第78話 鼠耳少女は目撃する

「レヴィン! これじゃ近づけない! どうすればいい!」


 黒髪の双剣士ブレイバーが叫ぶ。


「ふむ。触れると爆発するカエルか。まるで地雷だな……」


「レヴィンくん! 排除しようと触ったらダメージを受けそうだよ!」

「ワタシら盾役タンクなら耐えられないほどの爆発じゃないネ! けど、排除してもまた召喚されたら一緒ダヨ! ジリ貧ヨ!」


 白髪青年はしばし逡巡してから兎耳の聖職者クレリックに向かって走り出す。


「メル! 俺様が貴様に強化魔法をくれてやる! 全力で〈聖なる拳ホーリーフィスト〉をぶっ放せ!」

「無理だよぉーレヴィくーん! この距離じゃ大きなカエルさんに〈聖なる拳ホーリーフィスト〉は届かないよぉー!」

「誰がゴールデンフロッグにぶっ放せと言った! にぶっ放せ!」

「池? なんでー?」

「いいからやれ!」


 白髪青年が各種強化魔法を付与すると、最後に魔力譲渡を兎耳彼女の大きなお尻に気合い一発バチンと叩き込む。


「いやん! もう! レヴィくんのエッチぃー!」

「やかましいわ!」


 半信半疑と言った表情で兎耳の彼女が最大強化されたアビリティを発動する。


【――——〈聖なる拳ホーリーフィスト〉――——】


 光り輝く聖なる拳が空から降臨。あまりも巨大な岩石のごとき拳。まるで天上の神が振るった鉄槌がごとく。


 ズドン。極太の水柱が空へと舞い上がりカエル池全体が激しくたわむ。同時。水面が大きく波打ち、無数の小さなカエルたちが飛び跳ねる。

 瞬間だ――小さなカエルたちが宙空でぶつかり合って爆発する。

 鼠耳少女が感心して手を叩く。

 

「そうか! 彼はカエル同士の誘爆を狙ったんだ!」


 次々に爆発が連鎖してゆく。すべての子カエルを排除できたわけではないが、かなりの数を減らすことに成功。これで親カエルに問題なく近づくことはできる。


「メル! ゴールデンフロッグがまた子供たちを召喚しようとしたら同じ要領で水面を叩け! それで固有アビリティの発動を阻止できるはずだ! だよなー! アイーシャ!」


「ですわ! 魔方陣は正確に描き、全体に魔力マナを行き渡らせ、ようやく発動させることができますの! 水面が揺れていては、正確な魔方陣を描くことは不可能! 発動には至りませんわ!」


「おっけー! アイーシャ! 魔方陣が見えたら指示ちょーだーい!」


 白髪青年はそうこうしてる間にも子カエルを巧みなステップで躱しながら、ゴールデンフロッグに向かって近づいてゆく。

 当然、近づかせまいとネームドが長い舌を白髪青年に走らせる。

 その死神の鎌のごとき薙ぎ払いを白髪青年は待ってましたとばかりにスライディングで潜り抜ける。


【――——〈スナッチブロウ〉――——】


 白髪青年は何食わぬ顔で黄金のボディに一撃を食らわせ、華麗に魔力マナを奪取してノーダメージで去ってゆく。

 鼠耳少女が唖然と頭を揺らす。


「いやいや、でたらめにもほどがあるでしょ……そこいらの前衛より動きがいい魔導士っておかしいよ」


 白髪青年に負けじと、前衛メンバーたちがゴールデンフロッグに果敢に立ち向かってゆく。

 おそらく白髪青年の言動一つ一つが、仲間たちに向けたメッセージなのだ。


『魔導士の俺様にできて、貴様ら前衛職の連中にできないわけないよなぁ?』


 そんな挑発的なメッセージとしか鼠耳少女には思えないが。 


「ミカエル! 金ガエルが大きく息を吸い込んだヨ! 毒ブレスがクルネ!」

「了解だよ! ハオ! 任せてよ!」


【――——〈マッシブガード〉――——】

 

 金髪眼帯エルフの全体防御アビリティで範囲毒ブレスを見事に防ぐ。

 さすがはアカデミーでも1、2を争う優秀なパーティーである。

 戦い方の要領を知って個々の動きが見違えるように良くなっている。

 

「予想通り長期戦になりそうだけど、この調子ならなんとか倒せそうだ」


 鼠耳少女がそう思った矢先である――。

 ゴールデンフロッグが池に点在している子カエルを長い舌で根こそぎさらってパクリと食べる。直後、グンッと生命力が回復する。


「ああ! 召喚した子カエルは防御手段でもあり、回復手段でもあるのか! 実に面白い!」


 迷宮調査員ダンジョンゲイザーのユン・ユンフォアとしては貴重な絵が撮れたと喜びたいところだが、戦っているメンバーからすると嫌な事実だろう。


「こりゃ参ったね! 絶対に子ガエルを召喚させるわけにはいかないじゃん!」

「レヴィン! メルルだけじゃ大変じゃないか? オレもアビ妨害で固有アビリティの発動を阻止しようか?」

「ありがとー! ジルくーん! さすがジルくん優しいぃー!」


 兎耳の大娘が声を弾ませるが、白髪青年が即座に「ダメだ!」と首を振る。


「ジルとダンテの魔力マナはすべて高火力の攻撃に回せ! 長引けば長引くほどこちらが不利になるだけだからな!」


 白髪青年の判断は間違っていない。

 無尽蔵の魔力マナを持つ魔物と違って冒険者は人間だ。魔力マナには限りがある。それに魔力マナがあっても集中力はいつまでも続かない。早期に決着をつけるに越したことはないのだ。


「頑張るけどー! 私の魔力マナにも限界があるんだよー!」

「安心しろメル! 魔力マナが切れそうなったらまた俺様が貴様のデカいケツを叩いてやる!」


「ふえーん! レヴィくんが鬼畜だよー! 優しくないよー!」

「レヴィン……君って男はもっと言い方があるだろ?」

「レヴィンさんがメルルさんをいじめてます。ひどい男です」

「ソダヨ! 白頭パオホー! メルにごめんなさいシロー!」

「レヴィンくん! 女の子に『デカいケツ』なんて言い方をしてはいけないよ!」

「ミカエルさんの言う通りですわ! レヴィン・レヴィアントは本当にデリカシーゼロ男なんですから!」

「あはははは! レヴィン! フルボッコだね!」


 全員から責め立てられ青年が白い頭を苦虫を噛み潰したような顔でかき回している。その様子がおかしてく鼠耳少女は思わず笑ってしまう。


「あー! うるさいうるさい! だったら! 速攻でゴールデンフロッグを倒せばいんだろうが! その代わり! 貴様らにはきっちりと働いてもらうからな!」


 白髪青年がさっそく指示を飛ばす。


「ロイス! アイーシャ! ジル! 遠距離攻撃でカエルの口の中を狙え! おそらく口に中も弱点部位だ!」


「口の中ですって? あの隙間に魔法を放り込めと?」


「毒ブレスか舌攻撃の時に大口を開けるんだ! そのタイミングを狙って攻撃をぶち込むだけだろ!」


「簡単に言ってくれますわね! ずっと大口を開けてくれているわけではありませんのよ? アナタが思うよりもずっとタイミングはシビアですわ!」


「なんだ? アイーシャ? できないのか?」


「誰ができないと言いましたの? このアイーシャ・アイマールには造作もないことですわ!」


「ロイス! ジル! もちろん、貴様らもできるよな?」

「はいはい! やりますよ! やればいんでしょ!」

「もう! レヴィンは! 強引なんだから!」


 三人は集中力を高める。

 長い舌がぶるんと周囲を薙ぎ払うように振るわれる。そして、その長い舌が再び口の中へと収納される一瞬のタイミングを狙って遠距離攻撃を発動させる。


【――——〈ファイアバード〉――——】

【――——〈フラッシュターミネイト〉――——】

【――——〈雷轟電撃らいごうらいげき〉――——】

 

 三者三葉の三連撃がゴールデンフロッグの口内に吸い込まれる。同時、金ガエルの口の中でそれぞれのアビリティが混ざり合い炸裂する。

 たまらずゴールデンフロッグが巨体を大きくのけ反らせる。


「今だ! ミカエル! ハオ! あのデカブツを転がせ!」


 白髪青年は攻撃強化のアビリティを盾役タンクの二人に付与して送り出す。わざと二人のお尻を叩いのは当てつけだろう。


【――——〈ホーリーストライク〉――——】

【――——〈昇竜衝波しょうりゅうしょうは〉――——】


 盾役タンク二人の重い一撃にゴールデンフロッグに再び仰向けに倒れ込む。

 白髪青年がニヤリと微笑む。もう指示はいらない。なぜならすでに栗毛の槍術士ランサーが空高く舞い上がっていたからだ――——、



【――——〈スラストシューティング〉――——】

 

 

 無防備な腹部に槍の流星が降り注ぐ。幾百幾千の光の槍が金ガエルを串刺しにする。さらにトドメとばかりに黒髪の青年が稲妻のような速度で駆け込んでくる。

 黒髪の双剣士ブレイバーは〈悪鬼羅刹〉で攻撃力を上昇させると、



【――——〈百花繚乱ひゃっかりょうらん〉――——】


 

 必殺の分身乱れ斬りをゴールデンフロッグに叩き込む。三人の黒髪の双剣士ブレイバーが縦横無尽に黄金のカエルを切り刻む。

 怒涛の連続攻撃。圧巻の火力。勝負ありだ。ゴールデンフロッグは撃沈する。

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