第53話 金髪眼帯エルフの過去

「以前、白熊亭でボクがレヴィンくんたちの前で『将来の結婚相手を選ぶ権利すらない』と発言したのを覚えているかい?」


「覚えているわけがないだろ……と言いたいところだが、悲しいかな俺様は記憶力が良くてな。はっきりと覚えてる。なんせアカデミーの座学の成績がトップクラスだからな!」


「はいはい。すごいすごい」


 彼女はおざなりに流して続ける。


「ちなみにあれは本当の話さ。ボクには将来の結婚相手とされている男性がいたんだ。だいぶ年上の有力貴族の嫡男ちゃくなんだった」


「いわゆる政略結婚ってやつか?」


 すぐさまダークエルフのメイドが補足する。


「お嬢さまの【勅命の魔眼インペリアルコマンド】はエルヴィアン公爵一族に代々受け継がれる『固有アビリティ』なのですが、現在その力が発現はつげんしているのはお嬢さまただ一人なのです」


「お陰で兄君や姉君たちからボクは大いにうとまれていたけどね」

「力のある者が疎まれるのは世の常だな。まさに俺様がそうであるように!」


 ドヤ顔を浮かべる白髪青年を「レヴィンくんのことはさておき」と彼女は続ける。


「とにかく大人たちが勝手に決めたよく知りもしないその男性と幼いボクは、ある時、顔合わせすることになった。そこで事件は起きた」


「好みのタイプじゃなかったから思わずぶん殴ったとか?」

「レヴィアント殿。お嬢さまのお話を真面目にお聞きください」


 背後からダークエルフのメイドがじろりと睨みつけてくる。「おー、こわ」と大げさに眉をひそめる白髪青年に彼女は喉を鳴らす。


「でも、あながち間違ってはいないけどね。ボクはその男性に【勅命の魔眼インペリアルコマンド】を発動させて大けがを負わせてしまったからさ」


 彼女が細い首をすくめる。 


「怪我をさせるつもりなんてなかった。嫌だけど穏便おんびんに済まそうと思っていた。でも、信じられないことに屋敷の部屋で二人きりになると、男性がボクをベッドに押し倒してきたんだ。『夫婦になれば毎日するんだから構いないだろ?』って」


「とんだ下衆野郎じゃないか!」

「まったくです! 万死に値します!」


 白髪青年とメイドの意見が合致する。

 

「幼いボクは男性のことを心の底から気持ち悪いと感じてしまった。気づいたら『私から離れろ!』と必死で命じていたんだ……」


 彼女が身震いするみたいに全身を抱きしめる。

 その様子から察するに彼女にとってこの出来事は『口にするのもはばかられる辛くて苦い思い出』なのだだろう。


「気づいた時には男性は背後のバルコニーから地上に落下していた。男性は全身の骨を複雑骨折。もちろん縁談は破談さ」


「ざまあないな!」

「当然の報いです!」


 最早、白髪青年とメイドの息はぴったりだった。


「ただそのせいでお父さまやお母さまは有力貴族との関係を修復するために奔走ほんそうする羽目になった。お陰で罪深きボクは国を離れて山奥に隠遁いんとんし、生涯をかけて女神ルナロッサに祈りをささげることになった。実質的な追放だね」


「いやいや、おかしいだろ? 隠遁してないだろうが?」


 白髪青年が指摘すると、金髪エルフの彼女が悪戯っぽく微笑む。



「そうなんだよ。だからボクは『本来この場所にいてはいけない存在』なのさ」



「……なるほど。それで身分を伏せ性別を偽っているわけか」

「身分を偽って冒険者になることを提案したのは元冒険者の私です。間違ってもお嬢さまではありません。そこのところどうぞご理解ください」


 即座にメイドが主人のフォローに入る。


「あくまで悪知恵を授けたのは自分であってお嬢さまは悪くないってか?」


「その通りです。私は耐えられなかったのです。なんの落ち度もないお嬢さまがすべての罪をかぶり、この先ずっと日陰者と後ろ指さされ不自由な生活をいられることが……」


 小柄なメイドが悔しそうに下唇を噛みしめる。


「ナターシャには感謝している。あの時、ナターシャが背中を押してくれなかったら今の幸せな生活はなかった」

「もったいないお言葉です」


 ダークエルフのメイドがとろけるように相好そうごうを崩す。

 主人のことを本心から慕っているのだろう。


「ナターシャがメイドでボクは幸運だったよ。身分を偽ると言っても、エルヴィアン出身の者ならばすぐにボクが第三公女だ気づいただろうからね」


 彼女はドレスの中から床に放り投げた眼帯とは別の眼帯を取り出す。

 直後、放たれた言葉にレヴィンは唖然と固まる。



「この『肉体を構成する表面上のマナに働きかけて性別を変換』する【蝶の眼帯バタフライパッチ】がなければ今の生活は実現不可能だっただろうね」



 そう嬉しそうに彼女が眼帯を装備する。

 見る間にふくよかな胸元が消えてなくなり、肩幅が増し、すらりと伸びた手足が筋肉質になる。

 それはレヴィンにとって見慣れた金髪眼帯エルフの好青年の姿だ。

 いや、今はドレスをまとった金髪眼帯エルフのだが。


「やっぱりミカエルの姿でドレスは奇妙だね!」


 おかしげに笑っては眼帯を外す。

 再び現れるお姫さま。


「ナターシャが【錬金術師アルケミスト】のリンダ・リンドバーグ氏と旧知で助かったよ」


「リンダとは冒険者時代のパーティーメンバーで、当時からあの女は変わり者でいろいろと奇妙な発明をしておりました」


 小柄なメイドが呆れるように首をすくめる。


「アカデミーで講師をしていると聞いていたのでわらにもすがる思いで頼ったところ、リンダにしては珍しく役に立つものを寄越してくれました」


(またもやリンダ・リンドバーグか……)


 レヴィンはその名を心の中で唱える。


(これは果たして偶然か……性別を偽ってる者たちが同じパーティーに、しかも全員がリンダ・リンドバーグと関わりがある……)


 レヴィンが舌打ちする。


(いや、そんな偶然があってたまるか。なにかしらの意図はあるだろうな……)


 レヴィンはあからさまにげんなりする。

 近いうちに噂のマッドサイエンティストと対面しなければならないだろうと。

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