第41話 初めての森林エリア
森林エリアにおける代表的な魔物の中に【クレセントファング】と呼ばれる狼型の魔物が存在する。
鋭い牙の攻撃は強力で動きもちょこまかとすばしっこい。
だが、反面サイズはどちらかと言えば小型で【
20階層を突破したパーティーにとって苦戦する相手とは言えない。ただし、それは単体の場合である――。
「――ミカエル! 〈
銀色の狼は素早くバックステップすると、四肢を真っ直ぐ大地に突き刺し、弾丸を空に撃ち出すかのように背中をグーンの弓型にのけ反らせる。
どうやら銀色の毛並みとこの遠吠えの形が『
「今度こそッ! 止めてみせるよッ! 〈シールドバッシュ〉!」
金髪眼帯エルフの
「くッ、しまっ――」
直後、茂みからさらにもう二体のクレセントファングがバトルに参戦してくる。
ジルたちのパーティーがこの銀色の狼とバトルを初めてかれこれこれで『三十体目のリンク』だ。
リンクとは魔物が魔物に呼応してバトルに新たに参戦してくることを言う。
ちなみにその最上級がスタンピードである。
「だらしがないぞ! 貴様ら! 〈
白髪青年が檄を飛ばす。しかし、ジルたちから返事はない。それどころではないのだ。それぞれがクレセントファングと絶賛戦闘中なのだ。
ミカエルとジルに至っては三体相手に戦っている。
クレセントファングは〈
ダンジョンバトルでのセオリーは各個撃破だ。複数人の話を聞き分けるのが難しいように、複数の魔物と同時に戦うのは骨が折れるのだ。
実際、ジルたちは草原エリアや荒野エリアでは極力魔物がリンクしないように慎重に立ち回ってきた。
だが、森林エリアは視界が悪く開けた場所を探すのに苦労するロケーションで、魔物をリンクさせないようにバトルするには慣れが必要だった。
当然、本日が『初森林エリア』の初心者パーティーにそのような知識も技術もあるはずがなかった。
イケメンたちは額に玉のような汗をにじませている。
呼吸は荒くなり手足も徐々に重くなってゆく。
なにより焦燥感が留まるところを知らない。
個々の撃破はそれほど困難ではないが、倒しても倒してもキリがないのだ。このように終わりが見えないバトルはこのパーティーにとって初めて経験だった。
――その時だ。
セーフティエリアにほど近い狩場でバトルしていたからだろう。
後発の四人パーティーが苦戦する様子を目にして堪らず声をかけてくる。
「君たち! アカデミーの学生だな!」
パーティーリーダーらしき【
「良かったら僕たちが数体ほど引き受けようか?」
永遠に続くと思われたバトルがこれでようやく終わる。ジルたちはあからさに安堵の表情を浮かべる。
ところがだ。白髪青年がなんの相談もなく断りを入れてしまう。
「いや! 手助けは結構! 『リンク狩り』をしてるんだ!」
リンク狩りとは意図的に魔物をリンクさせ経験値や素材を大量に獲得する方法だが、もちろん嘘である。練度が低いせいで囲まれているだけである。
「そうだったのか! 失敬失敬! 邪魔して悪かったな!」
「いや、あんたたちの心遣いに感謝する!」
「気にするな! 冒険者同士! 助け合いが大事だからな!」
「なんだジル? 文句でもあるのか?」
「あるに決まってる! なんで助っ人を追い返したのさ!」
ジルがクレセントファングの脇腹に蹴りを入れノックバックさせながら叫ぶ。
背中合わせの白髪青年は〈スナッチブロウ〉でもう一体のクレセントファングを殴り飛ばしてちゃっかりマナを奪取しつつ平然と答える。
「そりゃこの程度の魔物を自分たちで倒せなければ話にならんからな」
「言いたいことは分かるが! 今日は初日じゃないか! ミカエルもロイスもすでにかなり疲弊している!」
「まあ、二人ともここまでの連戦は初めてだろうからな。だが、ジルは平気だろ?」
「オレか? まあ、まだ余力はあるけど……?」
「良かったな! スタンピードに手を出して痛い目に遭った新人の頃の経験が活きてるんじゃないか? いや、あれはジュリアンだったか!」
「もう! レヴィンの意地悪!」
からかう白髪青年の背中を彼女が唇を尖らせて剣の柄で小突く。
「これはリーダーとしての判断だよ! 一旦、セーフティエリアまで下がって仕切りなおそう! このまま戦い続けてもジリ貧だ!」
「冗談じゃない! 貴様は習うより慣れよという言葉を知らんのか? 実戦でしか得られない経験があるだろうが!」
「死んでしまったら元も子もないじゃん! それともいざとなったらわたしの時みたいにレヴィンが〈キャストオフ・ディストラクション〉を使っくれるわけ?」
「ふざけるな。そうしたら俺様が使い物にならなくなるだろうが!」
「どのみちこのままじゃ誰かが使い物にならなくなるよ!」
白と黒が激しい言い争いを繰り広げていると、離れて戦う赤髪犬耳少年が懇願するような叫び声を発する。
「れ、レヴィンさーん! そろそろマナが切れそうです! 早くぼくのところにも来てくださーい!」
戦闘開始から
しかし、慣れない戦闘スタイルに肉体がついてきていないようだ。そのむき卵のような顔からはあきらかに生気が失われつつある。
「あー、くそったれ、俺様の負けだ。一旦、引こう」
普段生意気な少年の弱々しい姿にさすがの白髪青年も考えを曲げるしかない。
ところがである――。
「――――〈シールドバッシュ〉!!」
瞬間、ぎゃふっと銀色の狼が
なんとミカエルが初めてクレセントファングの〈
「ハァハァ……やったよ! みんなァ! ボク! 止めたよ!!」
金髪眼帯エルフの
「ついにコツを掴んだッ! クレセントファングが背中を反ってから止めに入っても遅いんだ! バックステップと同時に攻撃するのさ!」
ミカエルはプレイトアーマーを大きく上下させている。全身から疲労感が
「ミカエル! そうだ! よく気づいたッ!」
白髪青年が大声で
「〈
白髪青年がここぞとばかりに早口で捲し立ててる。
レヴィンはこのアドバイスを伝えたくて仕方がなかった。しかし、簡単に答えを与えてはイケメン連中のためにならないとぐっと我慢していたのだ。
「任せてくれレヴィンくん! 次もボクが必ず止めてみせるッ!」
ミカエルから威勢のいい声が返ってくる。
白髪青年が勝ち誇った顔でばちーんと黒髪イケメン
「どうする? リーダー? 本当に撤退するのか?」
「くっ……分かったよ……もう少しだけ頑張ってみようじゃないか」
「そうこなくっちゃな!」
「それより! レヴィン! お尻を叩いて〈トランスファー〉しないで!」
「気にすんな! 男同士だろ?」
そう笑いながら
ただ寸前までとは打って変わってその黒い瞳には生気がみなぎっていた。
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