第33話 捻くれ者の意地
「なん……だと? メンテナンスだと……?」
白髪青年が『緊急メンテナンス。関係者以外立ち入り禁止』の立て札の前で眉毛をひくつかせている。
意気揚々とやってきた冒険者ギルドの二階だったが、今夜に限ってギルドオークションは朝まで利用することができなかった。
「人間にもオークションにも『睡眠』は必要ってことで。レヴィンさんが知らないだけで、もしかしたらダンジョンも時々は寝てるのかもしれませんよ?」
白髪青年は背後をギロリと睨みつける。赤髪犬耳少年は『言ったのはぼくじゃありません』とばかりに素知らぬ顔を浮かべている。
「丁度いい頃合いだ! 今日はここで解散しよう! それと明日から三日間。ダンジョン探索は休みにしようと思う! それぞれアカデミーの単位取得に
リーダーの黒髪イケメン青年の解散宣言に残りのイケメンたちが頷き学生寮へと歩き出す。ところが、白髪青年だけは別の方角に進んでゆく。
イケメンたちが心配そうに声を掛ける。
「レヴィンくん? 大丈夫? 寮はこっちだよ?」
「レヴィン? まだ酔ってる? 今度はオレがだっこしようか?」
「レヴィンさん
「うるさいうるさいうるさい! 俺様は最初っから酔ってない! 酔ってないが……少し夜風に当たってから帰る!」
あくまで認めようとしない白髪青年に「あまり遅くならないようにね!」とイケメンたちは笑いながら去ってゆく。
白髪青年は星空をひとつ見上げて、街の
(まあ、夜風にあたっていればそのうち酔いも覚めるだろう……)
そうしてふわふわとした足取りでアカデミー方面に向かう。
やがて白髪青年は【王立冒険者アカデミー】の一角にある【冒険者ライブラリー】にたどり着く。
それぞれに【
この【冒険者ライブラリー】では【
実際、こんな夜更けでも物好きな連中がダンジョンが映し出された【
「……今夜は少ない方だな」
試験前ともなるとこの10倍は学生がいるだろう。
数人の学生が白髪青年の存在に気づいて小さく会釈してくる。レヴィンは不愛想に頷く。
常連のレヴィンには幾人かの顔見知りがいる。しかし、ご覧の通り言葉を交わすことはない。アカデミーの学生なのは確かだろうが、どこの誰でなんのジョブなのかはまったく知らない。
(そもそも、
勉学や探究とはソロでダンジョンに挑むがごとき孤独な戦いなのだ。同時にその孤独な時間は他者の介入を許さぬ己だけの聖域でもある。むやみに触れるは無粋だ。
ただただ視界の端に顔見知りの連中がいて『自分と同じように今日も孤独に戦っている』そう思えるだけで互いの存在意義としては十分なのだ。
白髪青年は部屋の
「イケメンどもに大口を叩いた手前、俺が一番詳しくないと恰好がつかんからな」
レヴィン・レヴィアントは『偉そうに振舞うからには偉そうに振舞えるだけの知識や実力が必要だ』と考えてる。
「くくく、イケメンどもにマウントを取るのが今から楽しみだ」
もっとも、その原動力が誠実さや綺麗ごとではなく、
『顔で負けても知識や実力だけはイケメンどもに絶対に負けたくない』
という意地だったりするあたりが捻くれ者の彼らしいと言えるのだった。
◆◇◆◇◆
「――くそったれ、ここらが限界だな。続きはまた明日だ」
白髪青年は大きく
レヴィンは顔見知り連中に会釈して真夜中のライブラリーを後にする。
「……ふむ。大浴場に寄って頭も身体もすっきりさせてから帰るか」
冒険者アカデミーの寮に備え付けられた大浴場もまた朝から晩まで寮生なら自由に利用可能なのだ。
「ちょっと待てよ……まさかギルドオークションのように今日に限って大浴場もメンテナンスとかないだろうな」
悪い予感ほどよく当たると言うが、
「お! 最後に運命の女神ルナロッサが俺様に微笑んだな!」
案の定、大浴場は清掃中ではあった。しかし、幸いなことにそれは女性浴場だけで男性浴場は通常通り使用可能だった。
レヴィンは喜び
誰もいない。貸し切り状態だ。真夜中のテンションも手伝って白髪青年は放り投げる勢いで豪快に服を脱ぎ捨てる。
素っ裸になると股間を揺らしながら全力ダッシュ。
「ひゃっほぉー!」
奇声を大浴場に響かせながら湯舟にどぶんっとダイブする。
しばし白髪青年は
「ハァー、生き返る」
そんな極上のひと時を満喫している最中だった――。
――――カコンッ。
風呂桶と床が衝突するかのような甲高い音が鼓膜をつんざく。
すぐさま白髪青年は音の方角に鋭利な視線を飛ばす。
しかし、濃い湯気に視界を
「おい……? 誰かいるのか……?」
返事はない。白髪青年の声が大浴場に虚しく響くのみ。
(……俺の気のせいか? いや、そんなはずはない。怪しいな……)
「おい! 誰かいるんだろ! 答えろ! どうしてなにも答えない!」
さらに強めに問いかけるが、やはり返事はない。
「なんだァ! 気のせいかァー! こんな時間に誰かいるわけないよなァー!」
白髪青年はわざとらしいほどの大きな声を反響させる。
同時だ――湯船から素早く飛び出し音のした方角へと
湯けむりの中にかすかな人型なシルエットを補足――迷わずレヴィンは腕を伸ばし無言の
指先に感じる柔らかな肌の感触。予想通り何者かが潜んでいた。
「よーしッ! 捕まえたッ!」
そう確信した瞬間である――白髪青年の手が大きく天井方向に弾き飛ばされる。
(こいつ……俺の手を軽々と振りほどきやがったッ!)
ジョブのアビリティ能力が100%発揮されないダンジョン外での生身の戦いで後れを取るレヴィンではない。少なくとも、寮生の誰かに『簡単にあしらわれる』などとは微塵も思っていなかった。
(一体、何者だ……?)
白髪青年が認知していない寮生か。それとも外部の人間か。なんにせよ只者ではないだろう。
「まあ、何者だろうが知ったことか……」
戦闘モードの白髪青年が口元に不敵な笑みを浮かべる。
「要は相手にとって不足はないってことだろォ! おいッ! 姿を現せえ! レヴィン・レヴィアント様が相手になってやるッ!」
白髪青年が湯気を吹き飛ばす勢いで叫ぶ。
直後だ――なんと濃厚な湯けむりの中から――生まれたままの姿の『赤髪犬耳少女』が現れたのだ。
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