第43話 シャワー原理主義

 ファストダイブで冒険者ギルド内部にある女神像前転送ポイントに戻ると、


「オレはこのままの足で【冒険者ライブラリー】に向かう。レヴィンばかりに森林エリアの攻略を任せてはいられないからな!」

「ジルさん。ぼくも付き合います。今日みたいにレヴィンさんに無茶ぶりされてヘトヘトになるのはごめんなんで対策を立てておかないと」


 ジルとロイスが仲良く連れ立って去ってゆく。

 遠ざかる二人の背中に白髪青年は満足そうに頷く。批判めいた声が混じっていたような気もするが、自ら学ぼうという姿勢は喜ばしいことだ。


「さて……俺様は帰って寝るか」


 ジルに見透かされていたようにレヴィンは初めての森林エリアということで、ここ数日ほど生きがいである睡眠時間を削って調べものにいそしんでいたのだ。

 だが、歩き始めてすぐに金髪眼帯エルフの青年から呼び止められる。


「レヴィンくんこのあと時間ない?」

「ない」

「待って待って! 寝る前に少しだけボクに付き合ってよ」


 まったく歩みを止める気配のない白髪青年の腕を金髪眼帯エルフの青年がガシと掴んで引き止める。


「用件はなんだ? それは俺様の貴重な睡眠よりも優先されることか?」


 白髪青年はあからさまにめんどくさそうである。


「できれば【冒険者ギルドオークション】に付き合って欲しいんだけど……」


 ところが、エルフの青年から『オークション』の言葉が飛び出すと白髪青年の態度が一変する。


「ギルドオークションか! ミカエルそれを早く言え!」


 この青年、俄然ノリノリである。


「レヴィンくんに言われて『アイアンクラッドシリーズ』の両手剣をボクなりにオークションで物色してみたんだけど、一体、どれに入札していいのかさっぱりでね。君の知恵を借りたいのさ」


「おーけー、オークションマイスターの俺様に任せろ。貴様にオークションの真髄を叩き込んでやる」

「真髄とかは別に……どれに入札すればいいのかアドバイスしてくれるだけでいいんだけど」

「まあ、いいからいいから! とにかくオークションに行くぞ!」

 

 そうレヴィンがミカエルの肩をぐいっと抱きかかえる。

「ちょ、ちょっと待ってレヴィンくん」

 すると、金髪眼帯エルフがするりと白髪青年の腕の中から抜け出す。

「なんだ?」

 金髪眼帯エルフの青年が申し訳なさそうに肩をすくめる。



「そのぉー、寮に帰ってシャワーを浴びてきてもいいかな……?」



「は?」

「いや、だって今日はすごく汗をかいたから……」

「は?」

「いや、だって鎧の中って結構れるんだよ? それに重いしさ……脱いでシャワーを浴びて身も心も身軽になりたいんだよ」

「は?」


「お願いだよレヴィンくん! そんな怖い顔をしないでくれ!」


「ふざけるな! 汗がなんだ! オークションはそこの階段を登ったらすぐなんだぞ! 男同士だろ! 気にするな!」


「き、気にするんだよボクは!」


 突然、白髪青年はぐいっとエルフの青年を抱き寄せると、そのきめの細かい白い首筋にくんくんと鼻先を近づける。


「れ、レヴィンくん! な、なにを――」

「別に汗くさくないぞ? むしろこれはこれで悪くない匂い――」


 瞬間、金髪眼帯エルフの青年が長い耳の先まで真っ赤に染めて全力で突き飛ばしてくる。


「レヴィンくんの馬鹿ァァァァァァァァァァ!」


 攻撃役アタッカーではないとは言え聖騎士パラディンは立派な前衛ジョブである。


 シールドバッシュを喰らったクレセントファングよろしく魔導士の青年が軽々と吹き飛ばされたのは言うまでもない。

 ごろごろと床を転がり冒険者ギルドの壁に顔面からドスンと激突する。白髪青年はそのまま動かなくなる。

 

「なに? なに? どしたん? 仲間割れ?」

「自業自得じゃない? あの突き飛ばされた灰色魔導士グレーメイジ……アカデミーでの評判最悪らしいし」

傲岸不遜ごうがんふそんで鼻持ちならないって噂だよね。きっとあのエルフのイケメンになにかひどいことを言ったのよ」

「ほんとだ! 見なよ、あのエルフの男の子、怒りで耳の先まで真っ赤じゃない!」

「あー、ダメだ、これはもう解散だわ」


 図らずもギルド内にいる冒険者たちから好奇という名の『視線のシャワー』を全身に浴びる白髪青年である。ずぶ濡れである。


「レヴィンくん! ごめんなさい! 急いでシャワー浴びてくるから! ちょっとだけ待ってて!」


 ミカエルは早口で叫んで逃げるように走り去ってゆく。

 取り残された白髪青年は何食わぬ顔でむくりと起き上がると、



「いやー、うっかりうっかり。足がもつれて転んでしまった」



 そう大きすぎる独り言を周囲へともらす。


「いやいやいや、無理無理ィ!」

「誤魔化せない誤魔化せない!」

「見てたから! 諦めなよぉ!」


 間髪入れずに冒険者たちから総ツッコミを受ける白髪青年だった。

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