第57話 悪い意味での天才

「『いつも通りに』と必死で自分に言い聞かせているが、こんな状態じゃ自分のことを騙せそうにない……」


 見た目はこれまで通りのイケメンどもなのに、幻惑魔法にでもかかってしまったかのように白髪青年の目には全員がのだ。

 それどころか『細かい気遣いの出来るいい女じゃないか』とすら思っている。


「……なぜこんなことに」


 ジルの場合は自分が黙っていれば、さして問題ないと高をくくっていた。

 彼女が本来の力を発揮してくれるならとむしろ積極的に秘密に関与していた。


 ロイスの場合も同情すべき境遇に秘密を守ることの大義名分を感じた。

 彼女の今後の人生のためだと自分の中で強い正当性があった。


 ミカエルの場合も互いの目的のために秘密を守ることに疑いの余地はない。

 それが結果的に全員の幸せを守ることに繋がると納得もしている。


 だが状況として『実は自分以外全員女の子』となると、頭では分かっていてもさすがに感情が追いつかなくなってきた。

 

 たとえば今までならマナを譲渡する〈トランスファー〉の際に特に意識することなくイケメンどもの身体に触れていたのだが、最近では躊躇ためらいが生まれてしまっている。

 女の子の身体に無遠慮に触れていいのかと――。


 多勢に無勢。四人のうち三人が『実は女の子』。自分一人だけが男なのだ。

 異常なのはイケメンどもで正常なのは自分であるはずだ。

 なのになぜか自分が少数派という逆転現象に『え? ひょっとして間違っているのは俺なのか?』と混乱してくる始末である。


「これじゃもうダンテのことをどうこう言えないぞ……」


 栗毛の幼馴染のパーティーメンバーはダンテ以外、全員女の子である。

 しかも、全員ダンテの『元カノ』でもある。


 一度は関係を持った女性たちと平然とパーティーを組み続けるとか『貴様の倫理観はどうなってるんだ?』と全力で軽蔑してたのだが、


「『全員実は元カノ』とパーティーを組んでいるダンテと『全員実は女の子』とパーティーを組んでいる俺……果たしてイカレてるのはどっちだ……?」


 どちらも大差なんじゃないか思えてくる。

 ダンテなんぞと同じだなんてレヴィンのプライドはズタズタである。

 

 しかも、さらに凹むことにダンテはパーティーメンバーが『全員元カノ』という事実にまったく悪びれていない。


 先日、白熊亭で自分の置かれた状況が状況だけにプライドをかなぐり捨てて、栗毛の幼馴染に『全員元カノのパーティー』について尋ねてみた――。


     ◆◇◆◇◆


「パーティーの解散? 考えたこともないな。だって僕たちのパーティーすごく強いし。実際、アカデミーナンバーワンだし。最近はレヴィンたちのパーティーが力をつけてきててちょっとだけ焦ってるけど」


 ダンテ・ダンテリオンは嬉しそうに語る。なんだかんだ幼馴染の活躍が嬉しい栗毛の青年である。


「それに今でもパーティーのみんなのことは好きだし、みんなも僕のことを嫌いじゃないみたいだし、彼女たちの関係も至って良好。むしろ『元彼が同じ』ってことが彼女たちにとって強い絆になってるっぽいよ?」


「他人事みたいに言うな!」


 ダンテが唐突に神妙な表情を浮かべる。


「――レヴィン。最近、僕は気づいたんだけど……女の子とは一度付き合って別れてからが『真の関係』の始まりなんじゃないかってさ」


 そう聞かされ『この男はなにを言ってるんだ?』と白髪青年が心底呆れたのは言うまでもない。


「多くの恋人が最終的に『貴方にはもう付いていけない』と僕から去ってゆく。時に疲れたように吐き捨て、時に罵り、時に平手打ちをして去ってゆく」


「時にることもある、だろ?」

「ああ、彼女は気性の激しい子だったね。危うく死にかけたよ」


 ダンテは恐ろしいことに「いい思い出だよ」と笑っている。

 さらにこの幼馴染は恐ろしいことにその殺傷沙汰と起こした女子学生と未だに連絡を取り合っているという点だ。

 

「重要なのは、別れた後もなにかしらの関係性が続いている女の子こそが自分にとって本当に大切な存在なんだってことさ! だってそうだろ? 僕の悪いところも全部知った上で、それでも関わってくれるんだよ? 最高の相手じゃん」


 時々思う。ダンテは天才かもしれないと。

 もちろん悪い意味においてだが。

 

「だから今の『元カノ』で構成されたパーティーは僕にとっては理想的と言っていい。互いに遠慮しなくていいし。変に期待もされてないから、相手の期待を裏切ることもない。それでいて互いのことがよく分かってるから信頼が置ける」


 悔しいことにそんな幼馴染のとんでも理論が少しだけ分かってしまう。

 言われてみれば、ジルもロイスもミカエルも白髪青年の悪いところを理解した上で受け入れてくれている。

 もちろん、幼馴染と違ってイケメンどもと付き合って別れたわけではないが。


(……これがこれまでのパーティーと決定的に異なる点であり、現在のパーティーの居心地の良さだろうな)

 

 ただしイケメンたちの優しさの背景に『秘密を抱えている後ろめたさ』が大きく作用しているのは否めないだろう。


 つまり、必ずしも純粋な優しさではないということだ。

 罪の意識からくるつぐないのようなものかもしれない。


 だからこそ『イケメンどもの優しさには信頼が置ける』とも言える。

 只より高い物はない。理由が不明瞭な優しさほど恐ろしいものはないのだ。


「知ってるかレヴィン? 隠れて浮気しているからこそ彼女に優しくできることもあるってことをさ!」


 そうドヤ顔を浮かべるダンテは人として間違っているのだろう。

 だが、恥知らずの幼馴染の理論は物事の道理としてはあながち間違ってはいないのかもしれない。

 なぜなら、痛みを知らない人間は人に優しくできないからだ。

 

(同様に人に触れられたくない秘密があるからこそ、むやみに人の事情に踏み込んだりしない。それがイケメンどもとの距離感が心地いいと感じる理由かもしれん)


 そんなことをしみじみと考えていたからだろう。

 栗毛の幼馴染がにやけ顔で尋ねてくる。 


「どうしたレヴィン? またパーティーを脱退したくなったわけ?」


 だから、白髪青年はにやりと応える



「いや、その逆だダンテ! ようやく見つけたかもしれん! 俺様の優れた能力を最大限に発揮できるパーティーをな!!」



「おお! レヴィンがそう思えるパーティーにようやく出会えたことに乾杯だ!」


 栗毛の幼馴染は満面の笑みでジョッキをこつんとぶつけてくる。


 レヴィンは『100階層を目指すパーティー』の条件としてジョブの性能や構成バランス、それと個々の実力が最も重要だと考えていた。

 利害関係さえ一致していれば、性格や見た目など、どうだっていいと思っていた。だが、それは間違っていたのかもしれない。

 

 100階層を目指すとなると長丁場になるのは必須。

 パーティーメンバーと過ごす時間も自然と長くなる。

 

「パーティーメンバーとして、一緒にいて居心地が悪くないというのは大事な要素なのかもしれない」


 今さらながらそう気づかされた。


「それをダンテに気づかされるとか屈辱でしかないがな!」


「まあね。僕とレヴィンは真逆の存在だからね。だからこそレヴィンは僕から学ぶことが多いのさ」


 お前のことはなんだって知ってると言わんばかりの幼馴染のしたり顔が気に入らない白髪青年であった。

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