二章

第65話 腐れ縁

 白髪青年は歓楽街のひと際目立つ外観の花街ギルドに駆け込む。

 色鮮やかなドレスをまとった美し女性たちが出迎えてくれる。


「ようこそ! 花街ギルドへ!」


 ギルドと言っても冒険者ギルドとは比較にならない華やかな空間である。


 レヴィンは脇目も振らずに受付に向かう。

 捲し立てるように事情を説明するが、学生であるレヴィンのことをまともに取り合ってくれなかった。


「ダンテ・ダンテリオン? はて? そのような御仁は存じ上げません」


 やたら色っぽい受付嬢にあしらわれる。


「これを読んでくれ! リンダ・リンドバーグからの書状だ!」


 だが、変態講師の封書をカウンターにバシンと叩きつけた途端、受付嬢が「しょ、少々、お待ちください」と血相を変える。


 間もなくして、二階からむせ返るような妖艶さを醸し出す豊満な鬼人族オーガの女性が現れる。

 通称『マダム』と呼ばれる花街ギルドのギルドマスターである。


 マダムの隠しきれない強者感に気圧されながらも、レヴィンはリンダ・リンドバーグからたくされた封書を差し出す。


「ダンテ・ダンテリオンを引き取りに来た。足らない金は俺様が払う」


 マダムは封書を受け取ることなく一瞥すると、


「ったく、リンダの頼みならしょうがないさね。ついて来な坊や」


 あっさりとレヴィンの要求を受け入れる。

 

 これは後で知ったことだが、実はマダムとリンダ・リンドバーグは同じパーティーのメンバーだったらしい。

 マダムは元冒険者で名の知れた【重装騎士アーマーナイト】だった。

 リンダ・リンドバーグとマダムとダークエルフのメイドが一緒のパーティーだったとか。想像するだけで恐ろしいパーティーである。


 地下に通される。窓のない独房のような部屋でさぞかし不安だろうと思いきや、栗毛の幼馴染はベンチでのんきに寝ていた。

 ムカついたので白髪青年はベンチを蹴り上げる。


「うお!」


 栗毛の幼馴染が飛び起きる。

 レヴィンを見つけるとダンテはとろけるような笑顔で抱きついてくる。

「信じてたよぉ! レヴィンなら助けに来てくれるってさぁ!」

「うわ! 酒くっさ! 離れろバカタレが!」

 ダンテを乱暴に引きはがす。


「おいダンテ! 貴様、こんなになるまでなぜ羽目を外した!」


 白髪青年は本気で怒っている。

 ダンテ・ダンテリオンはふざけた男だが、いつもはもう少し自制心のある男なのだ。酒も決して弱い方じゃない。

 理由いかんによってはぶん殴っるつもりだった。もし村への仕送りにまで手を出していたら半殺しにするつもりだった。

 ところがだ。


「いやー、レヴィンがようやく自分の居場所を見つけたことが親友として嬉しくてさ。ついつい飲みすぎちゃったんだよ」


 そう悪びれることなく言われてしまってはもう強くは言えない。

「反省しろ馬鹿」

 仕方がないので軽く小突く程度にとどめる。

「ダンテ行くぞ」

 レヴィンはダンテを連れ立って花街ギルド後にする。


「お姉さんたち! また来るね!」


 栗毛の幼馴染は投げキッスやウィンクを周囲に振りまく。懲りない男である。


 ご覧の通り傲岸不遜ごうがんふそんで鳴らす白髪青年だが、栗毛の幼馴染にはひどく甘い。なにか弱みでも握られてるのかというくらいに。


(まあ、あながち間違っちゃいないか……)


 なぜなら、栗毛の幼馴染に巨大な借りがあるからだ――。


          ◆◇◆◇◆


 ――白髪少年は両親が無限迷宮から帰らぬ人となり王都を追われた。

 父親の故郷に引きこもることになったのだが、その辺境の村で最初にレヴィン少年のことを受け入れてくれたのが村長の息子であるダンテ少年だった。


 王都からやって来た訳ありの子供に対して、保守的な田舎の人間は及び腰だった。しかし、栗毛の幼馴染がレヴィンを受け入れてたことで流れが完全に変わったのだ。


 ただしそれは純粋な善意ではなかった。

 ダンテ少年はひどく退屈していたのだ。


 ダンテ・ダンテリオンには生まれ持った華があった。人々から愛される才能があった。なにより並の大人では敵わないほどの戦闘における天賦てんぶの才があった。


 そんな彼にとって雪深い田舎の村はあまりにも退屈な世界だった。彼は刺激を求めていた。そこに現れたのが同年代のレヴィン・レヴィアントだ。


 しかもレヴィンは自分と同等以上に戦える少年だった。


 初めて手合わせではあっさりと白髪少年に負けた。あまりも嬉しくてダンテ少年は日が暮れるまで繰り返しも白髪少年に挑んだ。


「いい加減、諦めろよ。お前、うざいぞ」


 ダンテ少年は白髪少年の遠慮のない態度にすら大喜びしていた。彼は白髪少年に世界の広さを垣間見た気がしていた。

 

 要するに、すべての行動はダンテ自身の純粋な利益のためだった。

 しかし、ダンテの行動によってレヴィンが救われたのは紛れもない事実である。

 王立冒険者アカデミーの入学もダンテの功績と言えよう。


「そうそうレヴィン。アカデミーの願書、出しておいたから」


 王都に戻ることを躊躇う白髪青年を、強引に連れ出したのは誰あろう栗毛の幼馴染なのだ。

 ダンテと出会っていなければ今の自分はなかっただろう。


 ダンテとはなんだかんだ十年来の付き合いになるか。

 口にすると調子に乗るので言わないが、レヴィンにとってダンテは恩人とも呼べる存在なのだ――。


         ◆◇◆◇◆ 


 レヴィンたちは陽の高い閑散とした歓楽街を並んで歩く。


「ダンテ。金はちゃんと返せよ?」

「余裕、余裕、僕のパーティーはアカデミーナンバーワンだし。森林エリアあたりでさくっと金策して今週中には返すよ」


「余裕をかましていられるのも今のうちだぞ? 俺様たちのパーティーも近いうちに森林エリアのエリアボスに挑む予定だからな!」


「お! もうそこまで来てるんだ! 嬉しいねえ。やっぱり僕にとって最高のライバルはレヴィンはでなきゃね。他の連中じゃ張り合いがない」


 そんな会話をしながらレヴィンたちは歓楽街から繁華街の大通りへと出る。

 直後だ。最悪なことにそのタイミングをアカデミーの学生に目撃されてしまう。


 翌日、アカデミーには『レヴィン・レヴィアントとダンテ・ダンテリオンが花街の女郎をすべて抱いた』という性豪せいごうのようなエピソードが広まっていた。

 

「信じらんない。あたしとのデートを嫌がったのはそういうことだったんだね」

「結局、レヴィンさんは胸のおっきな女の人がいいんですね!」

「焼き立てのクロワッサン。冷めちゃった……」


 完全なる誤解なのだが、リンダ・リンドバーグとの面会については迂闊に口にできない。結果、白髪青年はダンジョン探索に復帰してもしばらくはパーティーメンバーからまともに口を効いてもらえなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る