第50話 白髪青年の過去
見ると、金髪眼帯エルフが必死の形相で椅子から立ち上がっていた。
ダークエルフのメイドは小さくため息をこぼす。
「お嬢さま。どうぞお座りください。レヴィアント殿から本気の殺気をぶつけられたので、ついつい昔の血が騒いでしまいました。お嬢さまのご学友を本気で害する気はございません」
言葉通りメイドはすぐさま白髪青年の拘束を解いて立ち上がると、白髪青年に向かって深々とお辞儀する。
「レヴィアント殿。貴殿はかなりの実力者。手加減ができなかったのです。ご無礼のほど、どうぞご理解ください」
エルーナ・エルヴィアンはほっとした様子で椅子に腰を落とす。
「すまぬ。我のメイドの無礼を許してやってくれ」
主人の謝罪を見届けて小柄なメイドが「では続けます」と再び口を開く。
「なぜ貴殿のご両親が『仲間殺し』と世間からバッシングされたのか? パーティーメンバーだった【
「それは冒険者とはなんたるかを知らん馬鹿どものバッシングだ!」
白髪青年が痛みも忘れて身体を起こす。
「パーティーメンバーだぞ? 首根っこを掴んで無理やりダンジョンに同行させたわけじゃない! 当人たちも同意して100階層に挑戦したに決まってるだろうが!」
当時の怒りがふつふつと湧き上がる。今、思い出しても腹立たしい。
「私も『元冒険者』です。有名人だった貴殿のご両親のことは存じ上げております。当然、貴殿の言うことが正しい」
昔を懐かしむように小柄なメイドは僅かに目を細める。
「ですが、【
「どこが身内だ? ふざけんな! 『賠償金』を寄越せだなんだのと騒ぎ立ててた連中は金という生肉に群がるただのゾンビだろうが!」
悔しさのあまり白髪青年は拳を石畳に打ち付ける。
「おっしゃる通り。貴殿のご両親たちのパーティーは冒険者なら知らぬ者はいない実力者揃いでした。世間での人気や知名度も高く数々のスポンサーに支持されていたまさに『金のなる木』でした」
「当時の両親がよく嘆いてたよ! ここ数年で顔も名前も知らない身内が100人くらい増えたってな!」
「嘆かわしいことです。富や名声を手にすると浅ましい連中が、利用しようと、お零れに預かろうと、ゾンビのように群がって来るものなのです」
小柄なメイドが白髪青年に近づき告げる。
「ご理解いただけましたね? これは地位のあるお嬢さまにも同じことが言えるのです。我々がお嬢さまの秘密についてナーバスなっているのはそのためです」
「……ああ」
白髪青年は
両親の件を引き合いに出されては納得するほかない。
「お主が周囲から騒ぎ立てられることを異様なほど嫌う理由はそれか……」
壇上から彼女が痛々しそうにこちらを見つめている。
「激しいバッシングの矛先は子供である貴殿にも容赦なく向けられた。ずいぶんと辛い目に遭ったようですね……」
小柄なメイドが切なげにまつ毛を伏せる。
「お陰さまでこんなにも素直な性格になっちまったよ」
白髪青年がそう鼻を鳴らす。
精一杯の強がりである。
「王都にいられなくなったレヴィアント殿はお父上の故郷である田舎の村に移り住むことになったわけです」
「
「そんな村に貴殿は毎月100万ルナを越える仕送りをしているようですが?」
「お人好しくらいしか褒めるところのない村人連中が……すべてを失った小汚ないガキをなんの見返りもなく受け入れてくれたからな。借りを返すために仕方なくだ仕方なく」
白髪青年はぶっきら棒に吐き捨てる。
「強情な方ですね」
さしものダークエルフのメイドも白髪青年の強情に呆れている。
「ところで、過去を調べていてこれが一番の疑問だったのですが……貴殿はなぜ王都に戻って来られたのですか? しかも冒険者として? どちらも嫌な思い出しかないのではありませんか?」
瞬間、白髪青年が広間に
「なにがおかしいんですか?」
「そりゃあんたがあまりにも分かり切ったことを聞くからだ」
白髪青年が小柄なメイドに自嘲めいた笑みを浮かべる。
「そんなの『嫌』に決まってんだろうが! 二度と王都になんて訪れたくはなかったし! 冒険者にだって死んでもなりたくはなかった!」
「え? なぜ……?」
驚きの声を漏らしたのはメイドではなく金髪眼帯エルフだった。
「なぜって? 他に『死なない理由』が見つからなかったからだ」
「死なない理由……?」
彼女が細い眉を怪訝にひそめる。
「そりゃ途方に暮れるだろ? ガキだった俺様は両親を失った上に、これまで周りの人間から『英雄の息子』だとチヤホヤされてたのに途端に手のひら返しされて『仲間殺しの息子』と石を投げられるようになったんだぞ?」
白髪青年の表情に悲壮感はない。
「気づけば住む場所も金も信頼できる人間も失っていた。この先どうやって生きてけばいいんだ? いや、そもそも生きてる意味はあるのか? このまま生きていたって良いことなんてなーにもありゃしないよな?」
まるで滑稽話でも語っている口ぶりだ。
「そんな生きることに絶望したガキには何かしらの『死なない理由』が必要だったんだ。そこで『両親が消息を絶った100階層に自分もいつか必ずたどり着くんだ』という目標を定めることにした」
一方、金髪エルフの彼女は端正な顔を悲痛に歪めて長い耳を傾けている。
「幸か不幸か俺様には才能があった。
不意打ちのように白髪青年は金髪眼帯エルフの彼女に語り掛ける。
「誤解するなよ? 100階層を目指すのはあくまでも『死なない理由』にすぎん。生きるための大義名分のようなものだ。だから両親が生きてるかもしれないなんてこれっぽっちも期待しちゃいない」
その割り切った物言いに彼女はぐっと息を呑む。
白髪青年は『それ』を見逃さなかった。
「なあ! ミカエル! 貴様なら分かるだろ? 俺様がそこまでお目出たい人間じゃないってことは!」
彼女は思わず返事をしそうになって慌てて口を両手でふさぐ。
それを見て白髪青年は確信する。
(やっぱりそういうことか……)
「なあ! ミカエル! 最初からずっと気になってたんだが――」
白髪青年はここぞとばかりに勝負を仕掛ける。
「お前さ――口の端っこに生クリームがついてるぞ!」
「え! 嘘!」
彼女は焦った素振りで口の周りを指先で触っている。
「お嬢さま……」
主人のあられもない姿にメイドがやれやれと片手で顔を覆う。
「――――あ! レヴィンくん! またボクに『鎌をかけた』ね!」
勝負に勝った白髪青年が高笑いを広間に響かせたのは言うまでもないことだった。
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