第77話 鼠耳少女は考察する

 迷宮調査員ダンジョンゲイザーのユン・ユンフォアはあまりの喜びに、大きな耳を揺らしてぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「やったー! 希少なネームドとの戦闘を撮影できるなんて最高すぎる! これは貴重なすごく記録になる!」


 一時はどうなることかと思った。配信を開始して早々、


『ユンフォア。会話は記録するな。さもなければ放送禁止用語を連発するぞ?』


 憮然とした白髪青年からそう禁止令を出された時は落胆したものだ。

 しかし、さすがはアカデミーのナンバー1とナンバー2のパーティーだ。映像だけでも十分に観る価値があった。


 どちらのパーティーに本当に華がある。中でもリーダーの二人は別格だ。

 アカデミーを代表するアタッカー二人の鋭く激しくしなやかな戦いぶりは観る者の目を引きつけて離さない。

 タイプが異なるのもいい。


 悪戯小僧のようなヤンチャで少し危なっかしい奔放な戦いぶりが母性本能をくすぐるダンテ・ダンテリオン。

 普段の爽やかイケメンぶりからは想像もできない苛烈で容赦のない戦いぶりのギャップにドキドキが止まらないジル・ジェイルハート。


「このまま順当に成長してゆけば、この二人が次代のダンジョン攻略配信のスターになることに疑いの余地はないよね」


 鼠耳少女はこの先も二人を追ってゆくと改めて心に誓う。


 打ち合わせ通り金髪眼帯エルフの聖騎士パラディンの〈タウント〉を合図にゴールデンフロッグ戦が始まる。

 すぐさま猫耳の拳闘士グラップラーが水しぶきを上げながら疾走を開始する。猫耳の彼女はゴールデンフロッグの背後に回り込むやいなや、パワー全開の連続打撃アビリティ〈百裂連撃〉を叩き込む。

 重い打撃に丸い黄金ボディが激しく波打つ。

 だが、その表皮の柔軟性がダメージを吸収しているようで見た目ほど生命力は削られていない。

 続いて魔法職の連続攻撃だ。


 赤髪犬耳少年の〈フラッシュターミネイト〉。兎耳娘の〈聖なる拳ホーリーフィスト〉。ダークエルフの〈プロミネンス〉。


 光属性、聖属性、炎属性、それぞれの魔法が黄金の小山に炸裂する。

 しかし、魔法系のダメージも打撃と同様に効果的とは言えない。

 どうやらゴールデンフロッグの輝く表皮はただの派手な飾りではなく、ダメージ耐性のあるコーティングのようなものらしい。


「これは長期戦になりそうだ」


 数々の戦いを撮影してきた鼠耳少女がそう予見する。

 ところがだ――白髪青年がエース二人の背中を叩くの同時だ。


「貴様ら! この俺様が強化をくれてやったんだ! かましてこい!」


 瞬間、限界まで引き絞った矢が放たれるがごとくスピードで黒髪の双剣士ブレイバーと栗毛の槍術士ランサーが水面を駆け抜ける。


【――——〈スピード・アンド・デストロイ〉――——】


 栗毛の槍術士ランサーが空高く舞い上がり、頂点に達するのと同時に流星のごとき速度で急降下。怒涛の突きを黄金のボディに撃ち放つ。


 驚いたことにこれまでビクともしなかった黄金カエルが槍の切っ先に弾かれてその巨体をゴロゴロと水面に転がす。


【――——〈疾風迅雷しっぷうじんらい〉――——】


 さらに黒髪の双剣士ブレイバーが空から仰向けのカエルを急襲して、目にも止まらぬ速さでを斬り刻む。

 

「すごい! ゴールデンフロッグの生命力を一気に削った!」


 エース二人の本気に鼠耳少女は驚嘆せずにはいられない。


 ネームドはその階層の平均的な魔物の強さを大きく凌駕している。エリアボスと同等の強さを誇る。その相手に一撃でこれほどのダメージを与えるのはあり得ないことだった。


「信じられない。あの瞬間的な火力は学生レベルを逸脱してる。トップレベルの冒険者でもここまで火力を出せる人っているだろうか……?」


 鼠耳少女には不可解だった。

 二人に才能があるのは認めるが、先ほどまでの殲滅戦を見る限りここまでの高い攻撃力が出せるとは思えなかったのだ。

 武器の性能か。いや、どう見ても一級品の武器とは思えない。


 眉をしかめる鼠耳少女の耳に傲岸不遜な高笑いが届く。


「くくく! やはりな! 黄金の表皮と違って白い腹の部分はダメージがよく通るな!」


 鼠耳少女は思わずパチンと手を叩く。


「そうか! 弱点部位を狙うことで大ダメージを出したのか!」


 堅い甲殻こうかく外皮がいひを持つ魔物の弱点が隠された腹側にあることは珍しくない。当然、白髪青年にもその知識があるのだろう。

 だが、いかにも柔らかそうの表皮のゴールデンフロッグにその知識を当てはめ、迷いなく試してみせる実戦感覚が素晴らしい。


「いや、でも、あの巨体を転がすのは言うほど簡単じゃないよね……」


 鼠耳少女は戦場を駆ける白髪青年を目で追いながら叫ぶ。


「そうか! 灰色魔導士グレーメイジの強化魔法アビリティによって強化された二人だから実行できたんだ!」


 白髪青年は回復役ヒーラーには自分のパーティーメンバーだけ回復するようにと厳命していたが、自らは自分以外の7名に強化魔法を配って回っている。彼の献身性は特筆すべきだろう。


 興味深いのは彼は〈トランスファー〉で魔力マナを付与する際に必ず仲間をバチンと叩き、小馬鹿にするように鼻で笑い、挑発的な言葉を残してゆく。


『ビビってるのか? 情けない奴め』

『まさかもう疲れたのか? だらしがない奴だ』


 などなど。傍から見ればすごく嫌なヤツなのだが、彼が声をかけた後のメンバーの充実した表情を見るに明らかだ。

 とても分かりにくいが、それはレヴィン・レヴィアント流の鼓舞なのだろう。


「いろんなパーティーの戦闘を撮影してきたけど、戦場で彼のような立ち回りをする冒険者は初めてだ……」


 白髪青年のような司令塔的な存在は珍しくない。だが、多くは全体を俯瞰できる後衛職だ。彼のように縦横無尽に戦場を駆け回るタイプはまずいない。

 鼠耳少女がお宝でも発見したかのように瞳を輝かせる。


「うん! 彼、すごく面白い! 前言撤回だ! 世間が彼の面白さに気づけば彼は人気者になれるかもしれない!」


 そんな高いモチベーションのメンバーが無防備なカエルに一気呵成に襲い掛かる。だが、ネームドがそうやすやすとやられるはずもない。


「皆さん! 舌が飛んできますわ! 回避してくださいまし!」


 カエルが大きく口を開くのを見てダークエルフの魔導士が叫ぶ。

 長い舌が派手な水しぶきを上げながら周囲を薙ぎ払う。草木がいともたやすく刈り取られてゆく。まるで巨大な鎌でも振るったかのような威力だ。


 前衛のメンバーが慌てて距離取る。


 カエルは体勢を整えると、冒険者たちを近づかせまいと長い舌をぶるんぶるんと狂ったように振り回し始める。

 金髪眼帯エルフと猫耳娘が必死で防いでいるが、変幻自在に襲い掛かって来る鋭く長く重い舌の攻撃にじわじわと生命力が削られてゆく。

 回復役ヒーラー盾役タンクを必死で回復して戦線の維持に努めるが、ネームドの圧力にじりじりと後退することしかできない。


 さらに追い打ちをかけるようにゴールデンフロッグを中心とした魔方陣が水面に浮かび上がる。


「皆さん! ネームドの固有アビリティがきますわよ!」


 いち早く魔方陣の存在に気づいたダークエルフの魔導士が警告する。

 召喚魔法の一種だろうか。空から小さなカエルが降ってくる。まるで雨のように無数のカエルが降ってくる。

 そのカエルを栗毛槍術士ランサーが槍で無造作に払う。


「うお!」


 同時だ。小さなカエルが爆発を起こす。


「触れると爆発するカエルか! これは面倒だ……迂闊に近づけない。一体、どうするんだろう?」


 鼠耳少女の視線の先には憮然とした表情の白髪青年がいる。


 

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