第54話 スイーツのように甘く

 白髪青年が俯きじっと黙り込んでいたからだろう。


「レヴィンくん? 大丈夫かい?」


 金髪エルフのお姫さまが心配そうな顔を浮かべている。


「君が混乱するのも当然だ。でも、これはすべて事実なんだよ。どうか受け入れて欲しい」


『いや、パーティーメンバーが実は女の子だったというパターンはこれで三度目なので別に混乱はしていない』


 そう内心で思う白髪青年である。


「ボクのことはこれまで通りミカエル・ミンストレルとして、同じパーティーの仲間として扱ってくれると嬉しい」


 彼女が椅子から立ち上がって深々と頭を下げる。


「お嬢さま……」 


 背後のメイドが息を呑む。主人の覚悟に胸打たれてる様子だ。


『ふざけるな。無理に決まってるだろ』


 本心ではそのようになげきたいところだが、


「言われなくとも、俺様はこれまで通りなにも変えるつもりはない」


 さすがの白髪青年も空気を読まねばならないだろう。


「むしろ心配なのは貴様の方だ。俺様に『実は女』だと知られたからと言って明日からのダンジョン探索でポンコツになったら許さんからな?」


 誰とは言わないが『実は女の子』だと発覚して翌日ポンコツになった黒髪のイケメンを白髪青年は知っている。


「心配いらないよ。こう見えてボクはミカエルのことをすごく気に入ってるんだ」


 彼女はとろけるような笑顔を浮かべる。


「なによりジルくんやロイスくんそして君のことをとても気に入ってる。君たちとダンジョンで成功を収めたいと本気で願っている。君たちとの輝かしい未来に胸ときめかせている」


 恥ずかしげもなくこのようなセリフを言えてしまうあたり彼女はやはり生まれながらのお姫さまである。


「レヴィンくん。ボクはね。今、とても幸せなんだ。自分の未来を自分の手で切り開いてゆけるなんて、こんな素敵なことはないよ!」


 彼女がそう力強く拳を握り締める。


「冒険者はなにものにも縛られない! 自由だ! もちろん、以前、君が口にしたように自由を謳歌おうかするためには相応の力が必要なことは理解してるよ」


「そうか? 俺様の両親を見てると、冒険者は言うほど自由じゃないと思うがな」


 白髪青年が苦虫を嚙み潰す。


「力を手に入れ名が売れれば、多くのわずらわしいしがらみに縛られる。貴様らイケメンどもに至っては力もないくせに『しがらみ』だらけだろうが?」


「そうだとしても今までのボクよりもずっと自由さ」


 彼女は石畳にコツリコツリとヒールを響かせ階段を下りてくる。


「そうか。これまでの貴様には先行きに悩む権利すらなかったんだったな」


「うん。なんのために自分が生きているのかさえ分からなかった。さしずめ『第三公女』というブランドのドレスで着飾ったお行儀の良い人形だった」


 ドレスの彼女は白髪青年の眼前で静かに佇む。


「でも今は違う。ボクはボクのために生きているんだと胸を張って言える。その当たり前の事実がひどく嬉しい」


 瞬間、彼女が見惚れるような美しい笑顔を浮かべる。

 

「だからボクは今の生活を守りたい。命を賭けてでもね。そのためには君の協力がどうしても必要なんだレヴィンくん」


 柔和な笑顔とは裏腹に二つの碧眼に固い決意がみなぎっている。

 彼女の言葉に嘘はない。

 白髪青年は心より思った。


 白髪青年は「……そりゃ守りたいだろうな」と小さく笑って金髪エルフの整った鼻先に指先を突き付ける。


「お姫さまの時代にはできなかった『スイーツ巡り』も男のミカエルなら自由にできるしな!」

「うん! それはかなり大きい! ミカエルになって一番の収穫かもしれない!」


 皮肉ったつもりが彼女は大真面目に頷いている。


「皮肉だ。気づけよ」

「え? そうなの?」


「大体、なにが『心配いらないよ』だ? ちょっと匂いを嗅がれたぐらいで俺様を突き飛ばしたことをもう忘れたのか? 男はあの程度で動揺したりはせん!」


「あ……あれは! 君のデリカシーがなさすぎるだけだよ! 世の中には汗の匂いに敏感な男の子だっているよ!」


 彼女が白い首筋を真っ赤にして反論してくる。


「思い出したら腹が立ってきた! 貴様があの場を去った後、俺様がどんな目に遭ったと思ってる? ギルドの冒険者たちから笑い者にされたんだぞ! 屈辱だ!」


「それナターシャから後で聞いたよ。思わず笑っちゃった。君って有名人だよね。悪い意味でだけど」


 彼女はドレスを揺らして笑っている。


「笑ってる場合か! 反省しろ!」

「ごめんよ。今後は気をつける」

「そのことだけではなーい!」

「え? 他になに?」


「秘密がバレたのが俺様だったからよかったものの! 地位や名誉や金に汚い輩に身元がバレてたらどうなってたことか! 言っとくけどな、貴族の嫡男じゃなくとも下衆な野郎なら口止めに身体を要求されたりとか余裕であるぞ?」


「心配ご無用です。そのような下賤げせんな輩は私が闇に葬り去ります」

「ほらみろ! 貴様に忠実なメイドが恐ろしいことさらりと言ってるぞ!」

「あれ? ボク……ひょっとして今、君に怒られてる?」


「これまで以上に細心の注意を払え! 貴様の秘密がバレて一番困るのは俺様なんだからな! そのことをよーく覚えておけ!」


「やっぱり怒られてるね。でもちょっと待って? おかしくない? ボクの秘密だよ? 普通に考えて一番困るのは本人だよね?」


「貴様のことなど知るか。『己の利益』がおびやかされたんだぞ? 利益を守るために俺様が必死になってなにがおかしい?」


「うわ、実にレヴィンくんらしい主張だ。いっそ清々すがすがしさすら感じるよ」


 白髪青年が不意に目を伏せ告げる。



「他人なんて構ってる暇があるかよ? 人間は死ぬときは死ぬんだ。だったら生きてるうちに自分のしたいことを悔いのないようにしないでどうする?」



 これがレヴィン・レヴィアントという青年の嘘偽りのない生き方である。


「うん……それが苦労して君がたどり着いた答えなんだね。ありがとう。よく肝に銘じておくよ」


 彼女が噛みしめるように頷くのを確認すると、白髪青年はメイドが控える出口に向かって踵を返す。


「俺様は眠い! 貴様の忠実すぎるメイドに無理やり叩き起こされたせいでな!」

「なら報酬については次の機会にでも――」


「報酬などいらん! その代わり! 有能な聖騎士パラディンとしてパーティーのために馬車馬のように働けミカエル!」


「うん! 喜んで! よろしくレヴィンくん!」


 最後に彼女はそう甘いスイーツのような笑顔で微笑んだ。

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