第51話 本当の彼女

「くくくく、お姫さま! いいのか? 『演技』しなくても?」


 最初はこれまで知っていた『偉ぶらない金髪眼帯エルフの好青年は偽物』で眼前の居丈高いたけだかなお姫さまが真実の姿なのだと思っていた。

 だが、ところどころで不意に漏れるリアクションから、もしかして『この居丈高なお姫さまが偽物』なのではないかとレヴィンは疑った。

 だから鎌をかけた。


 どうやら正解だったらしい。


 胸元が大胆に開いた瀟洒しょうしゃなドレスを身にまとったお姫さまは、逡巡するようにしばらく天井を見上げる。

 やがて豊かな胸元を大きく揺らして盛大なため息を零す。


「……もういい。もういいよ。演技はやめだ」


「お嬢さま!」


 ダークエルフのメイドが焦った表情を浮かべる。


「ナターシャ。茶番は終わりにしよう。彼は我々の敵じゃない」

「お嬢さまの秘密を知る人物を手放しで信頼するのは危険です!」


 小柄なメイドが心配そうな眼差しで主人を見つめている。


「なるほどな……二人の様子からして演技を主導したのはメイドのほうか。主人の安全と、この場の主導権を握るために一芝居打ったというところか?」


 小柄なメイドがこくりと頷く。


「ご明察です。レヴィアント殿がどのような御仁か分からぬ以上、決して気を許さぬようにと私が一芝居打つことをお嬢さまに提案いたしました」


 メイドが白髪青年に深々と頭を下げる。


「主人を守るのもメイドの務め。謀ったこと、どうぞご理解ください」


「だが、ナターシャも関わってみて分かっただろ? 彼に我々の秘密をどうこうする気はないよ。彼はとてもめんどくさがり屋なんだ。むしろ『厄介な秘密を知っていい迷惑だ』だなんて思ってるんじゃないかな?」


「ミカエル。さすがよく分かってるじゃないか」


 白髪青年はよいしょと身体を起こす。


「はっきり言っていい迷惑だ! 貴様が『実はお姫さま』だったなんて厄介な事実を俺様は知りたくもなかった!」


「お嬢さま! 今すぐこの無礼な御仁を叩きのめす許可を!」

「ミカエル! 今すぐこいつを止めてくれ!」


 レヴィンは眉間に突き付けられた黒光りするトンファーを凝視しながら叫ぶ。

 

「ナターシャ。武器を仕舞うんだ」


 主人にいさめられメイドは素直に「御意」と引き下がる。


「ナターシャ。頭をを切り替えよう。レヴィンくんも我々の運命共同体の一員になってもらおう」


「は? 運命共同体……?」


「ボクは今の生活を守りたいんだよ。『ミカエル・ミンストレル』という青年として君たちと一緒にこれまでと変わりなくパーティーを続けたいんだ」


「だから俺様に協力者になれと?」

「うん。そういうこと。もちろん相応の報酬は支払おう」


「お嬢さま。本当によろしいんですか?」

「なにがだい?」

「失礼ですが、私が見るにレヴィアント殿は『己の利益』に忠実な人間です。己の利益のためなら時に他人を裏切ることもいとわないタイプの御仁です」


「だからだよナターシャ」

「どういう意味でしょうか?」


 口元をほころばせる主人に小柄なメイドが眉をひそめる。


「一緒のパーティーを組んでいるからね。彼の性分はよく知ってる。『己の利益』に忠実だからこそ彼は我々の秘密を絶対に守秘しゅひすると言い切れるのさ」


 彼女は確信的に微笑むと、



「なぜなら、今のたちのパーティーはすごくいい感じだからだ。そうだろ? レヴィンくん?」



 いつもの好青年の眼差しで告げる。

「ミカエル! ようやくいつもの調子が戻ってきたじゃないか!」

 だからレヴィンもいつもの調子で応える。


「ミカエルの秘密がおおやけになり! パーティーを脱退することを余儀なくされれば最も不利益をこうむるのは誰あろう俺様だ! 先に述べたように俺様の目的は『100階層』だからな!」


 なぜか白髪青年は嫌そうな顔で続ける。


「本人を目の前にして言いたくないが……ミカエルと同等クラスの盾役タンクを見つけるのは簡単ではない。せっかくパーティーが軌道に乗ってきたのに優秀な盾役タンクを失って振り出しに戻るような真似はできれば避けたい」


「おや、嬉しいね。レヴィンくんに褒められた」


「調子に乗るなミカエル! ここまで手塩に掛けて育ててきた盾役タンクに抜けられて、これまでの苦労が水の泡なるのが嫌なだけだ!」


「はいはい。そういうことにしてあげるよ」

「あげるじゃない! それがすべてだ!」

「あとオークションのことをも最初から教えないといけないしね」

「それは別に構わん」

「それは構わないんだ」

「オークションについて語るのは好きだからな!」

「あー、そうだったね。君はそういう人だった」


 エルーナ・エルヴィアンは白い喉を無防備にさらして笑い声を広間に響かせる。


 ナターシャ・ナタリアはそんな主人の様子に言葉を失っていた。      

 なぜなら、こんなにも楽しげな主人の姿に記憶がなかったからだ。


 主人がこれほどまでに感情豊かな人だとは知らなかった。

 だが、これこそが本当の主人の姿なのだろう。


 思えば【エルヴィアン】にいた頃の主人はいつもをしていた。

 幼い頃から主人は子供とは思えないほど美しく大人びていた。

 ただ悪く言えば、そつがなく無邪気さに欠けていた。


 初対面の頃からよく『冒険者時代の話をして欲しい』とせがまれたが、その時くらいだろう。主人が年相応の可愛らしい少女に見えたのは。


 第三公女という重い立場が、優秀であるがゆえに周囲から注がれる大きな期待が、主人の『素直な感情』に蓋をしていたのだろう。


 故郷を捨て王都に来た当初も主人はまだ感情を閉ざしていた。

 少しづつ感情を表に出すようになったのは、ジル・ジェイルハートやロイス・ロリンズという同世代の仲間たちと出会った頃からだ。

 あの者たちとの出会いは主人にとっての幸運だったと言えよう。


 それとレヴィン・レヴィアントという異質な存在は無視できない。


 白髪青年の遠慮のない態度が新鮮だからだろうか。

 主人がこんなにも感情をあらわにするなんて信じられないことだ。


 第三公女の主人にこのような失礼な言動をする人間はこれまで見たことがない。

 いや、そのような愚か者がいればナターシャ・ナタリアが黙ってはいないが。


 なんにせよ主人がこの白髪青年を含め所属するパーティーのメンバーのことをとても気に入ってるのは明らかだろう。


 ならば、ナターシャ・ナタリアも決断しなければならないだろう。

 主人の身をおもんばるのと同様に主人の幸せを願うのもメイドの務めなのだから。


 

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