第47話 二度あることはなんとやら

 周囲の女性たちの会話内容から察するに、スイーツ王子の影響力はスイーツ界隈では絶大らしい。

 スイーツ王子が『美味い』と言えば店は大繁盛し、逆にかんばしくない反応を示せば閑古鳥が鳴くらしい。


 屈託くったくない笑顔で金髪眼帯エルフの青年がテーブルの向こう側からぐいっと身を乗り出してくる。


「レヴィンくん! ボクのプディング食べてみて! すごく美味しいよ」


(なるほど。ミカエルは見た目がど派手だからな……周囲から勝手に祭り上げられていると言ったところか)


 見ての通り本人に他意たいはない。エルフの青年は心よりスイーツ愛し、心よりスイーツを楽しんでいるに過ぎないのだろう。


「はい、あーん」


 この場の雰囲気に圧倒されていたからだろう。

 白髪青年は条件反射的に差し出されたスプーンにパクリと食いついてしまう。


「――――ッ!?」


 言葉を失うくらい美味びみである。


「……あ」


 しかし、自分の行動が軽率だったと気づいた時にはもう遅い。周囲の若い女性たちから「きゃー」と先ほどまでとはあきらかに異なる反応が返ってくる。


「ねえねえ! レヴィンくん! アップルパイ食べないの?」


 今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。

 だが、スイーツの誘惑には勝てなかった。

 レヴィンはホークをぶすりと刺して眼前のアップルパイを食す。


「うっま! なんじゃこりゃ! 美味すぎるだろ!」


「でしょ!」

 スイーツ王子が我がことのように喜んでいる。


「ダンジョンアップルやべーな……どうりでここ最近、森林エリアのフルーツの買取価格が高騰してるはずだ」


「今、王都では空前のスイーツブームだからね。新店も続々とオープンしてるし、その影響かもね」


 そのブームの一端をスイーツ王子が担ってそうだが、本人にその自覚はない。無自覚なイケメンほど恐ろしものはないと白髪青年は学ぶのである。


 ホークを持つ手が止まらない。

 腹が減ってることもあって白髪青年はパクパクと夢中でアップルをむさぼる。


 ついに最後のひと欠片を口に放り込もうとした時だ。

 真正面から熱い視線を感じて白髪青年はピタと固まる。

 おそるおそる見ると、金髪眼帯エルフの青年が物欲しそうな顔でこちらをジーッと見ている。


「……た、食べるか?」


 仕方なく尋ねると、エルフの青年は頭が取れるんじゃないかという勢いで首を縦に振る。「ほらよ」と白髪青年がアップルパイの皿を差し出す。

 ところが、なぜか金髪眼帯エルフの青年は、


「あーん」


 餌を待つひな鳥みたいに身を乗り出して開いた口をこちらに向けてくる。


 ふざけるなと言いたいところだが、いや、実際にいつもの白髪青年なら即座に言い放っただろう。

 だが、さすがに周りすべてを『敵に回して』まで言う気にはなれなかった。


 若い女性たちが集団で『早く食べさせなさいよ』と凄まじいプレッシャーを白髪青年にかけてくるのだ。魔物の群れの真ん中で孤立している気分である。


(下手に抵抗するより、流れに身を任せてさっさと終わらせたほうが効率的だな)


 実にレヴィン・レヴィアントらしい合理的な思考で『あーん』を事務的に遂行する。最後のひと欠片をエルフの口に「喰らえ!」とぶっきら棒に放り込んだのは白髪青年のささやかな抵抗と言えるだろう。


「うん! アップルパイも美味しいね!」


 スイーツ王子のお墨付きに再び店はお祭り騒ぎである。


「スイーツ王子の『美味しい』頂きましたァ!」

「きゃー! スイーツ王子の笑顔は今日も甘いスイートだわー!」

「もしかしたら王都で一番のスイーツはスイーツ王子自身なのかもしれない!」

「そうね! きっとそうに違いないわ!」


 などと若い女性たちは興奮のあまり意味不明な発言を繰り返している。


 ところがである――そんな喧騒の中ただ一人。

 白髪青年だけが声も発することなく愕然と固まっていた。


 なぜなら、白髪青年は真正面からしっかりと目にしてしまったのだ。

 金髪眼帯エルフの眼帯の表面に刺繍されたデザインを。

 そして、気づいてしまったのだ……それがであることに――――。


           ◆◇◆◇◆


 どうやってスイーツカフェを後にしたのか白髪青年はよく覚えていない。


「――――レヴィンくん? ねえ! ねえってば?」


 寮へと続く人気のない路地裏で激しく全身を揺さぶれレヴィンはようやく我を取り戻す。


「本当にごめん。悪かったよ。心から反省してる……だから、そろそろボクと口をきいておくれよ……」


 気づくと眼前で、金髪眼帯エルフの青年が捨てられた子犬のような不安げな様子で眉尻を下げている。


「またおススメのスイーツを奢るからさ! お願いだから機嫌を直してよ! 同じ店のアップルパイじゃなきゃどうしてもダメだと君が言うなら今から並んで買って来たって構わない!」


 エルフの好青年がなぜ謝罪しているのかレヴィンにはさっぱりである。


「ミカエル? 貴様はさっきからなにを言ってる?」

「なにって……君がさっきからずっと不機嫌そうな顔で黙り込んでるから謝っているんだけど?」

「俺様が不機嫌? なぜ?」


「いやいや、それはボクの疑問さ……レヴィンくんがずっと黙ってなにも言ってくれないから『アップルパイの最後のひと欠片をボクが食べちゃったから怒っているんだ』と思って……」


「は? この俺様がそんなことで怒るか」

「え? じゃあなんでずっと不機嫌そうなのさ?」

「それは……その……」


 レヴィンは思わず口ごもる。

 まさか言えるはずもない。

 見覚えのある眼帯の刺繍を目にしてミカエル『実は女の子』なんじゃないかと思ってしまったなどと――。


(いや、待て。俺一人であれこれ悩んでいたって埒があかん。いっそ本人に直接尋ねてみるか……?)


 白髪青年は周囲に視線を巡らせて路地裏に誰もいないことを確認する。


(まあ、ミカエルのことだ。『そんなわけないじゃないか』といつもの甘いスイート笑顔で笑い飛ばしてくれるに違いない)


 白髪青年はわざとらしく咳をしてから、壁を背にした金髪眼帯エルフの長い耳へ顔を近づけささやきかける。


「ミカエル。貴様につかぬことを尋ねるが……」

「な、なに? 急に改まって……」

 金髪眼帯エルフがびくと細い肩を震わせる。



「まさか『実は女の子』なんてことはないよな……?」


 

 二度あることはなんとらと言うが、そんな馬鹿げたことがそう何度もあってたまるかと嘘偽りなく思う。

 しかし、なぜか思いに反して高鳴る鼓動をレヴィンには抑えられないでいる。


 事実、ミカエルがなにも答えないのだ。


 心臓がうるさいくらいに暴れ出す。

 レヴィンは喉をごくりと鳴らしておそるおそミカエルの顔を覗き込む。

 瞬間だ――。


「あははははははははははははは!」


 金髪眼帯エルフの笑い声が路地裏にこだまする。

 続けていつもの甘い笑顔で言う。


「そんなわけないじゃないか」と。


 レヴィンは途端に安堵する。「だよな」と一緒になって身体を揺らす。


「悪かったなミカエル。変な質問をして」


 レヴィンはミカエルの細い肩をぽんぽんと叩いて歩き出す。


(俺としたことが……寝不足のせいでナーバスになっているな。蝶のデザインにしたって似通にかよることはあるだろう。流行とはそういうものだ。寝れば万事解決だ)


 少なくとも、この時の白髪青年はそう信じて疑っていなかった。

 数日後の美しい月が浮かぶとある真夜中が訪れるまでは――。  

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