第42話 水と森の都エルヴィアン

 攻略法を理解したジルたちの敵ではなかった。


「今だ! 〈ホーリーストライク〉!!」

「いけえ! 〈フラッシュターミネイト〉!!」

「させるかッ! 〈電光石火〉!!」


 クレセントファングに攻撃アビリティを的確に命中させ各個撃破してゆく。

 もちろん〈遠吠えハウリング〉は許さない。


 金髪眼帯の聖騎士パラディンは片手剣の切っ先を喉元にズブリと突き刺し銀色狼の最後の一体を沈めると、


「ふぅー、さすがに疲れたよ……」


 プレイトアーマーをガチャガチャと鳴らしながら大地に腰を落とす。

 赤髪の白魔導士ホワイトメイジと黒髪の双剣士ブレイバーに至っては【狙撃手スナイパー】に眉間を撃ち抜かれたがごとく背中からばたんと倒れ込む。喋る気力もないらしい。


 仕方がないので白髪の灰色魔導士グレーメイジが解体用の自動ナイフにマナを注いで、大地に転がる四十体近くのクレセントファングから毛皮や肉や魔核コアなどの素材を回収してゆく。


 すると、金髪眼帯エルフの青年が「んっしょ。手伝うよ」と重い腰を上げてゆっくりとした足取りでやってくる。


「レヴィンくん! 森林エリア! 大変だけど楽しいね!」

「へろへろのくせしやがって。強がりか?」


「本心さ。エルフのボクにとってこの環境は居心地がいいんだ。思い込みかもしれないけど、マナもこれまでのエリアよりも濃い気がする」


 エルフの青年はぐーっと胸を逸らして森林の空気を吸い込む。

 木漏れ日に照らされた金髪が黄金の絹糸のようにまたたいている。


「いや、思い込みではない。実際、森林エリアの【マナ濃度】は高いらしい。このエリアで採れる素材や資源はどれも高値で取引される。特にここ最近は買取価格が高騰こうとうしてるらしいぞ?」


「言われてみれば、森林エリアのフルーツを使用したスイーツは格別に美味しいと王都でも評判だね!」

「エリア自体の【マナ濃度】が高いため素材や資源にも豊富なマナが含まれる。だから地上産のフルーツとは味が段違いらしいな」


 基本的に【無限迷宮】のマナ濃度は地上の数十倍と言われている。ダンジョン内でのアビリティの効果が段違いに高いのもそれが理由である。


「さっき俺様たちのことを救援リリーフしようとしたパーティーがいただろ?」

「うん。見るからに高レベルそうな装備してたね。かなりの実力者だよね?」

「あの腕利きパーティーが森林エリアにわざわざ来たのも金策が目的だろう」

「なるほどね」


 不意に白髪青年が鼻を鳴らす。


「ミカエル。森林エリアに来て故郷の【エルヴィアン】が懐かしくなったか?」


 水と森の都エルヴィアンは多くのエルフたちの出身地として知られている。この森林エリアのように緑豊かな土地らしい。


「ミカエルが今日に限って妙にはりきってたのはそういうことだろ?」


「いや、それはないよ……ボクは『故郷エルヴィアンは捨てた』も同然だからね。今は無限迷宮が故郷ホームかな?」


 そう金髪眼帯エルフが端正な口元に含みのある笑みを浮かべる。やはりミカエルはなにかしらの複雑な事情を抱えてそうだ。


「ふーん」


 もちろん、白髪青年に詮索する気などさらさらない。

 なぜなら、ひどくめんどくさそうだからだ。


 回収作業を終え大量の素材を腰に装備した【大食漢のかばん】に仕舞うと白髪青年が「よーし、貴様ら!」とイケメンたちを見回す。


「次はこれまた森林エリアを代表する魔物【キラービー】を狩りに行くぞ!」


「……へ?」イケメンたちが唖然として顔を見合わせる。


「キラービーは非常に好戦的な蜂型の魔物で、厄介なことに『毒針』攻撃をしてくる! 状態異常を引き起こすだけではなくその毒は仲間を呼びせるパッシブ効果も兼ね備えている! 当然、次から次へとリンクする! 長期戦は必至ひっしだ! しかも飛んでいるからな! 頭を使わんと攻撃がまともに当たらんぞ!」


 これ見よがしに知識をひけらかすドヤ顔の青年にイケメンたちが深いため息をこぼしたのは言うまでもない。


「どうした貴様ら? 元気がないな?」

「それはそうさ……」

 金髪眼帯エルフの青年が小さく肩をすくめる。


「ジルさーん、この『ダンジョン馬鹿』になんとか言ってやってくださいよぉー」


 赤髪犬耳少年は大の字に寝転びながらやけくそ気味に叫ぶ。


「おーい! 誰が『ダンジョン馬鹿』だロイス!」


「よーし! 今日の探索はこれにて終了! みんな地上に帰還しよう!」


 黒髪イケメン双剣士ブレイバーがパンと小気味よく手を叩く。


「なぜだジル! まだ昼前ではないか!」

「見たら分かるだろ? オレたちはヘトヘトなんだ。これじゃまともに戦えない」

「は? マナも生命力もそれなりに回復しただろう?」

「マナや生命力は自然治癒したけど、オレたちのメンタルのは削れたままなんだよ」


 気合が足らんと怒鳴りたいところだが、レヴィンはぐっと言葉を飲み込む。

 サポート役の自分と直接魔物と対峙するイケメン三人とでは、肉体的にも精神的にも疲労度が違うことが理解できない白髪青年ではない。


「レヴィン。君が毎日夜遅くまでダンジョン攻略ついて調べてくれることを知らないオレたちじゃない。だから、できれば君の期待に応えたいって思ってる。だが、今日は初めての森林エリアだ。大目に見てくれないか?」


 さらにパーティーリーダーからこのように諭されてしまっては自分の考えを押し通すわけにもいくまい。

 白髪青年は気まずさを誤魔化すように片手で髪をかき混ぜてから踵を返して、


「……さっさと帰るぞ」


 そう先頭を切って歩き出す。

 すぐさま黒髪イケメン双剣士ブレイバーが小走りで近寄ってきて耳元で「レヴィン。ありがとう」とささやく。

 同時にぱちーんと手のひらで尻を叩いてくる。


「こらジル。なぜ俺様のケツを叩く?」

「気にしない気にしない。だってでしょ?」


 そう悪戯っぽく笑うジルの顔はどう見てもだった。

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