第62話 救済

 白髪青年はティーカップを口につけたまま固まってしまう。

 まさかこれほどあっさりと黒幕であることをリンダ・リンドバーグが認めるとは予想だにしていなかったのだ。


 いきなり出鼻をくじかれた。だが、気遅れてしていも始まらない。

「話が早くて助かる」

 白髪青年は内心の動揺を隠して勝気な笑みで応える。


「ああ。たちが貴君のことを血眼になって探しているからね。あまり長い時間拘束しては彼女たちに悪いだろ?」


 くすりと笑ってメガネ女史じょしはティーカップを傾ける。

 まるで遥か高みから様子をうかがっていたかのように今しがたの出来事をリンダ・リンドバーグは正確に把握していた。


「なぜそれを……」


 さすがに動揺を隠せない。


「私には独自の情報網があってね。親愛なるが貴君のことを私に教えてくれるんだ」


 すぐさま脳裏にお嬢さまを愛してやまない有能なメイドの姿が思い浮かぶ。


「あのか! 監視されていたのか……」


 まったく気づかなかった。


「彼女のジョブは【暗殺者アサシン】だからね。気配を消すのはお手の物だ」


「そうか! あんたとあのメイドは元同じパーティーのメンバーだったな……くそったれ、最初っからグルだってってことか!」


 レヴィンはローテーブルを叩いてソファーから立ち上がる。


「残念。それは誤解だ。現在の彼女と私はただの契約関係でしかない」

「どういう意味だ?」


「私が彼女の主人に『肉体を構成する表面上のマナに働きかけて性別を変換』する【蝶の眼帯バタフライパッチ】を開発したことは貴君も知っているだろ?」


「ああ。知りたくもなかったがな」


「その対価として親愛なるメイドに提案したんだ。『私と一晩ベッドを共にするか』もしくは『私の情報屋として雇われるか』どちらか好きな方を選べとね」


「なんだその二択は……」


「で、彼女は後者を選んだわけだ。私は前者でも構わなかったんだがね! 全力で拒否られてしまった! まあだが、彼女のまるでゴミでも見るような冷たい眼差しを久しぶりに堪能できただけでも十分に満足だ!」


 リンダ・リンドバーグは室内に哄笑を響かせる。心から楽しそうだ。

 噂に違わぬ変わり者である。


「ああ! 完全に理解した! あんたのような人間相手に腹の探り合いをしようとしていたなんて大きな間違いだったってな!」


 直後、白髪青年はソファーに身体を投げ出す。


「どうした? もう降参するのか?」


「違う! 馬鹿馬鹿しくなったんだ! 変人の相手をまともにするのがな!」


 嘘である。本音は勝ち目のない戦いだと悟ったからだ。

 明らかに手札の数が違う。抵抗するだけ時間の無駄だろう。


「そう言わずに! 腹の探り合いもそれはそれで楽しいかろう? もう少しお互い探り合おうではないか!」


 リンダ・リンドバーグが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 だから白髪青年はげんなりして吐き捨てる。


「冗談じゃない! 楽しいのはあんただけだ! こっちは疲れるだけだ。俺様はあんたのような人種のことをよく知ってるんだ」


 栗毛の幼馴染という『ぞんざいに扱えば扱うほど喜ぶ変態』の相手を長年してきたのだ。


「俺様は真実が知りたいんだ。あんたの遊び相手になるために来たわけじゃない」


 リンダ・リンドバーグに余計な口を挟まれる前に白髪青年は尋ねる。



「単刀直入に聞く。あんたの目的はなんだ? 『パーティーメンバーが実は俺以外全員女の子だった』なんてイカレたこの状況を演出した意図はなんだ?」



 メガネ女史は柔和に微笑む。


「答えは複数ある。まずは彼女たちの救済だ」


「救済?」


「詳しい話をする前に時系列について語らせてくれたまえ」


 そう言ってメガネ女史は椅子から立ち上がる。

 彼女は『オークションボード』と同タイプの【水晶鏡クリスタルミラー】の前に立ち短めの杖で文字を打ち込んでゆく。


「貴君が彼女のたちの秘密を知ったのは最初にジュリアン。続いてローラ。最後にエルーナであろう?」


 白髪青年は脳内でジュリアンがジルで、ローラがロイスで、エルーナがミカエルと変換してから「そうだ」と頷く。

 

「ちなみに私が最初に作った『肉体を構成する表面上のマナに働きかけて性別を変換』する【バタフライシリーズ】は『エルーナの眼帯』だ」


「それは例のメイドに依頼されたからか?」


「その通り。ただ新規に開発したわけではなく『ダンジョンの魔物に擬態するための魔具マグ』を研究していた副産物にすぎんがね」


「ああ。確かジルがそんなことを言っていたな……」


「次に私が作ったのがまさにその『ジュリアンの指輪』だ。当時のジュリアンはその美しすぎる容姿が邪魔をして、冒険者としての正当な評価を得られないでいた。そのため本人はすっかり自信を喪失していた」


「ああ、下心のある男子学生たちに言い寄られていたと本人も言っていたな」


「だから私が『強気な別人に変身してみてはどうか?』とジュリアンに提案した。眼帯を制作したばかりだったのでね。指輪の開発はさして苦労しないだろうという算段が提案の裏にはあった」


「で、最後に『ロイスのペンダント』を作ったわけか」


「ふむ。ローラのペンダントには彼女の【超誘惑体質スーパーテンプテーション】を抑制する魔法耐性効果を付与する必要があった。これは少し苦労したね」


「そんな三人にパーティーを組ませたのもあんたの差し金なんだろ?」


「うむ。【バタフライシリーズ】の開発責任者として、自らの魔具マグムが不具合なくきちんと作用しているか、副作用などはないのか、それらを管理する必要があった。モニターするのにが同じパーティーにいてくれたほうがなにかと都合がいいだろ?」


 メガネ女史が悪びれることなく答える


「なるほど、合理的だ」


 白髪青年があっさり同意する。彼もまた合理的な思考の持ち主であった。


「パーティー発足の順番としては、最初に私がジルにミカエルを引き合わせ、意気投合した二人にローラを紹介した。三人の秘密については明かすことなくだ」


「三人に秘密を共有させなかったのはなぜだ? 相互に秘密をフォローしあったほうが、それこそなにかと都合がいいように俺様には思えるが?」


「メイドの意向を忘れたか? レヴィン・レヴィアント」


「ああ! 主人の秘密を知る者を最小限に抑えたいってやつか?」


「うむ。それと『性別の転換』は彼女たちの心の安定に重大な役割を果たしている。秘密の共有は責任感の強い彼女たちにとって大きな負荷となるだけ。互いの秘密を知らぬほうが本人たちの精神衛生上、望ましいと私は判断した」


「まあ、確かに……正直、互いの秘密が明るみになった時、パーティーがどうなってしまうか……面倒な予感しかしない!」


 白髪青年は自らの髪を片手でかき混ぜる。


「言うまでもなく秘密はパーティーにとって大きなリスクだよ」

「それを分かった上であんたは組ませたんだろ?」


「うむ。私から見て三人のジョブや性格は完璧と言っていいほど相性がいいからね。まるで紅茶とミルクのように」


 そう言ってメガネ女史が手元の紅茶にミルクを注ぐ。


「その上で、貴君をプラスする」


 彼女はロイヤルミルクティーに黒い香辛料を振りかける。


「貴君はさしずめピリリと辛い香辛料ブラックペッパーのような存在だ。上品なロイヤルミルクティーにほどよい刺激を与えてくれる」


 メガネ女史はティーカップに口をつけ「うむ。いいね」と頷く。


「貴君たちは実に理想的なパーティーと言える。実力も申し分ない。いずれトップレベルの冒険者になれるだろう。そう、貴君の両親のようにね」


 ふいにリンダ・リンドバーグが自嘲の笑みを浮かべる。


「もっとも、これは私の独善的な思想の押しつけでしかないがね」

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