黒幕の思惑
第55話 月光夜話
月明かりに照らされた帰り道。
屋敷の門まで見送りに付いてきたダークエルフのメイドに白髪青年はずっと感じていた疑問をぶつける。
「なあ、あんた知ってるんだろ?」
「なんのことでしょうか?」
「とぼけんな。主人の身の安全を守るために俺の過去を調べたあんたが――ジルやロイスの過去について『調べてない』なんて言わせんぞ」
白髪青年が刺すように目を細める。
「お察しの通りです。調べました」
しかし、腕利きのメイドは眉一つ動かすことはない。
「だとしたらおかしい。お目出たいことにミカエルは、自分と似た境遇の人間がすぐ身近にいるとはまったく疑っていない様子だった。さてはあんた……ミカエルに『二人の秘密』を伝えてないだろ?」
「はい。お嬢さまは心優しきお方。
「まあ……ぎくしゃくするのは目に見えてるな。穏やかで大人びているミカエルはパーティーの精神的な支柱だ。しかも
想像してげんなりする白髪青年に、
「レヴィアント殿! お嬢さまの素晴らしさをよく分かっておいでで!」
なぜかメイドは得意げである。
「お嬢さまは今とても幸せなのです。いらぬ
「『メイドは主人の幸せを願うものなのだ』ってか? 大層な忠誠心だ」
「いいえ。秘密を伏せたのはジル・ジェイルハートとロイス・ロリンズのお二方をお守りするためでもあります」
「どういうことだ?」
「お嬢さまのような高貴なるお方が周囲に及ぼす影響力は想像以上に大きいのです。あらゆるリスクを最小限に抑えるためにも、秘密を知る人間は少なければ少ないほどいい」
「ジルたちを政治的なごたごたに巻き込まれないための配慮ってことか?」
「ご名答です。二人はお嬢さまの大切なご学友です。万が一、両名の身になにかあればお嬢さまはご自身をひどく責めることでしょう」
小柄なメイドは神妙に夜空を見上げる。
「優しいお嬢さまのことです……最悪の場合、大切な者たちにこれ以上の迷惑はかけられぬとアカデミーを去るという決断をされるやもしれません。それはお嬢さまの本意ではない。お嬢さまが不幸になる結末だけは絶対に避けねばなりません」
主人の心中を
だからこそ白髪青年は月夜に叫ばずにはいられない。
「いや! 俺わいッ!」
「どうかしましたか? 急に大きな声を出して?」
無表情のメイドに白髪青年が目を吊り上げる。
「ふざけんな! 今夜の件もあんたが内々に処理しろよ! こちとら思いっきり巻き込まれてるんだよぉ! お嬢さまの秘密を丸っと聞かされてリスクを最大限背負わされてんだよぉ!」
「お言葉ですが、私は反対いたしましたよ? しかし、レヴィアント殿に秘密を打ち明けるとお嬢さまが言ってきかなかったのです」
「食い下がれよ! 『リスクを最小限に抑えるためにも秘密を知る人間は少なければ少ないほどいい』ですって今語ったことをそのまま言って納得させろよ!」
「お嬢さまが『どうしようナターシャ! レヴィンくんに秘密がバレた!』と私に半泣きで抱きついてきたんですよ? そのような愛らしいお嬢さまの頼みを断れますか? いいえ! 断れるはずがありません!」
メイドはその時の光景を思い出して満足そうに頬を赤らめている。
「ダメだ! このメイド! もう手遅れだ!」
白髪青年の苛立ちは
「なによりお嬢さまが屈託のない笑顔でおっしゃるのです。『彼なら大丈夫だ』と。敬愛する主人にそのように言われてしまたったらメイドの私は従うほかありません」
全幅の信頼を寄せられて、さしもの白髪青年も強くは否定できない。
「ミカエルのやつめなにが大丈夫だ。大丈夫なわけあるか……」
ただ褒められ慣れていない白髪青年は気まずさを誤魔化すようにそう吐き捨てるのである。
「だってそうだろ? 『パーティーメンバーが実は俺以外全員女の子だった』とか……これからイケメンどもとどういう感情で向き合っていけばいいんだよ?」
そして、これは紛れもない本音である。
「割り切るしかないのでは? 先ほどのお嬢さまとのやり取りを拝見するに貴殿も元よりその腹積もりだったのでは?」
「うむ……己の利益を優先するって言葉に嘘はない。そのために秘密を受けいれるという決断もした。だが、俺様だって人間だ。感情くらいある。こんなわけの分からん状況に平然としていられるか」
白髪青年は忌々しげに片手で髪をかき混ぜる。
「先に言っておきますが、いくらお嬢さまが愛らしいからと言って手を出したら私が許しませんよ?」
「出さねーよ。俺様は職場恋愛はしない主義なんだ」
「信じられません。あのように愛らしいお嬢さまに惹かれない男性が存在するとは……もしかしてレヴィアント殿は女性には興味がないとか……?」
小柄なメイドが興味津々という眼差しを向けてくる。
「普通にあるわ! 言わせんなこんなこと!」
「ではなぜですか?」
「いや、これは教訓だ。パーティーメンバーの女に手当たり次第に手を出して殺されかけた幼馴染の色男をよく知ってるからな」
アカデミーに入学して間もない頃、ダンテ・ダンデリオンの色恋沙汰、いや、あれは殺傷沙汰か。
とにかくゴタゴタに巻き込まれて以来、レヴィンはパーティーの特に女性メンバーとは距離を置くようにしているのだ。
「だからこそ、イケメンたちのパーティーに参加したってのになんという皮肉だ」
「同情は致しますが、四の五の言っても仕方がないかと。お嬢さまに宣言したように『これまで通り』に振舞う。それが貴殿を含め全員にとって一番望ましい未来なのですから」
「くそったれ……言われなくても分かってるよ!」
レヴィンは負け惜しみのように言い放って門を出てゆく。
「レヴィアント殿。貴殿のことを私は常に見ております。もしも軽率な真似をされたらどうなるか――――どうぞご理解ください」
強めの忠告がレヴィンの背中に突き刺さる。
振り返ると、メイドの鋭い眼差しを真っ向から受け止める。
「見くびんな。俺様には目的があると言っただろ。誰より自分自身の利益ために秘密を絶対に守ってみせる」
この殺し屋もどきに凄まれても動揺したりはしない。なぜなら、このダークエルフの小柄な女性が『ただの主人を溺愛するメイド』だとすでに知っているからだ。
「なあ、最後に訊かせてくれ!」
流れのままレヴィンは尋ねる。
「リンダ・リンドバーグの意図はなんだ? あの【
「申し訳ありませんが、私には知る由もありません。イカレたあの者の考えることなど私には理解できませぬゆえ。本人に直接会って尋ねるのがよろしいかと」
「くそったれ、気が進まないが、会いにゆくしかないか……」
「意外です。貴殿の性格からして是が非でも理由を知りたいと思っていたのですが」
「知りたいに決まってる! だが世の中には『知らない方が幸せなことがある』と、今さっき身をもって学んだからな!」
「一つ賢くなりましたね。どうぞリンダによろしくお伝えください」
レヴィンの嫌味もどこ吹く風のメイドである。
せめてもの抵抗としてレヴィンは「自分で伝えろ!」と叫んで薄っすらと白み始めた街に消えてゆくのである。
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