第23話 表裏一体
レヴィンの脳裏にあの日の光景が鮮明に蘇る————。
「ジル・ジェイルハート! 話があるッ!」
それは雪のように白く、絹のように
想定外の展開に白髪青年は拘束魔法でも喰らったみたいに固まってしまう。相手の黒髪女性も青ざめた顔で石化している。
————レヴィンの喉がごくりと鳴る。
「偶然の出来事だとばかり思っていたが違っていたのか……」
彼女は前もってレヴィンが部屋に来ることを知っていたのだ。
考えてみれば、デートの対策を事前に立ててくるような用意周到な人物だ。部屋の鍵をかけ忘れるだろうか。
いや、そもそも秘密をうっかり漏らすようなドジな真似をするだろうか。
少なくとも、目の前で変身されなければレヴィンは彼女とジルが同一人物であるという確信を持てなかっただろう。
レヴィンはうつむき声を絞り出す。
「すべては……貴様の計画通りということか?」
彼女が平然と答える。「うん」と。彼女はさらに続ける。
「幻滅した?」
レヴィンは小さく頭を振る。「分からん」と。
「貴様がなぜこんな込み入った真似を俺様に仕掛けたのか理由が分からん。それが分からなければ幻滅のしようもない」
彼女は「レヴィンらしい答えだ」と嬉しそうに笑う。
「理由は簡単だ。どんな手を使ってもわたしはレヴィンが欲しかったんだ」
「欲しい? 俺様はすでに貴様のパーティーのメンバーだろ?」
「『今』はね」
「どういう意味だ?」
「わたしは現在の
「それは否定できん」
「良くも悪くもわたしたちのパーティーは注目を集めている。いずれわたしたち以外にもレヴィンの有能さに気づく者は現れるはずだ」
薄暗闇に
「その時、他の優秀なパーティーから誘いを受けたレヴィンがわたしたちのパーティーを去らないとは言い切れないでしょ?」
「それも否定できん」レヴィンは即答する。
「俺様は冒険者の高みを目指している。100階層のその先を目指している。それらを達成する可能性のより高いパーティーが
「否定はできないな」彼女もまた即答する。
「だからわたしは貴方を引き留めるために『完璧に出し抜く』ことにした」
「ご丁寧に偶然を装って女であることを俺様に見せつけたのも計画の一環か?」
「うん。印象に強く残るようにと考えた苦肉の策だね……ただ全裸を見られてしまったのはさすがに想定外だったけど……」
彼女ははにかんでうつむく。
「待て? まさかダンテの口から計画が漏れたのも想定内か……?」
「そう。『出し抜かれた』という事実をレヴィンに最も効果的に突き付けるために彼に一役買ってもらうことにしたんだ」
「ああ! 完膚なきまで出し抜かれた! 言い訳のしようがないほど見事にな!」
レヴィンがベンチの背もたれを拳で叩く。
「だが、それがなぜ俺様をパーティーに引き留める理由になる? むしろ不愉快極まりない! 仲間を平気で騙すようなリーダーがいるパーティーに残りたいと?」
「うん。不愉快極まりないからこそ君は残る」
彼女が断言する。
「大した自信だな! 根拠は?」
「以前、君がわたしに自ら語ったように『レヴィン・レヴィアントは物事を自分にとって有益かどうかで判断する人』だからだ」
黒髪の彼女が勝ち誇ったように笑ってみせる。
「その君から見て今のわたしは――どう映ってる?」
白髪青年は脱力するように星々が輝く夜空を見上げしかない。
「くそったれ……そういうことか」
彼女の意図をすべて理解してしまったからだ。
悔しいが今のレヴィンには彼女が恐ろしいほど優秀な人材として映っている。少なくとも絶対に敵に回したくない相手だと思っている。
「うん。そういうこと。わたしが有益な存在である限りレヴィン・レヴィアントという人はわたしのことを決して見限らない」
「どうやら俺様は貴様のことを見誤っていたらしいな……ふざけやがって。こんな一か八かの賭けに出る人間のどこが弱気なんだ」
「忘れた? わたしのジョブを?」
くすりと笑う彼女にレヴィンはハッとする。
「ああ。そうか。貴様は超攻撃特化の
「自分でも驚いてるんだけど、わたしという人間の
彼女がコツンコツンとサンダルのヒールを響かせながらゆっくりと近づいてくる。
「騙してごめん。でも、貴方の期待を決して裏切らないから。証明してみせるから。わたしが貴方にとって一番だって――」
彼女がポテンとおでこを白髪青年の肩に乗せてくる。
「わたしがダンジョン最強のアタッカーだって証明してみせるから――」
落ち着いた
「だからこれからもずっとわたしとパーティーを組んで欲しい。傍でわたしの成長を見守っていて欲しい……」
そう言って彼女がそっと腕を首に巻き付けてくる。彼女の鼓動が体温が匂いがダイレクトに伝わってくる。
レヴィンは思案するように静かに夜空を見上げる。
しばし時が止まったかのような静寂が白と黒が混ざり合う男女の間に流れる。草むらからは虫の鳴き声が響き、少し離れた繁華街からは喧騒が流れてくる。
「くそったれが……まったく厄介なやつに目をつけられたもんだ」
白髪青年は
悔しいかな彼女なら最強のアタッカーに本当になれるかもしれないと夢見てしまったのだ。そして、それを誰よりも傍で見届けたいと願ってしまったのだ。
レヴィンは負けた。気持ちいいくらい完璧に――。
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