第73話 二人だけの約束
白髪青年は派手に咳払いをして魔性の空気を振り払う。
「問題は貴様のミスだけではないだろうが? なにかの拍子で【
「【
「だろ?」
「そうだね……その時は冒険者を潔く引退してアカデミーを去るしかないよね」
黒髪の彼女が長いまつ毛を物憂げに伏せる。
「それで
「なにが『ないよね?』だ! 酔っぱらってんのか? 却下だ却下!」
「じゃあバレないようにするしかないじゃん!」
「いや、貴様の中で『女として冒険者を続ける』って選択肢はないのか?」
「……え? ジュリアンとして冒険者を続けるってこと?」
途端、彼女が目を丸くする。それは彼女の中にまったくない考えのようだった。
「そこまで驚くことか?」
彼女の冒険者としての才能を失うのはあまりに惜しい。ジュリアンはダンジョン最強の物理アタッカーになれるかもしれない逸材なのだ。
(本性はかなりロクでもない女だが、その才能は無視できん。認めたくはないが、コイツは本物の天才だ)
彼女がフルフルと黒い前髪を左右に揺らす。その表情は臆病者のそれである。
「無理だよ……本当は女の子なのに……男の子の振りしてみんなを
「別に構わんだろ? 世間から批判されたって?」
「そんなのあたしには耐えられない……あたしがどうして男の子の振りをしているのかレヴィンも知ってるでしょ?」
「女の自分に自信がないからだろ?」
「うん……」
「だが、ジュリアンは俺様に対しては臆病な態度などこれっぽちも見せないではないか? むしろ憎たらしいくらいふてぶてしいんだが?」
「それはレヴィンだからだよ。レヴィンは特別なの。他の人の前だと未だに緊張しちゃってまともに目も見れないもん……」
「そろそろ自信を持て! 貴様はなんの実績もなかった以前のジュリアンではない! 31階層を突破した! アカデミーでもダンテたちに次ぐ地位にまで上り詰めた! すべては貴様の活躍があってこそだ!」
「でも……世間からバッシングを受けたら、またすぐに臆病な自分に戻ってしまうんじゃなかって不安なんだもん」
「世間なんぞ気にするな! 俺様を見ろ? 批判なんてくそっくらえだ!」
「うわ、すごい説得力だ……」
白髪青年が路地裏に哄笑を響かせる。
「安心しろ! もし貴様が女だとバレて世間から大バッシングされたとしても、アカデミー最強の嫌われ者! このレヴィン・レヴィアントが一緒にパーティーを組んでやる!」
泣きぼくろが特徴的な黒髪の彼女は、傲岸不遜な表情を浮かべる白髪青年を真っ直ぐ見つめたまま呆然と立ち尽くす。
「臆病だろうが知ったことか! 『わたしがダンジョン最強のアタッカーだって証明してみせる』と俺様に豪語してのは貴様だからな! 泣こうが喚こうが必ず約束は守ってもらう! 覚悟しておけ!」
瞬間だ。黒髪の彼女が「レヴィン! 大好き!」と真正面から抱きついてくる。
「わたしのことをそんなにも大事に想ってくれてたなんて……抱いて」
彼女は自分が女性であることアピールするかのように柔らかな部分をぐりぐりと押し付けてくる。
「離れろ! 勘違いするな! 俺様は貴様の
「つまり、それって愛だよね? 相思相愛ってことでいいよね?」
「くそ! 酒も飲んでないのに酔っぱらってる人間がここにもいるぞ!」
白髪青年が全力で引きはがそうとするが、相変わらずジュリアンはピクリとも動かない。この異様な体幹の強さだけでも間違いなく才能の塊だと分かる。
「ジュリアン! 落ち着け! ダンテたちに見られたらどうするんだ!」
「無理! 落ち着いてなんていられないよ! レヴィンがあんなにも情熱的な告白をしてくれたんだもん!」
「してないしてない!」
「今夜のわたしはもう誰にも止められないよ!」
「いや、止まれよ!」
彼女はさらにぎゅーと強く抱きついてくる。超攻撃的な物理アタッカーらしくロックオンした時のエネルギーは計り知れない。
白髪青年は必死に頭を巡らせて突破口を探す。
「……そうだ! ジュリアン! ダンジョン攻略配信に関しては、ロイスやミカエルの意見だってあるだろ?」
「うん……そうだね」
効果覿面である。二人の名前を出した途端、ジュリアン力なく身体を引き離す。彼女にとって二人はやはり特別なのだ。
「レヴィンのことを助けたいと思うあまりに先ばしちゃったな……二人の気持ちを確かめるのを忘れるなんてリーダー失格だね……」
彼女がこつんの拳で自らの頭を小突く。
「今からでも遅くはない。ロイスとミカエルが無理だと言ったらダンジョン攻略配信の件はなしだ。いいな?」
ところがである。
「うん! そういう事情なら喜んで協力させてもらうよ。レヴィンくん! 困ったときはお互い様だよ!」
「はい! ぼくも協力します! レヴィンさんに恩を売っておいて損はありませんからね!」
白熊亭に駆け付けた当の本人たちがダンジョン攻略配信に前向きだった。
「くそったれえええええええええええええええええええええええええ! どいつもこいつもふざけやがってええええええええええええええ!」
白髪青年は頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
ジルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「レヴィン? もしかして酔っぱらってる?」
「酔っぱらってない! むしろ飲まなきゃやってられん!」
(こいつらマジで……誰のために俺が心配してやってると思ってるんだ)
もしかして『実は女の子』であるという素性がバレること一番心配しているのは、当の本人たちではなく自分なんじゃないかと思えてくる白髪青年であった。
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