第63話 贖罪
「思想の押しつけ?」
「あくまでも彼女たちの才能を惜しいと感じたから私は手を貸してやったということさ。別の言い方をすれば、彼女たちに才能がないと判断していたら
割り切った思考だ。だが、実利主義を謳う白髪青年には理解ができる。
「ただのお人好しじゃないってことか」
「当然だ。私は一応アカデミーの講師だ。才能のない人間に冒険者を諦めさせることも仕事だ。冒険者とは過酷な稼業だ。中途半端な才能や覚悟でなったところで辛い思いをするだけだ」
メガネ女史はそう小さく肩をすくめる。これまで幾人かのそうした教え子を目の当たりにしてきたのかもしれない。
「当然と言えば当然だが、俺様の才能もあんたに認められたってことらしいな」
「いかにも。貴君がパーティーを脱退するタイミングをジュリアンたちに伝えたのはこの私だからな」
「……それでか! 道理に見計らったかのようなタイミングでジルたちが俺様の前に現れたわけだ!」
雨降る裏路地での光景が昨日のことのように思い出される。
「彼女たちとの出会いを後押したした私に感謝してくれたまえよ? あのままだったら貴君はアカデミーを除名されていたかもしれないのだから」
「ちっ……そうか講師なら俺様が学園長から最後通告を受けていたことを知っていたとしても不思議じゃないか」
「ただし貴君に関しては才能を惜しんだのもそうだが、個人的な思い入れのほうがより強いかもしれない」
「個人的な思い入れ? あんたと今日が初対面のはずだが……?」
白髪青年が怪訝に眉をひそめる。
「確かに。貴君とは初めましてだが、貴君の両親と旧知だと言ったら?」
レンズの向こう側で彼女はまつ毛を伏せる。
「……今から十年以上前の話だが、貴君の両親のパーティーと我らのパーティーはライバル関係にあり、互いに切磋琢磨し合う実に良き関係であった。特に貴君の母と私は親友と呼べるほどの間柄であった」
「は? 母さんとあんたが?」
二十代の後半と思しきリンダ・リンドバーグと亡き母親とではずいぶんと年齢差があるのでは――そう思ったが白髪青年はすぐに考えるのを止めた。
目の前の白衣の女性は『肉体を構成する表面上のマナに働きかけて性別を変換』する
容姿に疑問を抱くのは無意味だろう。
ふいにメガネ女史が唇を緩ませる。
「貴君は見た目も性格もジョブもヴィヴィアンとそっくりだ。彼女は
ヴィヴィアン・レヴィアント。それが母親の名だ。
「……そうか。俺様が親友の息子だから気に掛けたというわけか」
いろいろと腑に落ちた。
ところがだ。メガネ女史が首を横に振る。
「いや、これは亡き親友への義理ではなく貴君への個人的な
「贖罪……?」
唐突に物騒な文言が彼女から飛び出す。
「貴君の両親が帰らぬ人となった時……さしもの私もショックでね。ソウルイーターに魂を喰われてしまったかのように私は抜け殻となった」
自嘲するように彼女は唇を歪める。
「パーティーリーダーの私が使い物にならなくなったお陰で我らのパーティーはめでたく解散と
突然、リンダ・リンドバーグが椅子から立ち上がり深々と頭を下げる。
「……すまなかった。当時の私は愛する親友を失った自分のことを世界で一番不幸な人間だと思い込んでいた。息子である貴君が大変な苦労しているとも知らずに……あの時、貴君に手を差し伸べてやれなかったをことを私は心から後悔している」
だから白髪青年は鼻で笑う。
「勘違いも
ことさら白髪青年は傲岸不遜に言い放つ。
「当時の苦労は俺様が成長するための通過儀礼のようなものだ。あれはすべて俺様のものだ。あんたが気に病むなどお門違いだ」
すると、メガネ女史が嬉しいそうに目を細める。
「ああ、実に懐かしいね。今のセリフ……まさにヴィヴィアンだ。彼女が生きていたらきっと同じことを私に言っただろう……」
メガネ女史は噛みしめるように瞼を閉じる。
「……彼女もまた貴君と同じように他人に誤解されることを恐れない気高く真っ直ぐな
瞬間のリンダ・リンドバーグの脳裏には――
メガネ女史は目を開けニコリと微笑む。
「了解だ。過去を気に病むのはもう止めよう。だが、愛する親友の息子を陰ながら応援するくらいは許してくれたまえ」
「……好きしろ」
「ならば、さっそく私からささやかなプレゼントを贈らせてくれたまえ」
そう言ってメガネ女史は机の引き出しから年季の入った小箱を取り出す。小箱の中から現れたのは『蝶のデザインがあしらわれたピアス』だった。
「これはうん十年前にヴィヴィアンが私の誕生日にくれたお揃いのピアスだ。片方、受け取ってくれたまえ。彼女の形見とも言えるこのピアスを息子の貴君に持っていて欲しいんだ」
メガネ女史が耳元の髪を指先でかき上げる。
同じ蝶のデザインのピアスが髪の中に隠れていた。
白髪青年があからさまに眉をひそめる。
「その蝶のデザインに見覚えがあるんだが……?」
「当然だ。オリジナルはこれだからね。この『ヴィヴィアンが愛用していたのとお揃いのピアス』のデザインを元に彼女たちの
ふいにメガネ女史は講師らしい理知的な表情を浮かべる。
「蝶には稀に『雌雄モザイク』と呼ばれる個体が生まれる。半分が雌で半分が雄の蝶だ。それもあって『肉体を構成する表面上のマナに働きかけて性別を変換』する
メガネ女史が近づいてきて白髪青年の手にピアスをちょんと乗せる。
「良かったら、つけてみてくれないか」
「……まあ、いいだろう」
どうにも胡散臭いのだが、母親の形見と言われては無下には断れない。
白髪青年は耳に蝶のデザインがあしらわれたピアスを装着する。
瞬間、リンダ・リンドバーグが悲鳴のように声を激しく震わせる。
「ああ! 実に素晴らしい! 予想以上だァ! ああ……まるでヴィヴィアンの生き写しだッ!!」
「いや、いくらなんでもピアスをつけたくらいで大げさすぎ――」
瞬間だ。部屋の姿見に映った自分の姿を目の当たりにして白髪青年も悲鳴のように叫ばずにはいられなかった。
「な、な、な、なんじゃこりゃあああああああああああああああああ!!!」
なぜなら、そこに小生意気な顔をした白髪女性が映し出されていたからだ。レヴィンは自分の身体に起こった異変に気づく。
すっきりとしたアゴの輪郭。大きくて切れ長の目に隙間なく並んだまつ毛。薄く艶やかな唇。ふくよかなバストにくびれたウエスト。
それはどこか懐かしさを感じさせる
ハッとしてレヴィンは股間に両手をやる。残念なお知らせである。
「な、ない……だと……ッ!?」
本来あるべきはずの物体がそこにはなかった。
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