第34話 大浴場で大欲情?

(なんだ……この状況は? 俺は一体、なにに付き合わされてるんだ……?)


 レヴィン・レヴィアントは不可解なことに『赤髪犬耳少女』ことロイス・ロリンズと少し距離を開けて仲良く湯舟に浸かっている。いい湯である。


『このまま裸で対峙していては湯冷めしてしまう』

『一旦、風呂にでも浸かって気持ちを落ち着かせよう』

 

 そう湯舟に誘導したのは白髪青年なのだが、改めて冷静になってみると頭のおかしい状況だと言わざるを得ない。

 ずっと男だと信じていたパーティーメンバーが『実は女の子』で、しかも互いに素っ裸とか夢なら早く覚めて欲しい。


 白髪青年は「あー、くそ……」と片手で髪をかき混ぜる。


(聞きたいことが多すぎて、なにから質問していいのやらさっぱら分からん……)


 とりあえず、ぐすんぐすんと鼻をすすっていた少女がようやく平静を取り戻してきたようなので、まずは軽めの質問からぶつけてみる。


「ロイス。ここは男湯だぞ? 女湯は隣だ。理解してるのか?」


 最初の質問が本当これで正しかったのかは永遠の謎である。


「……はい」


「はいって……理解してるならどうして? 女の貴様が男湯に入るのはおかしいだろうが! ん? いや……いいのか? 普段のお前は男だから男湯に入るのが正解なのか? あれ? どっちなんだ……?」


 言ってて訳が分からなくなってくる。どうやら白髪青年は自分で思うよりたいぶ混乱しているらしい。


「そうか! ロイス! 貴様……夜な夜な男湯に忍び込むことにこの上ないよろこびを感じる特殊な性癖の持ち主なん――」


「違います! そんなわけないでしょ! レヴィンさん馬鹿なんですか!」


 すぐさま赤髪犬耳少女がお湯をバチャバチャと叩きながら否定する。


 例えば緊張している時、さらに自分よりも緊張している人物を目の当たりにすると妙に落ち着いたりする。それと同じ現象が彼女にも起きているらしい。

 寸前までのか弱い姿が嘘のように見慣れた生意気な姿を取り戻している。


「変態じゃないならなんだ?」

「女性浴場が清掃中だったからに決まってるでしょ!」

「は? 仮に男湯が清掃中だったとしても俺様は女湯には入らんが?」

「あ、それは……そうなんですけど……」

「ふむ。やはり変態ではないか」


「ち、違います! どうしてもお風呂に入りたかったんです! 最後にさっぱり綺麗な身体で記念すべき一日を締めたかったんです。それで、絶対にこの時間なら……誰もいないと思って……」


「軽率なやつめ! 結果、俺様に見つかってるではないか!」

「いやいや、息を潜めてやり過ごすつもりだったんです! まさか捕まえにくるなんて思わないじゃないですか?」

「は? まさか俺様が悪いと言いたいのか?」

「……すみません。ぼくが悪いです。反省してます……20階層を無事突破してほっとして気が緩んでたんです……」


 少女の頭上の犬耳が申し訳なさそうにしゅんと垂れ下がる。


「まあ、なんでもいい。俺はなにも見なかった。貴様も誰とも会わなかった。互いに今夜のことはお湯に流して忘れよう。それでいいな?」


「え? なんですかレヴィンさん? そのやけに物分かりのいい態度は? 逆に怖いんですけど……」


 ロイスが湯舟の中で柔肌を防御するみたいに抱きしめている。


「ふざけるな。俺様をなんだと思ってるんだ? 単純に厄介ごとに巻き込まれるのが嫌なだけだ」

「うわ、すごくレヴィンさんぽい答えだ」

 ロイスがひどく納得している。


「でも……本当にいいんですか……? ぼくが『実は女の子』だってことをみんなに内緒にしてくれるってことですよね……?」 


「そういうことだ。その代わり俺様が真夜中の大浴場ではしゃいでいたことも誰にも言うなよ?」

「ふふ、レヴィンさんもはしゃぐことあるんですね」

「なにを笑ってる?」

「いいえ、笑ってないです」


「とにかく! 俺様は自他ともに認める実利主義者だ。貴様が男だろうが女だろうが関係ない! 白魔導士ホワイトメイジとしてダンジョンできちっと仕事さえすれば文句は言わん」


「ああ、それもレヴィンさんぽい答えだ」

「だがロイス! 今回の件をきっかけにポンコツになるようなことがあれば絶対に許さんからな!」


 誰とは言わないが『実は女の子』だと発覚して翌日ポンコツになった人物のことを白髪青年はよく知っている。

 すると、赤髪犬耳少女が鼻先が湯舟にひっつく勢いでうつむく。


「レヴィンさんはぼくがジルさんやミカエルさんに隠し事をしていることも責めないですね……どうしてですか?」


 白髪青年はくだらないとばかりに湯舟の中で大きく肩をすくめる。


「馬鹿は貴様のほうだな! 生きてりゃ誰しも隠し事のひとつやふたつあるだろうが! それをいちいち気にして詮索してたら疲れるだけだ」


 白髪青年の脳裏には明確に隠し事をしてる青年、いや、泣きぼくろが特徴的な彼女の顔が思い浮かんでいる。


「意外です。レヴィンさんは身近な人に隠し事をされても怒らないんですね」 

「は? ふざけんな怒るに決まってるだろ?」

「ええ……もうなんなんですか、意味が分かんない」


「意味は分かるだろ。隠し事によって俺様がいちじるしく不利益をこうむるだとか、俺様をおとしめるための隠し事だというのなら看過かんかできん。しかし、その隠し事が個人の尊厳を守るだめだとか、やむにやまれぬ事情があるとかなら、不愉快だが好きにすればいいと思っているだけだ」


「なるほど。そういう意味では……ぼくの隠し事は『後者』に当たると思います」


「なら気にするな。そもそも、ロイスだけじゃない。白熊亭での口ぶりからしてミカエルだってなにかしらの家庭の事情を隠してそうだったしな」

「確かにそんな口ぶりでした」

「ロイスはそれを詮索するのか? なんで隠し事をしてるんですかと責めるのか?」


「ぼくがミカエルさんにそんなことするわけないじゃないですか! 彼はぼくたちを貶めるような人じゃありません!」


 直後、白髪青年が唇の端を持ち上げる。

「よく分かってるじゃないか」

「……あ」


「問題は解決だな。俺様はもう出る。これ以上、湯につかってたら魔核コアを破壊されたスライムみたいにドロドロにとろけてしまいそうだ」


 白髪青年は湯舟を大きく波打たせながら立ち上がる。若干、くらっとした。長居は無用である。

「貴様も誰かに見つかる前にとっと引き上げろ。俺様以外の誰かに見つかったらしゃれにならんからな」

 レヴィンは足早に脱衣所に向かう。ところが、「待ってください!」と赤髪犬耳少女が引き止めてくる。

「なんだ? まだなにかあるのか?」


「最後にこれだけ答え欲しいんですが……」


 そこまで口にして赤髪犬耳少女がもじもじと言いあぐねている。

「おい! 言いたいことがあるなら早くしろ! もう限界なんだ!」

 急かされ赤髪犬耳少女が意を決して口を開く。



「れ……レヴィンさんは! 裸のぼくを見て『欲情』してないんですか!?」



 直後、大浴場の時が止まったのは言うまでもない。

 白髪青年はツーっと流れる額の汗をおもむろにぬぐってから言葉を絞り出す。


「――――『浴場』だけにってか? つまらんぞロイス」


「冗談で言ってるんじゃありません! ぼくは本気です!」

「なら答えてやる。見ての通り俺様の股間はぴくりとも反応していない」

「み、見せなくていいです! レヴィンさんの馬鹿! 変態!」

「誰が変態だ! 先に変な質問をしてきたのは貴様だろうが!」



「変な質問なんかじゃありません! ぼくにとってこれは切実な質問なんです! なぜならぼくは【超誘惑体質スーパーテンプテーション】なんです!」



 赤髪犬耳少女の叫びがこだまする。聞き慣れない言葉に再び大浴場の時が止まったのは言うまでもないことだった。

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