第75話 初めての攻略配信②

 湿地エリアは大地の大半が川や池や沼地に覆われている。辛うじて残された大地にしてもぬかるんでいてまともに歩けたものではない。

 そのため31階層以降の攻略には、水上移動を可能にする撥水リペレントブーツや浮遊フロートポーションなど湿地対策が必須である。


 すでに幾度も湿地エリアを攻略しているダンテたちは全員、撥水リペレントブーツに履き替えている。


「コスパ的には一回こっきりで値段の高いポーションよりもブーツだよな」


 白髪青年も事前にオークションで中古の撥水リペレントブーツを落札しておいた。

「問題はイケメンどもだ」

 汚れることを極端に嫌う連中の様子を窺う。

 三人は躊躇うことなく高級そうなポーションを飲み干す。


「は? お前ら浮遊フロートポーションを買ったのか?」


 イケメンたちはさらに透明な液体を頭から浴びている。


「ちょ! お前らなにやってんだ!」


 目を丸くする白髪青年に金髪眼帯エルフが真剣な表情を浮かべる。


「レヴィンくん、これは最新アイテムの【泥除けコーティング】だよ」

「最新アイテムってミカエル……どう考えても高いだろ?」

「まだ試作段階らしくすごく高いけど、これで泥汚れの心配から解放されるなら安いものさ!」


 ジルとロイスが深々と頷いている。イケメンたちの眼差しがあまりにも熱い。彼ら、いや、彼女たちの『汚れたくない』という情熱は白髪青年の想像を遥かに超越していた。


「そうか……ならばもうなにも言うまい」


 もう文句を言うのが馬鹿馬鹿しくなってというのが本音である。

 これでイケメンどもがいつものパフォーマンスを発揮してくれるのなら必要経費だろう。


(撮影されているのに汚れを気にして『シャワーを浴びる』などと言い出しでもしたら目も当てられんからな)


 敵感知に優れるダンテが先導する恰好で31階層を進んでゆく。

 カエルの群生地まで極力戦闘を避けて移動する。理解していても水面を走るのは奇妙な気分だった。


 パッシブアビリティ【追随フェローイング】の効果だろう。鼠耳の迷宮調査員ダンジョンゲイザーも滞りなく付いてくる。一定の距離を保っているのは撮影者としての配慮らしい。

 撮影対象の戦闘の邪魔をすることは彼女たち迷宮調査員ダンジョンゲイザーにとって最も恥ずべき行為だ。たとえ目の前で冒険者が死のうとも決して手出ししない。

 迷宮調査員ダンジョンゲイザーとは徹底して傍観者なのだ。


「おっけー、着いたよ」


 ダンテが瞳を輝かせる。暴れたくてうずうずしてるという顔だ。


 通称『カエル池』。眼前には見渡す限りカエルだらけの池が広がっている。

 獲物は『ポイズンフロッグ』に『アーマーフロッグ』に『ファットフロッグ』などなど。攻撃方法は毒や痺れを引き起こす分泌液。長い舌での広範囲の攻撃。巨体を活かしたボディプレスなどだ。


「でかしたぞダンテ。これだけ多ければカエルが枯渇することはなさそうだ」

「レヴィンのお褒めに預かり光栄だね」

「じゃあ、さっそく始めようか」


 そうジルが後方に控えるユン・ユンファオに目配せする。

 

「じゃあ僕たちは左回りで行くよ」

「了解だ。オレたちは右回りで」


 定石通り盾役タンクであるミカエルの挑発スキル〈タウント〉で一匹を釣りだして狩りを始めるこちらとは対照的に、あちらは栗毛の青年が単独でカエルの群れに突っ込んでゆく。


 ダンテは嬉々として槍を振り回し、多少リンクしようがお構いなし、初っ端から全力全開で魔物に突っかかってゆく。

 その野放図なスタイルは白髪青年がパーティーを組んでいた頃と少しも変わっていない。


「久しぶりに生で戦いを見るが、相変わらず勝手気ままなヤツだ。戦術もへったくれもありゃしない」


 白髪青年が呆れるように吐き捨てる。



 だが、それが許されるのがダンテ・ダンテリオンという冒険者なのだ。



 ダンテのジョブは槍術士ランサーだが、きっとアタッカー系のジョブならなんでも良かった。どんなジョブでも栗毛の青年は『アカデミー最強のアタッカー』と周囲から呼ばれたはずだからだ。


 なぜなら、そもそも生まれ持った戦闘能力が常人離れしているのだ。


 現に槍を縦横無尽に振り回しているだけでカエルがいともたやすく撃沈してゆく。

 その奔放な槍捌きに技術だとか研鑽だとかは微塵も感じられない。

 恐ろしいほどの身体能力で強烈な一撃をただただ放っているに過ぎない。

 一見すれば隙だらけなのだが、敵の攻撃もなぜかダンテにはかすりもしない。


 先ほどダンテが先導していたが、それもただただが鋭いだけ。狩猟者ハンター暗殺者アサシンが得意とする感知アビリティを持っているわけではない。

 動物じみた鋭敏な感覚で魔物の存在を瞬時に感知しているに過ぎないのだ。

 

 白髪青年がダンテのパーティーを抜けたの色恋沙汰に辟易したのが最大の理由だが、戦術もへったくれもないダンテのでたらめな強さも間違いなく理由だ。


 ダンテが強すぎるゆえにあちらのパーティーは『戦術ダンテ・ダンテリオン』にならざるを得ないのだ。実際、それで圧倒的な結果を残せてしまうのだ。

 あーでもないこーでもないとパーティー戦術に頭を捻りたい白髪青年からしたらこんなやりがいのないパーティーもない。


「だが、アカデミー最強パーティーと呼ばれる所以が、ダンテの強さだけじゃないのが最大の強みなんだがな」


 ダンテの元恋人という不名誉な称号を持つ連中は、それぞれがそのジョブの一線級なのだ。それぞれがどこのパーティーに入ってもエース級の実力者だからだ。


 拳闘士グラップラーのハオは火力を出しつつ完璧にダンテの死角をケアし、聖職者クレリックのメルは回復役ヒーラーとは思えない破壊的な攻撃を繰り出しつつも決してバフは切らさない。黒魔導士ブラックメイジのアイーシャは脳筋らしく範囲系魔法でカエルを一掃してゆく。

 

 ダンテたちの戦いは白髪青年からすれば実に大味だ。実力者4人が個々の実力で押し切る力技の戦い方なのだ。

 シンプル故に強力ではあるが、柔軟性には欠ける。少なくとも、白髪青年の好みではない。

 だが、観客からすればダンテたちの豪快さは、派手で爽快に映ることだろう。特に今回のような殲滅戦はダンテたちの独壇場である。ダンテたちはこちらの倍近いペースでカエルを殲滅してゆくのだ。


「まあ、そういう意味ではきっちりと約束を果たしてくれてると言えるか」


 現状、間違いなくダンテたちのほうが目立っている。

 願ったり叶ったりなのだが、問題はジルたちも意外と負けん気が強いってことだ。

 ダンテたちの強烈な戦いぶりを見てイケメンたちの目の色が変わる。


「すまない! ミカエル! ロイス! 負担をかけるかもしれないが、オレもダンテのように強気で攻めさせてもらう!」

「おっけ! ボクもハオさんのようにジルくんの死角をフォローしながら、より攻撃的に立ち回るよ!」

「はい! ぼくもメルルさんのようにどんどん前に出て攻撃の割合を増やします!」


 ジルたちが自分たちの判断で狩りのペースを加速させる。


「……ほう、これは思わぬ収穫だな」


 撮影が始まった今でも攻略配信には大反対だが、ダンテたちとの共闘はジルたちにとっていい刺激になったらしい。これは嬉しい誤算と言える。


「俺としては手の内をもう少し隠しておきたかったが……今さらか。ジルたちの成長のほうがずっと価値があるからな」


 そもそも、白髪青年たちの戦術の原型は『戦術ダンテ・ダンテリオン』なのだ。

 あちらの大味な戦術をよりシステマティックに、より再現性の高い形に落とし込んだのがこちらの『全員攻撃』なのだ。


「元メンバーの俺でなくともダンテたちの活躍が頻繁に配信されるようになれば、遅かれ早かれ誰かが俺と同じ結論に達するだろうしな」


 ただし、嬉しくない誤算もあった。

 競い合う二つのパーティーの勢いが凄すぎて、想定よりもずっと早く『カエル池』のカエルが全滅してしまったのだ。


 リーダー同士の話し合いにより、カエルの湧き待ちリポップの間、カエル池周辺の『アナコンダ』も結局狩ることする。

 ダンジョン攻略配信を意識しての判断だ。


 だが、これがもう一つの誤算を生む結果となる――――、


 池のカエルを三度全滅させ、周辺のアナコンダを三度狩りつくした直後のことだ。

 なんと池のど真ん中に馬鹿でかいが出現したのだ。

 それは『ネームド』と呼ばれるのフロッグ系の上位個体だった。

 


 



 


 



 

 


 


 

 


 



 

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