第48話 真夜中の来訪者

 トントンッ――。


 暗闇に甲高いノック音が響く。

(こんな真夜中に一体、誰だ……?)

 不可解だが、白髪青年は無視して眠り続ける。

 睡眠を邪魔されることを白髪青年はもっとも嫌うのだ。


 トントンッ――。


 再び何者かが自室の扉を叩く。

 仕方がなくレヴィンはベッドからむくりと上半身を起こす。

 寝ぼけ眼でしばし扉を見つめる。

 だが、再びシーツを頭からかぶってまぶたを落とす。


 触らぬ神に祟りなしだ。

 真夜中に訪れる非常識な輩をまともに相手などしていられない。


 ドンドンドンッ――。


 痺れを切らしたのか打音が強くなる。それでも無視を決め込んでいると、扉の向こう側から見知らぬ女性の声が流れてくる。


「レヴィン・レヴィアント殿」


 低く重い声だ。


「起きているのは分かっています。今すぐ扉を開けなければ――」


 一体、なにをする気なのだと白髪青年はベッドの中で身構える。


「修理業者を呼んで扉を開けてもらうことになりますが?」


「いや、こんな時間に業者を呼ぶなよ!」


 さすがに突っ込まずにいられなかった。

 レヴィンはベッドから抜け出すと「一体、こんな時間に何の用だ?」と片手で髪をかき混ぜながら尋ねる。


から貴殿きでんを連れてくるようにとのご指示をいただきました」

「さるお方? 誰だ? 心当たりがないぞ?」

「この場では説明できません。私についてこれば分かること」

「ふざけるな。貴様のような怪しい人物に『はい分かりました』とついてゆく馬鹿がどこにいる?」



「貴殿がさる高貴なるお方のを知ってしまったと言ったら? そして、そのお方が貴殿の出方次第で『現在の立場』を失われてしまう非常に危うい状況にあるとしたら?」



 レヴィンは眉をひそめる。まったく心当たりがないからだ。


「私の主人の進退に関わる大問題なのです。どうぞご理解ください」

「そこまで言われたら……分かった。準備をする」


 レヴィンはベッド脇のブーツを履き、壁のマントを羽織り、サイドテーブルの魔導書を腰に装備する。


(なにやら厄介ごとに巻き込まれたらしいな……まだ話がよく見えないが、知らぬ間にどこぞの偉いさんの地雷を踏んでしまったということだろう)


 ちなみに自業自得だが、レヴィン・レヴィアントはその性格上、他人の地雷を踏んでトラブルになることがままあった。


(今は素直に従って、高貴なるお方とやらと対面するのが先だな。会えばなにか思い出すこともあるだろう)


 万が一、自分に落ち度はあるのならば全力で謝ろう。そうしよう。


 レヴィンが扉を開ける。

 予想外の見た目にレヴィンは目を丸くする。


 なんと廊下には小柄なダークエルフの『メイドさん』が立っていたのだ。


 低い声音からもっと厳つい相手を想像していただけに拍子抜けである。

 チョコレート色の肌をしたメイドはレヴィンの反応などお構いなしに「付いて来てください」と音もなく歩き出す。

 足音を一切立てることのないメイドの洗練された身のこなしにレヴィンはすぐさま認識を改める。

 腕に覚えのある白髪青年だが、目の前にある無防備なメイドの背中に隙を見つけることができない。


(まさかその道のプロか? ジョブは【盗人シーフ】か【狩人ハンター】か……いや、【暗殺者アサシン】という線もあるか)


 これほどの腕利きメイドを雇っているくらいの相手だ。想像よりも大物なのかもしれない。


(待て待て俺は一体、どんな秘密を知ってしまったというんだ……?)


 途端に気が重くなる白髪青年である。


 月明かりに照らされたひっそりとした街を抜けて、メイドは王都の中心部にある王侯貴族など名だたる者たちが邸宅を構える特別居住区——通称『特区』に進む。


(マジかよ。身分のある人物だとは思っていたが……特区に住むお偉いさんかよ……え? なに? 俺、殺されんの?)


 ますます気が重くなる白髪青年である。


 やがて差し掛かった堅牢な門にメイドが慣れた様子で手をかざす。

 左右に割れた門を潜り抜けると、まるで別世界のような豪邸が建ち並んでいた。

 メイドはその一角にある森のように緑の木々に覆われた邸宅に歩を進める。


 静寂の邸宅内。必要最低限の光源が照らす淡い廊下。

 メイドは行き止まりの重厚な扉の前で足を止める。


「お嬢さま。お客人をお連れ致しました」


 即座に「通せ」と威厳のある女性の声が響いてくる。

 メイドの手によって扉がゆっくりと開け放たれる。


 ここは謁見えっけんの間だろうか。

 視線の先には玉座のごとき高い場所があり、背の高い豪奢な椅子には――胸元が大胆に開いた瀟洒しょうしゃなドレスを身にまとった若いエルフ族の美しい女性が鎮座していた。

 

 黄金のような金色の髪、白磁のごときなめらかな肌、ドレスからすらりと伸びた長い手足、だが、なによりもレヴィンの目を引いたのはその上品な見た目に似つかわしくない『黒い眼帯』だった。


 さすがに『くそったれ』と叫ぶのは自重した。


 だが、絢爛豪華けんらんごうかなシャンデリアのぶら下がった天井を見上げながら白髪青年が片手で髪を忌々いまいましげにかき混ぜたのは言うまでもない。


 この瞬間、レイヴィンは自分がなぜこの場に呼ばれたのか大方理解した。


 金髪眼帯エルフの美しい女性がスカートからすらりと伸びた長い脚を組み替える。


「レヴィン・レヴィアント。お主がなぜ呼ばれたのか分かるか?」


 雰囲気や声色は違う。

 だが、この若い女性がレヴィンのよく知るなのは間違いない。

 だからレヴィンは彼女を真っ直ぐ見つめて答える。

 

「さあ、さっぱり分からん! そもそも、貴様は誰だ?」


 あくまで白を切る。

 まんまと一杯食わされ素直に認めるが癪だったのである。


「レヴィアント殿。主人の御前です。どうぞお控えください」


 特に凄んだわけでもないが、背後のメイドからあらがいがたい圧力を感じる。やはり相当腕が立ちそうだ。

 郷に入ってはなんとやらである。

 レヴィンは仕方なくその場でひざまずく。


「よかろう。ならば自己紹介をしよう。我はエルーナ・エルヴィアン——【エルヴィアン公国】の公爵家の三女である」

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