第72話 ノンアルコール会議
ジルは続ける。
「有名配信者が時々する『チャリティー配信』ってあるだろ? 配信で発生した収益をすべて募金するみたいな?」
要するにジルは配信で発生したすべての収益を白髪青年たちの故郷の復興に使って構わないと言ってくれているわけだ。
さらにダンテまでもが、
「あ! だったら金策をかねて『湿地エリア』で僕たちのパーティーと合同でダンジョン攻略配信をしないか?」
などと提案してくる。
「そんな重要なことを貴様が独断で決めていいのか?」
「まあね。パーティーの方針に関しては割と任せてもらってるから」
「ったくあいつらは……ダンテを甘やかしやがって」
「レヴィンたちと違って僕のパーティーは何度かダンジョン攻略配信をしたことがあるからね。お願いすれば反対されることはないと思うよ」
「だとしてもだダンテ? 合同でやるメリットはあるのか? パーティー連携のことを考えても個別で金策した方が効率がいいだろ?」
「そうだけどさ、ジルたちがダンジョン攻略配信を避けてるのって今以上に目立つのが嫌だからだろ?」
「ああ、そうだ」ジルが頷く
「だったら合同にして人数を多くしたほうが単純に注目が分散するじゃん?」
「なるほど、言われてみれば……」
「こういう繊細な配慮ができちゃうから僕は女の子にモテるんだよね」
「黙れ。その軽薄さが原因で刺されることもあるだろうが」
「あははは! いやー、モテる男は辛いよね! な? ジル!」
「貴様とジルを一緒にするな! ジルはのべつ幕なしに手を出したりはせん!」
女性に関してだけはどこまでも前向きな男である。
「幸い僕のパーティーは美人揃いだ。それと僕というスーパースターもいるしさ。悪いが、注目度じゃ負けないよ?」
「は? 誰がスーパースターだって?」
「もしかして近頃王都で話題のダンテ・ダンテリオンっていう凄腕の
「ダンテのホットチョコレートにだけ間違って酒が入ってたらしい」
「レヴィン。本当さ。近頃、若い女の子たちの間でダンテの人気は凄いんだ」
呆れる白髪青年に黒髪のイケメンが頷く。
「うん、分かった。ダンテ。オレたちは君の『合同ダンジョン攻略配信』の申し出を受けるよ!」
「さすがジル。賢明だね」
「ふざけるなジル!」
「ふざけてないよレヴィン。ダンテの提案は双方にメリットがある」
白髪青年は慌てて黒髪イケメンの手を掴む。
「ダンテ! しばらく間抜け面でそこに座ってろ! ちょっとこの馬鹿リーダーを裏路地でボコボコにしてくる!」
「おっけー、キャロや店長とこのアルコール抜きのホットチョコレートでも飲みながら世間話でもしてるよ」
白髪青年は人気のない白熊亭の裏路地にジルを引っ張ってゆく。
振り返ると、なぜか泣きぼくろが特徴的な黒髪の美人が立っていた。
「なぜ『ジュリアン』が出てくる……?」
「これからしようとしている話は『わたし』に深く関係してるでしょ?」
「ああ、そうだジュリアン! 分かってるのか? ダンジョン攻略配信なんてして万が一、ジルが『実は女の子』だとバレたらどうするんだ?」
「リスクは承知の上だよ! それでもわたしはレヴィンたちを助けたんだ!」
「いや、これは俺たちの故郷の問題だ。ジュリアンには関係ない」
「関係あるよ!」
「パーティーメンバーだからか? 悪いがジュリアン、いくらパーティーメンバーでも踏み込まれたくないプライベートな問題はあるんだ!」
「わたしには無理だよ。黙って見てるなんてできるわけない……」
どちらかと言えば物分かりのいい彼女が今夜は強情だ。
「将来の旦那になるかもしれない人の故郷の問題なんだもん!」
「…………は?」
「旦那の故郷は妻であるわたしの故郷と言っても過言じゃないでしょ?」
「過言だよ!」
「いずれ結婚報告に故郷に訪れる日が来るわけじゃない? もしここでなにもしなかったらその時、わたしはすごく後悔すると思うの」
「その日はないから後悔することもない!」
白髪青年がじろりと睨みつけると彼女はむしろ嬉しそうに笑う。
泣きぼくろが特徴的な黒髪の彼女が小さく微笑んで肩をすくめる。
「それとさ、レヴィン。冒険者を続けてゆく上でさ、ずっとダンジョン攻略配信から逃げ続けることは不可能だよ。わたしは先日、それを痛感した」
「だとしても学生の間くらいは逃げても罰は当たらんだろ? 故郷を救うために貴様の秘密を天秤にかけるような真似はごめんだ」
「違うよ。自分のためでもあるんだ」
「自分のため?」
「うん。今回が良い切っ掛けかなって……この程度で『実は女の子』だとバレるようならいずれどこかで必ずバレる。今回のダンジョン攻略配信を無事に乗り切れるかどうかは……わたしの人生を左右する試金石なんだよ」
決意の表情だ。彼女の意思は固い。
「それで万が一、バレたらどうするつもりだ?」
だからこそ白髪青年は禁断の質問をぶつける。
「100回無事に乗り越えたとしても、たった1度のミスでこれまで築き上げたものを失ってしまうかもしれないんだぞ?」
「慢心ではなく、これまでレヴィン以外に『実は女の子』だとバレていない。わたしはそんなミスはしない。それに少しくらいのミスなら誤魔化す自信もある」
「だろうな。貴様はの本質は『性悪』だからな」
あの日、彼女が『わざとミスをして』それに『まんまと騙された』ことをレヴィンは未だに根に持っている。
「別に性悪でも構わないよ。レヴィンにとってわたしが『特別』ならね」
そう悪戯っぽく微笑む彼女は性悪どころか魔性だ。ジュリアン・ジェイルハートには見る者を釘づけにしてしまう魔力があった。
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