第58話 レヴィン死す!
「……やはりこのパーティーを脱退するのは賢い選択とは言えんな」
ダンテとのやり取りを思い出して白髪青年は気持ちを新たにする。
(イケメンどもは今の状態のままパーティーを続けてたいと願っている。俺も好条件の今のパーティーを脱退するのは惜しいと感じている。利害は一致しているんだ)
イケメンたちの秘密を把握しているのはレヴィンだけ。
イケメンたちは自分以外の二人が自分と同じく『実は女の子』だとは夢にも思っていない。
つまり、パーティーの存続はすべてを知るレヴィンにかかっていると言っても過言ではないのだ。
(結局のところ自分自身の問題だ。俺が順応すればいいだけのことだ)
白髪青年は自分に強く言い聞かせ迷いを払う。
(今のところは単なる不調で誤魔化せているが、俺の動揺が長引いて、さらにはそれが原因で連中の秘密が明るみでもなったら目も当てられん)
なにが起こるか分からないのが人生だ。
予期せぬ形で秘密が露呈する可能性がないとは言えない。
だが、少なくとも原因が自分であってはならない。
秘密を守ると自分で決めた。
秘密を守ると彼女たちに約束にした。
白髪青年は両手でぴしゃりと頬を叩く。
「よーし! いつも通りだ! いつも通り! アカデミーの嫌われ者レヴィン・レヴィアントらしく堂々と振舞えばいいだけのことだ!」
白髪青年は呪文のように唱えて、イケメンたちと合流するために歩き始める。
直後だった――――。
言葉とは裏腹に白髪青年はまったくもっていつも通りではなかった。
ダンジョン内だというのに周囲の警戒を完全に怠っていたのだ。
いや、警戒するという発想すらなかった。
「――――え?」
気づいた時には手遅れだった。
横っ腹に突進してきたフォレストベアの鼻先がめり込む。
衝撃でマントが肩から外れ空高く宙に舞う。
全身は大きな放物線を描き崖下に。
白髪青年は頭から遥か眼下の針葉樹林に向かって急降下。
瞬間、なぜか脳裏にはミカエルが語っていたバルコニーから落下した下衆野郎の話が思い浮かんでいた。
いや、そんな場合ではない。
このままでは大怪我どころではない。確実に死ぬ。
白髪青年は必死で頭を巡らす。
(くっそたれ!)
残念ながら
「〈フェイクイージス〉!!」
唯一の防御系アビリティを発動。
それは一度だけ攻撃を無効化する魔法の盾。
ただし落下ダメージにどれほどの効果があるのかは未知数。
だが、ないよりはマシか。
針葉樹林に頭から突入。
全身に無数の枝が打ち付けられる。
まるで棍棒で袋叩きにあっている感覚。
速攻で魔法の盾は剥がされる。
さながら
強烈な一撃には効果的だが〈フェイクイージス〉は多段攻撃には無力だとこんな時に改めて気づかされるとは皮肉がすぎる。
唯一の救いはほとんど痛みがないこと。
無限迷宮では痛みが緩和されるのだ。
だが、死はある。痛みのない死が――。
刹那、白髪青年の身体が地面に叩きつけられる。
(あー、なんてあっけないんだ……命の終わりってのは……)
プツンと糸が切れるような実にあっさりとした幕切れ。
瞬間の白髪青年の【生命力】は完全にゼロだった。
◆◇◆◇◆
どれくらいの時間が流れたのだろうか。
確かに自分は死んだはずだ。
なのにひどく気分が悪い。吐きそうだ。
それとなぜか頬が生暖かく全身に圧迫感がある。
(一体、これはどういうことだ……?)
意識が
瞼が鉄扉のごとく重い。どうにか持ち上げる。
眩い光が差し込みレヴィンは顔をしかめる。
おぼろげな視界が徐々に晴れてゆく。
どういうわけか横たわる白髪青年の身体にジル、ロイス、ミカエルの三人が布団のように隙間なく覆いかぶさっていた。
ふいにジルと目が合う。
「あ! レヴィン! みんな! レヴィンが生き返ったよ!!」
黒髪イケメン青年が涙混じりの声で叫ぶ。
「レヴィンさんの馬鹿! 勝手に死なないでください!」
「レヴィンくん! 勝手に死ぬなんて約束が違うじゃないか!」
「レヴィン! 俺の許可なく勝手に死ぬなん絶対に認めないからな!」
『勝手に死ぬなと言われても俺だった死にたくて死んだわけじゃない』
そう内心で抗議するも、身体に強くしがみ付き子供のように泣きじゃくる三人の姿を目にしてなにも言えなくなってしまった。
(……そうか。俺はロイスの〈
ようやくレヴィンは自分の置かれた状況を理解する。
周囲に目をやる。鬱蒼と茂った針葉樹林に囲まれている。
上空からは僅かに光が差し込む。この場所はエリアの深部かもしれない。
驚いたことに四方八方に物言わぬ無数の魔物が転がっている。
おそらくレヴィンを守るために三人が近づく魔物を倒しまくったのだろう。
よく見れば、三人の姿はボロボロだ。
髪は乱れ、装備も傷だらけ。自慢の綺麗な肌が泥や土に汚れている。
シャワーを浴びないと気が済まない主張する三人が、崖下に落ちた白髪青年のことをなりふり構わず探してくれたのだろう。命がけで守ってくれたのだろう。
さしもの白髪青年の胸も熱くなる。
レヴィンは感情に任せて三人まとめてぐっと抱きしめる。
三人が『実は女の子』だという考えはまったくなかった。
ただただ同じパーティーの仲間として三人のことが愛おしかった。
なにごとかと潤んだ瞳で三人がレヴィンを見つめてくる。
注目され白髪青年は「その……」と重い口をどうにか開く。
「みんな、すまなかった。心配かけて。それと……俺のためにありがとう」
蘇生魔法の後遺症だろうか。
こんな素直な言葉が口から出るとは自分でも信じられない。
らしくない白髪青年の態度に三人は唖然と固まっている。
しかし、すぐにジルがくすりと喉を鳴らす。
それが呼び水となってイケメンたちが一斉に大笑いする。密着した状態で三人が笑うせいでまるで地震に揺られている気分である。
「んだよ……笑うなよ」
面白くないのは白髪青年だ。
「俺様が貴様らに感謝してやってるんだぞ! ありがたく思え!」
照れ隠しに憎まれ口を叩くが、火に油だった。
「ふふ、レヴィン。拗ねてる。可愛い」
「ふふ、レヴィンさんのこんな可愛い姿見られるなんて貴重です」
「ふふ、可愛いレヴィンくんのお陰で疲れが吹き飛んだよ!」
三人はますますおかしげである。
助けてもらった手前、これ以上の憎まれ口も叩くわけにもいかない。
白髪青年はふてくされて黙り込むしかなかった。
ただ同時に白髪青年は妙に納得もしていた。
触れた仲間たちの肌から伝わる温もりや匂いや鼓動に、なによりその耳をくすぐる楽しげな笑い声に『これが生きているということか』と――。
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