例えばロイス・ロリンズの場合

第24話 赤髪犬耳少女

 全裸の白髪青年が静まり返った深夜の大浴場で愕然と立ち尽くしている。


(俺だけの貸し切り状態だったはずではなかったのか……)


 なぜならば、濃厚な湯けむりの中から――生まれたままの姿の少女が突如として現れたからである。

 全体的に控えめな肢体したいは一見すれば少年に見えなくもない。だが、生物学上の男ならば股間に装備していなければならないそれが眼前の人物には存在していない。


(ひょっとして狼耳族ワーウルフか……?)


 知り合いの狼耳族ワーウルフと同様に赤髪から生えた犬耳が特徴的な少女である。


(いやいや、待て待て、ここは男湯だぞ? なぜ裸の少女がいるんだ……深夜なら誰も入ってこないと高をくくってに忍び込んだのか?)


 赤髪犬耳少女も大きな丸い目でレヴィンの顔を見つめたまま愕然と固まっている。


(こいつふざけやがって……なぜ貴様が驚く? 男湯に忍び込んだのは貴様のほうだろうが! あ、いや、まさか……男湯と知らずに入っていたのか……?)


 白髪青年にはさっぱり状況が理解できない。あまりに不可解で困惑を通り越してむしろ腹立たしさを感じるほどだ。

 じりじりと無言の時間だけが過ぎてゆく。少女のほんのり火照ほてった玉のような肌を大粒のしずくが流れ落ちる。


「最悪だ……レヴィンさんがなぜ……」


 赤髪犬耳少女がようやく声を絞り出す。


「貴様! なぜ俺様の名前を? 一体、何者だ!」


 白髪青年は赤髪犬耳少女を睨みつける。この少女に見覚えはない。だが、不思議なことにその声はどこか聞き覚えがある。


「あ、いえ、その、ぼくは……」


 赤髪犬耳少女は激しく動揺して逃げるように後ずさる。

 瞬間である。赤髪犬耳少女が濡れたタイルに足の裏を滑らせてゴツンと後頭部から転倒する。少女が大股を開いた姿で床に転がる。


 デジャヴである。最近、別の場所で同じような光景を見たような気がする。


 犬耳赤髪少女が床に転がったまま小刻みに震えている。

「おい? 大丈夫か……?」

 やがて少女は顔を両手で覆いしくしくと泣き始める。


「痛いのか? 頭か!? 医務室に行くか!? それとも誰か呼ぶか!?」


 途端に慌てふためく白髪青年。助け起こしたいが、その赤ん坊のような柔肌やわはだに許可なく触れていいのか判断しかねて白髪青年は股間をぶらぶらと揺らしながら少女の周りを忙しなく動き回ることしかできない。

 犬耳赤髪少女がうわ言のように漏らす。

「終わりだ……せっかく最高のパーティーに巡り合えたと思ったのに……」

 その聞き馴染みのある声に白髪青年は確信する。


「貴様……もしかしてか……?」


 そんな時だった。少女の悲痛な声が大浴場に反響する。



「しかも、レヴィンさんに裸を見られた……もう、お嫁に行けないよぉ!」



「お前もかッ!」


 直後、白髪青年の魂の叫びが炸裂したのは言うまでもないことだった。


(今日は20階層を突破して祝勝ムードだったはずなのに――俺はなんでこんなくそ面倒なことに巻き込まれているんだ……)

  

          ◆◇◆◇◆


 荒野エリアのボスを討伐するためレヴィンたちは20階層に降り立つ。

 レヴィンは感慨深そうに周囲を見回す。


「殺風景な荒野エリアとも今日でおさらばか……心から清々せいせいするな!」


 白髪青年の心底うんざりだと言わんばかりの口ぶりにジルたちが一斉に笑う。もっとも、皆、レヴィンと気持ちは同じである。


 岩とひび割れた大地。どんよりとした薄曇りの空が延々と続く灰色の世界。変わり映えのしない荒野エリアの景色は冒険者の心も殺伐とさせるのだ。

「統計的に荒野エリアで解散するパーティーが多いというのも納得だね」

 金髪眼帯エルフが苦笑する。


 実のところレヴィンたちのパーティーの実力からして20階層のボスを討伐することはもっと早くに可能だった。だが、どうしてもゲットしておきたい魔具マグの素材があったため、予定より一か月ほど長く荒野エリアにとどまることにしたのだ。


 それは【大食漢たいしょくかんのかばん】と呼ばれる大容量の収納魔具で、作成するのに荒野エリアに生息する【ビッグイーター】と呼ばれるミミズ型の巨大な魔物の胃袋を必要とするのだ。


「ビッグイーターにはまいった。中ボスクラスの強さを誇る上に、地中を移動するため神出鬼没ときたもんだ」

 ジルがおおげさに首をすくめてみせる。

「まったくだ。しかも素材の希少性からライバルも多い。ビッグイーターハンターなんて専門の稼ぎ屋バウンティーハンターがいるとはくそったれ……」

「ボクたちのパーティーには索敵が得意なジョブがいない。【狩人ハンター】や【盗人シーフ】なんかにはどうしても後れを取ってしまうよね」

「お陰で四人分の素材をゲットするのに結構な時間がかかってしまいましたね」


「だけど、時間を費やした価値はあっただろ?」


 力強いジルの言葉に全員が腰に装備した【大食漢たいしょくかんのかばん】を見つめながらしっかりと頷く。

 大量の武器やアイテムや素材を身軽に持ち歩くことのできるメリットはなにものにも代えがたいのである。


「さあ! もうこの地に思い残すことはない! エリアボスを討伐して新たな世界の扉を開こうじゃないか!」


 そう黒髪イケメン双剣士ブレイバーが勝気な表情で双剣を抜き放つのである。

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