第59話 騒がしい休日①
アカデミーの学生はダンジョン探索する際、冒険者ギルドに『ダンジョン探索申請書』を提出する決まりである。
そのお陰もあって期限を過ぎても地上に戻らなかった白髪青年たちはギルドの精鋭部隊に無事に保護されたというわけだ。
蘇生の後遺症でまともに戦えない白髪青年。
心身ともに疲労困憊のイケメンたち。
赤髪犬耳の
とにかく自分たちの力だけで【セーフティエリア】に戻るのは困難だった。
自力で帰還できたとしてもさらにかなりの日数を要したに違いない。
冒険者ギルドさまさまである。
後々、
ダンジョン探索はしばらくお預けだ。
蘇生された冒険者には冒険者ギルドから数日間の『ダンジョン探索禁止』のペナルティーが言い渡されるからだ。レヴィンに関しては一週間ほど。
実際、探索したくとも体調は万全とは程遠い。
生き返って丸一日はひどい『蘇生酔い』が続いて頭痛と嘔吐が止まらなかった。
さらに体調が戻ったら戻ったで専門家によるカウンセリングが待っている。
ダンジョンでの死亡は精神にダメージを与えるものなのだ。
冒険者とは過酷な商売である。そのあたりのケアは抜かりない。
蘇生してから二日後。
例に漏れることなくレヴィンにも冒険者ギルドから専門家によるカウンセリングが手配される。
ところが、冒険者ギルドに呼び出され受付嬢からその名を聞かされ驚かずにはいられなかった。
「明日【
さすがに疑いの余地はない。リンダ・リンドバーグが根回しをしてレヴィンとの対面をお膳立てしたのは間違いないだろう。
(上等だ……そっちがそのつもりなら会いに行ってやろうじゃないか)
「カウンセリングが終了したらリンドバーグ先生からこちらの書類にサインをもらうことを忘れないように……レヴィアントさん聞いてますか? サインがないとダンジョン探索禁止のペナルティーが解除されませんからね? いいですね?」
もはや白髪青年の耳には受付嬢の言葉は届いていなかった。
さらに翌日。
白髪青年はリンダ・リンドバーグと対面するために朝早くから寮の自室で身支度を整える。
聞きたいことは山ほどある。長期戦の構えである。
「よし! 多少強引にでもマッドサイエンティストからすべてを聞き出してやる! 俺様にはその権利があるからな!」
決闘にでも望む心持ちで白髪青年は自室の扉を開け放つ。
すると、「きゃ!」となぜか若い女性の短い悲鳴が廊下に響く。
「もうレヴィン! 急に扉を開けないでよ! びっくりするじゃん!」
なぜかアカデミーの女子学生の制服に身を包んだ泣きぼくろが特徴的な黒髪の女性が床にぺたんと尻もちをついていた。
「ジュリアン……なぜ貴様がいる? ここは男子寮だぞ?」
ジュリアンは元々女子学生としてアカデミーに所属していた。女子の制服を持っていても不思議ではないだろう。
しかし、男子学生のジルならまだしも、ジュリアンの姿で男子寮内をうろうろしていたらさすがに寮の管理人が黙ってはいないだろう。
「今すぐ出て行け。寮の管理人に怒られても知らんぞ」
「え? レヴィンの『許嫁です』って言ったら寮の管理人さんはあっさり通してくれたけど?」
「セキュリティがばがばか!」
朝早くから廊下で大声を上げたからだろう。
他の部屋の男子学生たちが扉から不機嫌そうに顔を覗かせる。
だが、黒髪の彼女の姿を目にして驚愕に目を丸くする。
「おいおい、俺はまだ夢を見てるのか……?」
「嘘だろ……あのレヴィアントに女子学生の訪問者だと……?」
「し、しかも! めちゃくちゃ美人じゃないか!」
「ぐぬぬ! 許すまじレヴィアント!」
男子学生たちの
「皆さんすみません。お騒がせして……」
ところが、ジュリアンが申し訳なさそうにぺこりとお辞儀した途端、
「「「全然、大丈夫でーーーーーす!!!」」」
男子学生たちは態度を急変させる。その緩み切った顔面をぶん殴ってやりたい。
そんな男子学生どもが聞き耳を立てている。廊下では会話もままならない。
「ジュリアン! 一旦、俺様の部屋に入れ!」
レヴィンは彼女の細い腕を掴んで部屋に連れ込み扉をバタンと閉じる。
廊下から一斉に舌打ちが聞こえてきたのは言うまでもない。
「ジュリアン? なにしに来た?」
彼女の指にはお馴染みの【
「レヴィンとデートするために来たんだけど?」
黒髪の彼女は『当然ですがなにか?』と言わんばかりの表情である。
「そういうレヴィンこそこんな朝早くからどこに出かけようとしてたの?」
「そりゃ決まってるだろ……」
白髪青年は途端に口ごもる。
言えるはずがない。『リンダ・リンドバーグに会いに行く』などと。
ジュリアンのことだ。『わたしも一緒に行く』と言いかねない。
それは困る。三人の秘密について語るために出向くのだから。
「……散歩だ」
とにかく誤魔化すしかない。
だが、即座に黒髪の彼女から否定される。
「嘘だね。散歩のはずがない」
白髪青年の喉が自然と上下する。
彼女は確信的に言い放つ。
「レヴィンのことだから。【冒険者ライブラリー】で調べものをするか。少しでも早く状態を取り戻すためにトレーニングでもするつもりでしょ?」
不正解である。
ただあながち間違いでもない。リンダ・リンドバーグとの面会予定がなければ、ダンジョンミニマリストを自称する白髪青年はそうしていただろう。
心配そうに黒髪の彼女が顔を覗き込んでくる。
「ねえ? 分かってる? 事故だったとは言えレヴィンは死んだんだよ? たまにはダンジョンのことを忘れて気持ちをリフレッシュさせないとダメだよ」
許嫁どころかまるで嫁のような態度である。
いつものなら鼻持ちならないと感じるその態度も、ダンジョンで『命を救われたというバフ』がかかっているからだろうか。
レヴィンは思わず片手で顔を覆う。
「くそったれ……なんてこった」
今日はジュリアンのことがキラキラと輝いて見えて仕方がない。
朝っぱらなんの断りもなしに部屋に押し掛けて来るなんてとんだストーカー女なのだが、今のレヴィンには思いやりのある女の子に見えてしまう。
艶やかな髪も、手入れの行き届いた爪や唇も、控えめな化粧も、レヴィンとのデートのために朝から気合いを入れて頑張ったのだと思うと健気に見えてしまう。
「ん? どうしたの? まだ調子悪い?」
白髪青年の奇妙な態度に黒髪の彼女が無防備に距離をつめてくる。
ふわりと柔らかな香りが鼻孔をくすぐる。
レヴィンは思わず大きく後ずさってしまう。
(ジュリアンのやつこんなに可愛かったか……?)
意識すればするほどに、膨らんだ胸元やスカートから覗く白い太ももなど、女性を強く感じさせる部分に自然と視線が向いてしまう。
このままでは頭がおかしくなりそうだ。
(よし、逃げよう)
白髪青年は即決する。言い訳はあとですればいい。
ただ問題はどうやってジュリアンを撒くかだ。彼女の身体能力の高さを白髪青年は誰よりも知っているのだ。
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