例えばミカエル・ミンストレルの場合

第39話 イケメン狂騒曲

 先日20階層を突破したからだろう。

 いつにも増してイケメンたちの馬鹿なファンどもがうざい。


「きゃー、ジルさまー! 今日もカッコいいよぉぉぉぉぉ!」

「きゃー、ミカエルさまー! 今日もお美しいですぅぅぅぅぅ!」

「うおー、ロイスきゅーん! 今日もきゃわいいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「邪魔よー! そこの地味な魔導士ィー! ジルさまたちが見えないじゃないのぉぉぉぉぉぉぉ!」


 王立冒険者アカデミーでは朝っぱらこんな調子で、ジルたちが教室を移動するだけで大騒ぎだ。


「あー! もう耐えられん! 脱退する!」

「レヴィン! 深呼吸しよう!」

「レヴィンくん! はい、お水飲んで!」

「レヴィンさん! 〈回復ヒール〉!」


 平穏な日常を馬鹿どもにかき乱される最悪の状況にレヴィンの苛立ちはつのるばかりである。


「くそったれ……なぜこんなことに」


 実のところ最大の要因は別にあった。


 ストラーヴァ城に続く大通りの目立つ場所に、塔のごとき巨大な【水晶鏡クリスタルミラー】がそびえ立っているのだが、数日前から『イケメンモデル』にジョブチェンジしたジルたちが映像の中で四六時中キザなポーズを決めまくっているのだ。


 どうやらジルたちのスポンサー様である大手ブランド『グラングラン』の最新ファッションのプロモーション映像らしい。

 その広告効果はすさまじく王都にある『グラングラン』の本店は連日大盛況。


「ねえ見て! グラングランのモデルの男の子たちじゃない!?」

「やだー! 映像はもちろんだけど! 実物も悪くないじゃん!」

「彼ら冒険者アカデミーの現役の学生よ! しかも成績優秀だって!」

「えー! 将来有望じゃん! 推す推す! 絶対に推しちゃう!」


 にわかに時と人となったジルたちはアカデミー同様、街の若い女性たちの羨望の眼差しを集め街を歩くだけで注目されてしまう状態だった。


「も……モデルだと!? 貴様らどいう了見だッ!」


 レヴィンがイケメンたちに問いただす。


「オレたちははっきりと断ったんだが……半ば強引にプロモーション活動に利用されたんだ」

「これまでお世話になった義理もあるしね。最終的にボクたちが折れるしかなかったのさ……」

「はい。だから正直、ぼくたちもこの状況にとても困惑してます」


 イケメンどもは本意ではないと弁解するが、レヴィンの怒りは収まらない。

 その夜、白熊亭で夜遅くまで同郷の幼馴染ダンテ・ダンテリオンに愚痴を聞かせたのは言うまでもない。


 もっとも、出る杭は打たれると昔から相場は決まっている。イケメンたちをこころよく思っていない人間は少なくなかった。

 自業自得のイケメンどもはから激しい敵視ヘイトを買っているのだ。


 ようやく到着したストラーヴァ城内の冒険者ギルドでジルたちを発見するなり、さっそく冒険者連中が忌々いまいましげに吐き捨てるのである。


「ちーばかしつらが良いからってよ! 女子供は騒ぎすぎなんだよ!」

「どうせ冒険者として大した実力もないんだぜ?」

「そうそう! 若さと見た目の良さだけでチヤホヤされてるだけだろ?」

「くだらねえ! 冒険者とって大事なのは顔じゃねえ! 実力だろ!」

「顔だけの連中がもてはやされるとかよぉ! 冒険者も終わりだぜ!」


 周囲のいかついベテラン冒険者たちが苛立ちをあらわにして賛同する。


「まったくなげかわしい! たかが20階層を突破したにすぎないアカデミーの学生の分際でモデルとは! 生意気なイケメンどもだ!」


 中でも目つきの鋭い魔導士の青年が誰よりも激しく同意していた。


「あんちゃん詳しいな? イケメンどもの知り合いか?」

「アカデミーの同期だ」

「そりゃ災難だな。同期にあんな目立つ連中がいちゃ堪ったもんじゃねえだろ?」

「ああ! 周囲が騒がしくて迷惑してる! こっちは平穏な学生生活を過ごし、思う存分勉学に励みたいというのに!」


 白髪の青年はさらにヒートアップして続ける。


「おかしいだろ! 学生冒険者ごときがファッションブランドのモデルをしてるとか? 百歩譲ってモデルをするにしてもだ! まずは冒険者としての確固たる実力を世に示してからではないのか! それがすじってもんじゃないのか!」


「お、おう……」

「そ、そうだな……」


 青年の凄まじい熱量に周囲の冒険者たちは若干引いている。


「どう思う? あんたたち? ベテラン冒険者の意見を聞かせてくれ!」

「確かにな……俺たちの若い頃はよ、真の実力者が憧れの対象だったよ」

「そうそう、実力者パーティーの強敵との熱いバトルや新たな階層に足を踏み入れたなんてニュースに胸が熱くなったもんよ!」

「だな。それが『ダンジョン配信ブーム』だなんだのって最近じゃ実力は二の次だからな……」

「だよな! 顔が良いだの、喋りが達者だの、ちゃらちゃらした冒険者が注目される時代になっちまった!」

「そんな連中に憧れた若い冒険者が、腕を磨くより見た目や喋りを磨くもんだからよ、冒険者の質は年々下がる一方だぜ!」


「同感だ! 冒険者たるもの第一に実力だ! 命をして己を磨き! 無理無謀と言われようとも強大な魔物に挑み! 死闘の末に未知なる階層を踏破する! そういう真の冒険者が誰よりも評価されるべきなのだ!」


 気づけば白髪の青年が、いかつい冒険者たちの中心で熱弁をふるっている。


「嬉しいぜ! あんちゃんのような気骨のある若い冒険者がいてくれてよぉ!」

「まったくだ! 俺たちのような古株の冒険者はもうお呼びじゃねえのかと思ってたんだがなぁ」

「おう! あんちゃんのような若いのがいるなら、冒険者稼業もまだまだ捨てたもんじゃねえな!」


「任せてくれ! あんたたちがこれまで命がけで繋いできた冒険者魂は俺様がしっかりと引き継ぐ! 浮ついたイケメンどもを実力で必ず分からせてやる!」


「よく言った! 俺たちはあんちゃんを応援してるぜえ!」

「見た目はイケメンじゃねえかもしれねえ! だがよ! あんちゃんの中身は間違いなくイケメンだぜ!」

 

 なぜか最終的に冒険者ギルドの中心で白髪青年はいかつい冒険者たちに胴上げされていた。

 その様子を遠目で眺めていた赤髪犬耳少年が真顔でつぶやく。


「ジルさん……は……なにをしてんるんですか?」

「うーん、『アンチ活動』かな……?」

「なんでもぼくたちは『一番のアンチ』とパーティーを組んでるんでしょうか」

「まったくなんでだろうな」

 黒髪青年と赤髪犬耳少年が顔を見合わせ苦笑する。


「レヴィンくんにはレヴィンくんなりの計算があるんじゃない?」


 すかさず金髪眼帯エルフの好青年がフォローする。

「例えば?」


「例えば……ボクたちに向けられた敵視ヘイトをああやって渦中に飛び込んでうやむやにしてくれているとか? 彼、意外と優しいところあるしさ」


 即座に黒髪青年と赤髪犬耳少年が首を横に振る。


「残念だがそれはないミカエル」

「残念ですけどそれはありませんミカエルさん」


「え? そうなんだ?」


「彼はただただ本気なんだ」

「はい。あれは噓偽りないあの人の本心です」


「そ、そうなんだ。レヴィンくんらしいと言えばらしいのかな……?」


 さすがのエルフの好青年にもこれ以上のフォローは無理だった。


「それにしても二人はレヴィンくんことよく理解してるんだね」


 金髪眼帯エルフの青年が褒めると、

「いや、まあ……」

「そう、ですかね……」

 二人は途端に黙り込む。

 なにか不味いことでも言っってしまったのかと心配になったが、よく見たら二人の顔は満更でもなさそうだった。

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