第49話 あくまで強気に

 レヴィンは小さく舌打ちする。


(エルーナ・エルヴィアンだとくそったれ……貴族は貴族でも『王族』だったとは聞いてないぞ……)


 当然だ。そもそも尋ねていないのである。


(下手に他人を詮索しないという俺のスタンスが今回に限って裏目に出るとはな……皮肉な話だ)


 一長一短だ。詮索しないことで避けられている厄介ごとも確かにあるのだ。

 済んでしまったことはどうしようもない。重要なのはこれからだ。


 白髪青年は息を吐き動揺を抑え込むと、いつもの傲岸不遜な態度を取り戻す。


「で? そのエルヴィアンの『お姫さま』が民草たみくさになんのご用で?」

「この期に及んでまだ白を切るか。お主は本当に食えないやつじゃ」


 エルーナ・エルヴィアンが艶やかな唇を不敵に歪める。



「では単刀直入に尋ねよう。答えよ。なぜ我が『実は女』だと分かった?」



 咄嗟に息を呑む。

 さすがに『二度あることは三度あると思ったからだ』などと言えるはずもない。蝶のデザインにしても迂闊うかつに触れないほうが今はまだいいだろう。


「シャワーが好きで、香りに強いこだわりがって、スイーツがめっぽう好きで、まつ毛がやたらと長くて、肌があまりに綺麗だったからだ」


「我はお主に褒められておるのか? だとすれば悪い気はせんのう」


 エルーナ・エルヴィアンが唇に三日月を浮かべる。

 だが、高みの彼女が表情を緩めたのは一瞬のこと。


「それだけで『実は女』だと断定することはできまい? 多様性の時代じゃ。そのような男性がおったとしてもなんら不思議はなかろう?」


 カツン。

 ヒールのかかとを石畳に叩きつけ、レヴィンの嘘を看破かんぱするかのように双眸そうぼうを剣先のように細める。


「事実、我はお主に指摘さされるまで一度たりとも『実は女』だと疑われたことはないぞ? 今一度、尋ねる。なぜ我が『実は女』だと分かった?」


 肌がぴりつく威圧感。

 それは地位が高い人間特有の威光というやつだろう。


 屈託ない笑顔でスイーツを頬ばっていた人物と同じとはとても思えない。

 実は瓜二つの他人なんじゃないかと自分を疑いたくなってくる。


(いや、これが本来の金髪眼帯エルフの姿ということか……)


「レヴィアント。我に真実を申せ。事と次第によってはお主の口を封じなければならなくなる」


 すると、背後に控えるメイドがおもむろに自らのスカートの中に手を差し込む。


「お嬢さまを守るためです。どうぞご理解ください」


 小柄なメイドは隠していた黒光りする棒状の武器を取り出し構える。


 前門の虎後門の狼とはこのことか。

 白髪青年包囲網にげんなりしてくる。


「公国の姫が性別や身分を偽ってアカデミーの学生として生きている――この密事みつじの重要性を理解できぬお主ではあるまい?」


「庶民の俺様には王侯貴族さまの事情なぞ想像もつかん。だが『ろくでもない』ということは理解できる」


「ならば、その『ろくでもない者』が秘密を知った人間を見逃すわけがないことも理解できよう? 答えを間違えるなよ。ここがお主の人生の分かれ目ぞ?」


 背筋にぞくりと怖気おぞけが走る。

 間違った選択をすれば取り返しのつかないことになりそうだ。

 レヴィンは己の未来のために思考を高速で回転させる。


(どうする……ジルやロイスも『実は女の子』だと素直に白状するか……この場を収めるにはそれが最善か? 自分以外にも『性別を偽ってる者がいる』と知ればお姫さまの溜飲りゅういんは下がるんじゃないか?)


 その時だった――。


「後生じゃ。我に辛い決断をさせないでくれ」

「お嬢さま。情けは無用でござます」


 すぐに小柄なメイドがいさめたため確信は持てなかったが、レヴィンに向けられた彼女の眼差しが『優しい彼』のものだったように思えた。

 ならばと白髪青年は拳をぐっと握りしめる。



「本気で疑っていたわけがないだろ? ただ『かまをかけた』にすぎん! まさか大当たりだったとはな! 驚いてるのは誰よりも俺様だ!」



 白髪青年は馬鹿馬鹿しいとばかりに笑い飛ばす。

 あくまで強気に押し通す。ここでひよっては傲岸不遜のアカデミーの嫌われ者——レヴィン・レヴィアントの名が泣くというものだ。


 なにより信じて秘密を打ち明けた二人を裏切るなんてダサい真似は死んでもごめんだった。 


「失敗だったな! こうしてわざわざ呼び出したりしなければ『実は女』だったと俺様が確信を持つこともなかったろうに!」

 

 さいは投げられた。

 こうなったら前に進むのみである。


「レヴィアント殿! お嬢さまを愚弄することはこの私! ナターシャ・ナタリアが許しませんよ!」

「ナターシャ! はやるでない!」


 黒光りするトンファーを腰を落として構える褐色メイドを彼女が鋭く制する。


「つまり、お主は我の秘密を意図的に『暴いた』わけではなく偶発的に『知ってしまった』だけだと言いたいのか?」


「逆に尋ねるが? こんな厄介な秘密をこの俺様がわざわざ知りたがると思うか?」


「確かに……は自ら厄介ごとに首を突っ込むタイプでは――」


「――お嬢さま!」


 慌てた様子でメイドに会話に割って入って来る。


(今、俺のことを『君』と言ったか……?)


 彼女の表情をうかがおうとしたが、素早く眼前に仁王立ちのメイドが立ちふさがる。


「レヴィアント殿。貴殿の『過去』について少々調べさせてもらいました」

「は? なに人の過去を勝手に詮索してくれてんだよ?」


 白髪青年はあからさまな不快感を小柄なメイドにぶつける。


「お怒りはごもっとも。ですが、貴殿はお嬢さまの秘密を知ってしまわれたのです。我々としても『貴殿の秘密』を知らねば辻褄が合いません。どうぞご理解ください」


 白髪青年が鋭く睨みつけるが小柄なメイドはまるで動じていない。

 おそらく越えて来た修羅場の数が違うのだろう。


 たぶんこのメイドは元冒険者だ。

 時々、冒険者ギルドで見かける実力者パーティーの連中と同じ凄みをこの小柄なメイドから感じるのだ。

 


「今から十数年ほど前です。【無限迷宮むげんめいきゅう】で消息を絶った貴殿のご両親は世間からこう呼ばれていたそうですね――『仲間殺し』と』



 刹那、魔導士のマントが舞い上がる。

 終始、大人しかった白髪青年が着火したかのごとく動く。

 弾丸の速度で詰め寄り褐色メイドに強烈な回し蹴りを浴びせる。


 相手との実力差を理解できない白髪青年ではない。

 眼前の小柄なメイドはその見た目に反してかなりの手練れ。

 おそらく白髪青年より実力は上であろう。

 そんな格上の相手に無策で挑むほど白髪青年は無謀ではない。

 しかし、両親を侮辱され白髪青年は我を失ってしまった。


 さしものメイドも白髪青年からの不意打ちにその小柄な身体を床に転がす。

 しかし、即座、跳ね起きるとメイドは低い姿勢で一気に白髪青年に肉薄する。


 間髪入れずに迎え撃つ白髪青年。

 拳を鋭く突き出す。

 だが、メイドは黒光りトンファーでであっさりと拳を受け止める。

 白髪青年は体格差で押し込もうと試みるがビクともしない。


「ちッ! やはり元冒険者の前衛職かァ!」


 直後、小柄なメイドが黒光りするトンファーをてこの原理でぐるりと回す。

 白髪青年は腕を絡めとられ身体ごと空中で一回転。

 そのまま固い石畳に背中をしたたかに打ち付ける。


「がはッ」


 痛みに白髪青年は床に固まる。

 ダンジョンと違って地上ではちゃんと痛みがあるのだ。

 メイドは流れるように馬乗りになり白髪青年を後ろ手に拘束。白髪青年の頬には黒光りするトンファーをぴたりと添える。

 褐色メイドが耳元でささやく。


「ご名答です。私は元冒険者。ジョブは【暗殺者アサシン】です」


 瞬間だ。


「ナターシャッ! から離れろ!」

 

 広間にがこだました。

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