カエルとは違ってヘビは好戦的だ。ネームドが巨大な黄金ボディをくねらせながらこちらに攻めかかってくる。


「とりあえず! 僕が相手をする! その間に結論を出してくれ!」


 そう叫んで栗毛の槍術士ランサーが黄金のヘビに真っ向勝負を挑んでゆく。

 ダンテ以外のメンバーが白髪青年をじっと見つめてくる。その瞳にはの期待が込められている。


『レヴィンならいけるよね?』と。


「ふざけんな! お前ら! 俺様にをやらせる気か!」


「でも、この状況を打開できるのはしかなくない?」


 ジルの言葉に全員がうんうんと頷く。皆の気持ちは一つである。


「アナコンダはカエルよりもずっと格上だ。当然、ネームドはさらに強いはず。しかもカエルの数倍攻撃的で、見るからに動きも俊敏だ。全力で逃げたとしてセーフティエリアまで無事にたどり着けるとはオレには思えない」


 泣きぼくろが特徴的な黒髪のイケメンのもっともな意見に白髪青年は舌打ちをすることしかできない。

 青年は苛立たしげに白い頭をかき回しながら背後の鼠耳少女を見やる。


「くそったれどもが……しばらく全身筋肉痛で苦しむ俺様の気持ちが分かるか? しかもだ! ただでさえやりたくないのに、撮影されているなんてなおさらお断りだ!」


「レヴィくーん! お願いだよぉー!」

白頭パオホー! やってくれたらお礼にメルとアイーシャのおっぱい揉ませてやるネ!」

「ちょっと! なんでわたくしが!」

「そうだよー! ハオのおっぱいも入れなきゃ不公平だよー!」

「メル! ツッコミどころが間違ってましてよ!」

「レヴィンくん! お願いだ! 帰ったら美味しいスイーツをボクが好きなだけ食べさせてあげるから!」

「レヴィンさん! お願いします! お風呂で筋肉痛が和らぐようにマッサージしてあげますから!」

「レヴィン! 頼むよ! 帰ったらショッピングデートに付き合ってあげるから!」

「ふざけんな! ショッピングデートをしたいのは貴様だろうが!」


 気づくと白髪青年はにぐるりと囲まれてる。


「おー! すごい光景だ! レヴィンがモテモテだ!」


 ダンテが戦いながらそんな軽口を叩く。しかし、言うほど余裕ではない。被弾しないように必死で攻撃を躱すだけで精一杯という状況だ。

 いくらダンテが化け物だとしても、一人ではさほど長くは耐えられないだろう。

 

「あー! くそ! 分かったよ! やればいんだろ! やれば! その代わり今、貴様らが言った今後、俺様のことを『レヴィン様』と呼ぶ件、忘れるなよ!」


「言ってない言ってない」

「そんな約束してないよ」

「なに勝手に改ざんしてるネ」

 

 全員が一斉にブーイングをしてくるが全無視である。


「ぐだぐだ言ってないで! 俺様にとっとと寄越しやがれ! ありったけの強化魔法アビリティを!」


 そう叫んで白髪青年は自身に強化魔法アビリティを重ねてゆく。強化魔法アビリティを持っているメンバーは急ぎ白髪青年に強化を付与してゆく。


「レヴィン! さすがにちょっと無理かも!」


 同時だ。ヘビの強烈な尻尾攻撃に吹き飛ばされダンテが、派手な水しぶきを上げながら水面を激しく転がり、樹木にぶつかり停止する。


「良くやった! 褒めてやる悪友よ! 後は任せろ!」


 瞬間。マントをはためかせ魔導書を手にした青年が黄金のヘビと栗毛の青年の間に舞い降りる。

 刹那だ。牙をむき出しにして襲い掛かって来る巨大な黄金のヘビに向かって、白髪青年がおもむろに掌を突き出す――——、


 

【――——〈キャストオフ・ディストラクション〉――——】



 ――——それは自身に付与された強化魔法をすべて解放することで、巨大なパワーを生み出す灰色魔導士グレーメイジ必殺の無属性魔法アビリティである。

 その威力は強化魔法の威力や数に依存する。

 つまり、いつもよりも多くの強化魔法アビリティを付与された今日の彼の一撃必殺は最強だった――——。


 前が見えなくなるほどの光量。池どころか周辺すべてを白に染め上げる閃光。

 飛び散る水しぶき、舞い上がる木々や草花、吹きすさぶ突風。

 残されたのはえぐられた巨大な穴。池は消失。

 眼前には殺風景な更地が広がっていた。

 あまりの威力にダンジョンの地形を変えてしまったのだ。


 信じられない光景に背後で鼠耳少女が膝から崩れ落ちている。

 一撃必殺の威力を知るメンバーたちでさえ、さすがに今日の威力には唖然と声を失っている。


「さすが! 僕の親友!」


 唯一、栗毛の幼馴染だけが嬉しそう笑っている。頭から血をダラダラと流しながらだが。一人でネームドの攻撃を耐え凌いでいた栗毛の青年は満身創痍だった。

 そのすぐ傍に白髪青年が顔面からバタンと倒れ込む。


「……ダメだ。もう、指一本、動かん」


 白髪青年はそう漏らして意識を失う。

 最強の代償が最強の反動というわけだ。地形を変えてしまうほどの威力に普通の肉体が耐えられるはずがなかった。

 白髪青年もまた外傷こそないが、満身創痍だった。

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