第31話 赤髪犬耳少年の決意

 続いて白髪青年は赤髪犬耳少年に鋭い視線を向ける。


「ロイス。貴様はどうなんだ? 強くなる気はあるのか? ないなら早めにパーティーを抜けることをオススメするぞ。周りがどんどん強くなってゆくのに自分だけ弱っちいままなのは居たたまれないからな」


 レヴィンが挑発するとロイスがあからさまにムッとした表情を浮かべる。


「偉そうなこと言わないでください! レヴィンさんよりぼくのほうがこのパーティーは長いんだ……ぼくにとってこのパーティーはようやく見つけた居場所なんだ! 出てゆく気なんてありませんから!」


 ロイスは本気で怒っている。良い傾向である。


(これだけ強い気持ちがあるなら、ロイスも簡単には折れたりしないだろう)


 白髪青年はひそかに仲間たちのことを試していた。レヴィンは知っているのだ。父や母から無限迷宮が甘い場所ではないということを聞かされて。

 事実、優れた冒険者だった両親はレヴィンが幼い頃に帰らぬ人となった――。


 強くなるためには辛いことは多いだろう。決して楽しいことばかりではない。なにより強い気持ちがなければ努力は続かない。

 原動力はなんだって構わない。『女の子にモテたい!』という欲望だけでアカデミー最強パーティーのリーダーをやってるふざけた幼馴染がいるくらいだ。

 ロイスの『この場所を守りたい』という気持ちが本物ならきっと大丈夫だ。


「で! レヴィンさん! 強くなるためにぼくはどうすればいいんですか!」


 食って掛かって来る赤髪犬耳少年に、小さな身体できゃんきゃんと威嚇いかくしてくる子犬の姿を重ねて白髪青年は口元をほころばせる。


「今後は攻撃魔法のことを考慮して『魔力UP』の付与効果のついた武器を一本くらいは持つべきだな。どうせ貴様の装備は『回復力UP』の一辺倒なんだろ?」

「当たり前じゃないですか。ぼくは回復役ヒーラーなんですよ? 回復が仕事なんです。攻撃なんてこれまですることありませんでしたし」


「俺様は前々からその固定観念が気に入らん! 回復役ヒーラーが攻撃してはいけないなんて誰が決めたんだ?」 


 レヴィンは鼻息荒くジョッキをテーブルに叩きつける。案の定、通りすがりの褐色メイドに「はーい、没収でーす」とジョッキを華麗にスティールされる。


「だが、レヴィン。やはり回復役ヒーラーが攻撃参加するのはリスクが高くないか? 双剣士ブレイバーのオレよりも回復役ヒーラーのほうがさらに紙防御なんだから」


「ただでさえ敵視ヘイトを稼ぎやすい回復行動に攻撃行動まで加わるとなると盾役タンクのボクとしては気が気じゃないな。回復役ヒーラーが倒されようものならパーティーはいともたやすく崩壊してしまうからね」

 

 黒髪と金髪のイケメンがすぐさま異論を唱える。だから白髪青年は自信たっぷりに切り返す。


「その通りだ! 分かってるじゃないか! 褒めてやろう! どうやら貴様らは馬鹿ではないらしい!」


「いや、固定観念どうこう言うなら認めちゃだめでしょ……」


 赤髪のイケメンが呆れているが、レヴィンは意に介することなく続ける。


「だがしかーし! 貴様らが口にするリスクをリターンが上回るとしたらどうだ? 話は違ってくるだろ?」


 ロイスがぶんぶんと首を振る。


「いやいや、レヴィンさん。リターンって今日のようにぼくを強化することが前提でしょ? だとしたらそのリソースをジルさんに集中させたほうが効率的だと思うんですけど?」


「一極集中はリスクを高めるだけだろうが! それこそジルが倒されたらパーティーは終わりだぞ? できるだけリスクは分散すべきだ」


「まあ、一理ありますね……」

 ロイスが己の浅慮せんりょを恥じるように肩を落とす。


「だが、ジルがエースなのは間違いない。ロイスの言うように道中の魔物ならばジルの火力でごり押したほうが効率がいいのは確かだろう」


「ケースバイケースってことだよね?」

 ニコニコと尋ねてくる金髪眼帯エルフに白髪青年は「ふむ」と頷き薄切りのチーズを指先でつまんでぱくりと食べる。



無限迷宮ダンジョンの魔物は多種多様だ。さまざまな戦術を求められる。そのためにより多くの手札を持っていて損はない。回復役ヒーラーだって回復以外の仕事をこなせるほうがいいに決まってる。固定観念に縛られて回復役ヒーラーの可能性を排除してしまうなんてナンセンス極まりない。これが俺様の考えだ。文句あるか?」


 

 ジルが「ないよ」と楽しそうに肩を揺らす。

「レヴィンって面白いよね。一見すると意固地そうなのに実際はオレたちの誰よりもフレキシブルなんだからさ」

「口は悪いけど、実は気遣いがあったりギャップがあるよね。今もさりげなくロイスくんのことフォローしてたしさ」

「いちいち言動が偉そうですけど、レヴィンさんがぼくたちのことを真剣に考えてくれてるのは分かります」


 白髪青年は唖然と固まってしまう。パーティーメンバーから褒められ慣れていないのだ。どうリアクションしていいのか皆目見当もつかない。

 レヴィンは気まずさを誤魔化そうとテーブルのジョッキに手を伸ばす。

「ああ! くそったれ! 俺様のはキャロに持ってかれたんだった!」

 慌ててジルのジョッキを奪いぐいっと傾ける。


「レヴィン! それ濃いめのダンジョンラズベリーの果実酒かじつしゅだけど大丈夫……そうじゃないね」


「げほっげほっげほっげほっ!」

「もう、そんなにお酒が強くないのに濃いのを一気に飲み干すから」

 ジルが笑いながらレヴィンの背中をさする。それを見て対面のイケメン二人がくすくすと笑っている。

「どうぞ。レヴィンくんお水だよ」

 白髪青年は「よこせ!」とグラスをひったくるとぐびぐびと水を流し込む。

「レヴィンさん回復魔法ヒールしてあげましょうか?」

「いらん!」

 白髪青年はどんとコップの底をテーブルに叩きつける。


「要するに! リスクがリターンを上回れば白魔導士ホワイトメイジの攻撃参加をパーティー戦術に組み込むメリットは十分にあるってことだ!」


 レヴィンは話題を強引に本題へと戻す。イケメン三人がこっちを見ながらにやにやと笑っているが無視だ無視。


「例えばダンジョンの宝箱からドロップする魔導士系のロッドには状態異常効果が付与されたものが多い。麻痺やマナ奪取や睡眠などさまざまだ。だが、基本的に直接的に魔物を攻撃しない魔導士にとって現状それらは宝の持ち腐れだ」


「そうか! でも、今日のように直接的に魔物を殴るならそれらの付与効果も活きてますよね?」

「ロイス! そういうことだ!」

「おお! ならこれまで以上にダンジョンで宝箱を狙おうじゃないか!」

「特定のアイテムをドロップする魔物も積極的に狩らないとだね」

「……うーん。二人とも待ってください。そんなに都合よく欲しい付与効果を持つ装備がドロップするでしょうか?」

 ロイスの指摘に二人のイケメンが途端に黙り込む。


「は? 貴様らなにを寝ぼけたことを言っている? 【冒険者ギルドオークション】を利用すればてっとり早いだろうが?」


 白髪青年がさも当然だとばかりに告げると、


「冒険者ギルドオークション……?」


 イケメン三人が不思議そうに顔を見合わせるのである。

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