第40話 備えあれば憂いなし?

 ダンジョン探索に向かう前にギルドの購買部で必需品を揃えるのが冒険者のたしなみである。


「レヴィン? いつものように補充するのはポーション類と解体用の自動ナイフだけでいい?」 


 泣きぼくろが特徴的な黒髪のイケメンが尋ねると、目つきの鋭い白髪青年がやれやれとこれ見よがしに肩をすくめる。


「ピクニックにでも行くつもりかジル?」

「ピクニックいいね。楽しそうだ」

「なにが楽しそうだ! 森林エリアを舐めるな! ロイスもミカエルもよく聞け!」 

 お会計に向かおうとするイケメン二人を急いで呼び止める。


「これまでの草原エリアと荒野エリアはしょせんはチュートリアル! 本番は今日から探索する森林エリアからだと言っても過言ではなーいッ!」


 イケメン三人はレヴィンのいつものやつが始まったと視線を交わす。


「21階層からの森林エリアは文字通り木々が鬱蒼うっそうと茂った森林のダンジョンだ。見晴らしの良かったこれまでと比べて視界が極端に狭い。魔物の発見も遅れる。ダンジョン内で迷子になることも珍しくない」


「そう言えば、アカデミートップパーティーのダンテ・ダンテリオンから森林エリアは【セーフティエリア】に戻るのにも苦労すると聞いたな」


 どうやらジルとダンテには接点があるらしい。

 おそらくレヴィンがジルに『パーティーを脱退する』と告げようとしたあの夜以来の付き合いなのだろう。


「それって地上にも戻れないってことだよね?」

「当然だ。転送ポイントである【女神像】はセーフティエリアにしかないからな」

「じゃあ、これまで以上にこまめにマッピングする必要がありますね」


「値段は張るが、自動マッピングしてくれる羽ペン型の魔具マグを買うか? 四人で折半すれば個々の負担は少なくてすむぞ?」


「それならボクが全額出すよ」

「さすがエルフの貴族様! 太っ腹だな!」

「いいんですかミカエルさん?」

「うん。幸いボクはお金にはあまり困ってないからね」


 すると、黒髪イケメン青年が「待ってくれ」と制する。


「ミカエルの気持ちは嬉しいが、リーダーとして許可できない。オレはパーティーに必要なものはパーティーメンバーでお金を出し合って買うべきだと思ってる。それが対等な関係だと考えているからだ」


「ごめん。ジルくんの言う通りだね。君が正しい」


 ミカエルはすぐさま謝罪する。身分の高い出自しゅつじなのだろうが、少しも偉ぶったところがないのはこの金髪眼帯エルフの美徳と言えるだろう。


「でもジルくん、今回は特別に目をつぶってはくれないかい?」


「なにか思うところがあるのか?」

「うん。モデルのお給料を貰ったからさ」

「モデルをして稼いだ汚れた金だと! 喜んで損した!」

「いや、レヴィン。正当な報酬だから」

「モデルの件ではレヴィンくんにも迷惑かけてしまってるしね」

「まったくだ!」

「とは言え、レヴィンくんに個人的になにかを買ってあげるのは違うよね?」

「俺様はそれでも構わんが!」

「レヴィン。少し黙ろうか」


「それならせっかくだしパーティーに還元しようと思ってさ。ダンジョン探索はなにかと入用だからね」


「あの、ジルさん。ぼくもモデルのお給料をパーティーに還元したいです。そうすればパーティーにいる『アンチの人』も少しは大人しくなるかなって」


「おい、ロイス。その『アンチの人』ってのは誰だ?」

「心当たりありませんか?」

「まったくない。俺様は常にパーティーにとって正しいことしか言わんからな」

「あー、怖い怖い。自分のことを正しいと信じて疑わない人が一番怖いですよ」

「文句があるならはっきり言えロイス」

「いいえ。どうせ言っても無駄ですから」


 白髪青年と赤髪犬耳少年が一触即発の空気で睨み合っている。


「はいはい! 二人とも離れて離れて! オレのも含めてモデルのお給料はパーティーに還元するってことにしよう! レヴィンそれでいいな?」


「汚れた金だが、背に腹は代えられん……いいだろう。俺様に迷惑をかけた貴様らに贖罪しょくざいのチャンスやろう!」


「なんでお金を出してもらう人がこんなに偉そうなんですか?」


 不服そうな赤髪犬耳少年を「気にしない気にしない」と黒髪のイケメンは爽やかにいさめると、そのままリーダーらしく気を効かせて話題を変える。


「そうそうレヴィン? もし森で迷子になった場合、やはりダンジョン内で野宿することになるんだろ?」


「そうだ。俺様がジルに『ピクニックにでも行くつもりか』と言ったのは、これまでのように日帰りで探索を終えられるとは限らないからだ」

「それなら野宿に備えて携帯食料や魔物除けの魔具マグなどのアイテムも買い揃えてなきゃですね」

「ふむ。そういうことだロイス」


 すると、金髪眼帯エルフの青年が「参ったな……」と細い眉をひそめる。エルフの好青年がこのように不快感をあらわにするのは珍しいことだった。


「ミカエルどうした? なにか気になることでもあるのか?」


 レヴィンが心配して声をかけると、ミカエルが深刻な口ぶりで尋ねてくる。



「その……レヴィンくんダンジョンで――――は浴びられるかい?」



「…………は?」

 白髪青年が真顔になったのは言うまでもない。


「いや、だって野宿することもあるって君が言うから! 寝る前にシャワーを浴びないなんてボクには耐えられない!」


「ふざけるなミカエル! 我慢しろ! 一日や二日、シャワーを浴びなくても死にはしないだろうが!」


「死にはしないけど、死ぬほど嫌なんだよ!」


「これだから貴族様は! 森林エリアの魔物はこれまでよりも好戦的なんだぞ? そんな危険なダンジョン内でのんきにシャワーを浴びる馬鹿がどこにいる?」


 驚くべきことに普段は物分かりの良い金髪眼帯エルフの青年が、


「だって嫌なものは嫌なんだよ! レヴィンくんにだってどうしても譲れないことはあるだろ?」


 今回に限ってはまったく引き下がる気配がない。

 

「あー、話にならん。ジルからもミカエルになにか言ってやってくれ」

「あ、オレもできればシャワーを浴びたいかな……」

「は?」

「えーっと、ぼくもシャワーを浴びたいです……」

「は?」


 バツが悪いのか黒髪青年と赤髪犬耳少年は白髪青年からそそくさと視線を逸らす。開いた口が塞がらないとはこのことである。


 だが、レヴィン・レヴィアントはすぐにを思い出す――。


 思えば、ジルが『実は女の子』だと発覚した時、彼女の雪のように白く絹のようになめらかな肢体は水滴をまとっていた。

 あれはおそらく自室のシャワーを浴びた直後だったのだろう。

 つまり、ジル・ジェイルハートは白髪青年が間もなくして部屋に来ると知っていたのに慌ててシャワーを浴びるような変態である。


 そして、ロイス・ロリンズが『実は女の子』だと発覚した場所は大浴場だった。

 ロイスは女湯が清掃中だったからというしょーもない理由で【超誘惑体質スーパーテンプテーション】という特大の爆弾を抱えているのにも関わらず男湯に入る変態である。


「レヴィンくん! 近くのギルド職員の人に尋ねたら、完全受注生産らしいんだけどダンジョン内でシャワーを浴びられる最新の魔具マグがあるみたいだよ!」


 金髪眼帯エルフの青年の言葉にイケメン二人が瞳を輝かせる。


「レヴィン! 少々荷物が増えても大丈夫だ! オレたちには【大食漢たいしょくかんのかばん】がある! むしろこの時のために取得したと言っても過言ではない!」


「レヴィンさん! ダンジョン内でシャワー浴びる時は狼耳族ワーウルフのぼくがこの耳と鼻で警戒に当たります! 絶対にみんなを危険な目になんて遭わせません!」


 イケメンたちの火傷しそうなほどの熱意に白髪青年はたまらず壁際に後ずさる。

 イケメンたちが『捨てられた子犬を飼いたいと母親に懇願する子供』のような目でじっーと見つめてくる。

 白髪青年は険しい顔で逡巡しゅんじゅんしてから苦虫を嚙み潰したように絞り出す。


「くそったれ……好きにしろ。言っとくが俺は一銭も出さんからな!」


 三対一である。レヴィンが折れるしかなかった。


『ちゃんと面倒見るんですよ! お母さんは面倒見ませんからね!』


 根負けした母親から渋々許可をもらった兄弟のようにイケメンたちは笑顔を弾けさせるのだった。

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