第52話 勅命の魔眼
「で? ミカエル? 具体的に俺様になにを協力させる気だ?」
白髪青年は石畳に
「とりあえずボクが『実はお姫さま』だということを誰にも言わないでくれるだけで構わない」
そう金髪眼帯エルフの彼女は気品のある佇まいで告げる。
「それだけで報酬をくれるのか? 口止め料ってことか」
「いつもみたいに『これだから貴族のお坊ちゃまは!』とは言わないんだね」
「舐めるな。お姫さまの小賢しい腹の内は読めてるんだよ! 報酬という体裁を整えることで俺様が首を縦に振りやすいよう配慮したってところだろ?」
「君の性格を考慮した高度な政治的な駆け引きと言って欲しいね」
彼女はそう頬を緩ませる。
白髪青年との会話を心から楽しんでいる様子だ。
だが、白髪青年の表情はどこか浮かない。
「どうにも解せん」
「なにが?」
「俺様からすれば『アカデミーのただ学生』よりも『お姫さま』のほうが人生の勝ち組に見えるからだ。なぜそれをわざわざ隠してまで今の生活に拘る?」
すると、金髪眼帯エルフの彼女は隣のメイドをじっと見やる。
「ナターシャ? 構わないかい? 彼にボクの『もうひとつ秘密』を話しても?」
ダークエルフのメイドが即座に「御意」と
先ほどまでと同様に激しく反対するものだと思っていただけに意外な反応だ。
「お嬢さまがご決断なされたのならば、私はそれを全力でサポートするのみでございます」
「ありがとう。ナターシャ」
「いいえ。主人の身を
お姫さまが屈託のない笑顔を浮かべる。
それを見てメイドも嬉しそうに微笑む。
二人とは対照的に白髪青年はげんなりとため息を零す。
「レヴィンくん。あからさまに嫌な顔しないでくれよ」
「するだろ? 俺様はこれ以上の『厄介ごと』なんて求めてないんだよ!」
「レヴィアント殿。どうぞご理解ください」
「言っとくけど『どうぞご理解ください』ってそこまで万能じゃないからな!」
「ならば言い方を変えよう。レヴィンくん。ボクがなぜ『常に眼帯をしている』のか知りたくない? そう眼帯の秘密を?」
白髪青年が奥歯を噛みしめ眉をひくつかせる。
本来ならば即座に『知りたくない』と答えるべき場面である。
しかし、彼女からまんまと知的好奇心をくすぐられ、どうしても否定の言葉を口にできなかったのだ。
白髪青年の無言を『イエス』と受け取ったのだろう。
彼女は白い指先を黒い眼帯に添えるとあっさりと剥ぎ取り、驚いたことに
どんな『目玉』が飛び出すのかとレヴィンはごくりと身構える。
ところが、現れたのはただの美しい
なんの変哲もない左右対称の美しい金髪エルフの美人である。
少なくとも、歴戦戦士でお馴染みの傷などは見られない。
「は? 秘密? そんなものどこにある?」
まるで詐欺にでもあったような気分である。
「ふふふ、ボクは見た目に秘密があるなんてひと言も言ってないよ」
彼女は悪戯を成功させた子供のように嬉しそうである。
「口で説明するより実際に体験してもらうほうが早いね。レヴィンくん。ボクの目を見つめてくれないか?」
乗り掛かった舟である。
レヴィンは言われるまま彼女の瞳を見つめる。瞬間だ。
突如として彼女の瞳の中に紋様のようなものが浮かび上がる。同時だ。
彼女が命令口調で告げる。
「我に
直後だ――信じられないことに意思とは関係なく、身体が勝手に動き片膝が床に着地する。
「な、なんだこれは……か、身体が動かない……?」
まるで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。
戸惑うレヴィンに彼女は悲しそうな顔で応える。
「【
「【
初めて耳にするアビリティだ。
レヴィンは急いで脳みそを回転させ知識を総動員する。
「そのアビリティ名と俺様の今の状況を
「ほぼ正解」
「発動条件は……眼帯によって隠されていた瞳で対象を見つめることか?」
「いや、違う。両目で対象を
「面白い! 隠されている目に秘密があると思い込みがちだが、そういうパターンもあるか!」
白髪青年は自然と声を
思っているよりも知的好奇心を刺激されているらしい。
「だから、眼帯をするのはどちらの目でも構わないんだ。補足すると今のレヴィンくんのように対象もこちらを見つめていればより効果は高まるね」
試しにレヴィンは彼女から視線を逸らす。
すると、しばらくしてレヴィンは身体の自由を取り戻す。
これは
同時に彼女が「ふぅー」大きなため息を零して椅子の背もたれにもたれかかる。
「その反応からして【
「うん。正解。結構な量のマナを持っていかれる」
「わざわざ片目を眼帯で封印してるくらいだ。自分の意思とは関係なく発動してしまうことがあるということか?」
レヴィンの脳裏には自分の意思とは関係なく発動してしまう【
彼女は小さく肩をすくめる。
「残念ながらそう……怒りに我を忘れると無意識のうちに【
彼女がきゅっと下唇を食む。
「ボクは大切な君たちに間違ってもこの力を使ったりはしたくないんだ……」
そこには『対等でいたい』という強い願望が窺える。
「そう言えば最初に『ほぼ正解』と言ったがあれはどういう意味だ?」
「レヴィンが言った『行動制限』だけでなく『強制行動』をさせることも場合よっては可能なんだよ」
「は? 死ねと言ったら相手が死ぬってことか? とんでもないチートアビリティじゃないか」
白髪青年が忌々しげに髪をかき混ぜる。
「待って待って! さすがに【
「いや、その『まっすぐ歩け』と命じた先が『崖』だったら同じことだろうが」
「だね。実際にそれで痛い目にあった」
「は? ミカエルまさかその力で……人を殺め――」
「違う違う! 誤解だよ誤解!」
「だったらなんだ? 言っとくが俺様は今、かなり引いてるぞ?」
「森林エリア探索の時に君に話したように……その『痛い目』こそが『故郷を捨てる』ことになった最大の原因なのさ」
「そうか! おーけー! 分かった! それ以上、なにも聞くまい!」
「悪いけどレヴィンくん。ここまでボクのこと知ったんだ最後まで聞いてもらうよ」
彼女がにっこりと微笑む。
さらに背後のメイドが「どうぞご理解ください」と肩に手を置いてくる。
白髪青年はがっくりと項垂れ髪をかき混ぜる。
「あー、くそったれ……毒を食らわば皿までか」
自身にそう言い聞かせて「好きにしろ!」とやけくそ気味に叫ぶのである。
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