第22話 美しい花には棘がある

 有名なカフェを巡り、ショッピングをして、露天で買い食いをするというお手本のような休日デートを満喫したところでタイムアップ。

 気づくと王都は夜のとばりに包まれていて、魔具マグのイルミネーションがきらびやかに街を照らしている。

 すっかり意気投合したジュリアンとキャロは別れを惜しむように「今度一緒に服を買いに行こう」と約束している。生来の女性好きである栗毛の幼馴染も最後まで上機嫌である。


「こんな可愛い女の子たちデートできるなんて今日は僕の人生最高の日だよ!」 

 

 心底幸せそうである。ここまでくると一種の才能と言えそうだ。

 一方、デートを楽しむ才能を持ち合わせていない白髪青年はダンジョンでマナが枯渇し『マナ欠乏症』におちいっている時のような青白い顔でベンチにもたれかかっている。


「くそったれ、ダンジョン攻略でもこれほどの疲労感を味わったことはないぞ……」


 原因は明白だ。最初から最後まで泣きぼくろの彼女に振り回され続けたからだ。

 なまじっか主導権を取り返そうと抵抗したのが間違いだった。その度に彼女から返り討ちにあいストレスと疲労感が蓄積していった。


(今日はっきりしたが、ジュリアンは俺の天敵だ)


 魔物にも相性の悪い相手がいるが、彼女はまさにそれだ。アカデミーの連中が鼻白むレヴィンの傍若無人な態度にもまったく動じないのだ。

 それどころかダンテと同じくレヴィンから偉そうにされるのを喜んで受け入れている節がある。レヴィンとしては、魔法ダメージを吸収して生命力を回復する魔物と戦っているような絶望感である。


(俺にとって傍若無人な言動は踏み絵だ。俺という人間の本質を見抜けぬ愚か者を選別するのに役に立つ)


 結果として傍若無人な言動に受け入れ灰色魔導士グレーメイジに価値を見出した者のみが周囲に残る。


「……まあ、砂金なみにほとんど残らないわけだが」


 しかし、それでも構わない。多くの人間の理解などはなから求めちゃいない。社交的ではないレヴィンの性格的にも多様な交友関係は向いてないのだ。

 ダンテは『レヴィンは生き方が下手だよね』と笑う。だが、これが物心ついた頃からの処世術なのだから仕方がない。


(俺はごく少数の有能な人物たちと有益な関係を築いていきたいだけだ)


 そういう意味においてジュリアンは希望通りの人材と言える。だが、まだ彼女のことを測りかねている。本当に信用に足る人物なのかと――。


 白髪青年が【鑑定士アプレイザー】のような眼差しで黒髪の彼女の背中を見つめていると「おーい!」と少し離れた場所からダンテが大きく手を振ってくる。


「今日はこれでお開きだ! またダブルデートしような!」

「二度とごめんだ!」

「そう言うなってレヴィン! またアカデミーでな!」

 ダンテは鼻で笑ってキャロと一緒に夜の街へと歩いてゆく。しかし、ダンテは数歩進んでなにかを思い出したように振り返る。


「あ、そうそう! レヴィン! 僕に感謝してくれ!」

「貴様に感謝することなどない!」

「まあ、聞けって! レヴィンがジルのパーティーを辞めずにすんだのは僕のお陰もあるんだからさ!」

「どういう意味だ……?」

 レヴィンは怪訝に目を細める。さっぱり要領が得ない。ところが、次の瞬間、大きく目を見開くことになる。



「レヴィンが酔った勢いで白熊亭を出て行った日! 実は僕が先回りして『レヴィンがパーティーを辞めると言いに来る』とあらかじめジルに伝えておいたんだよ!」


 

 衝撃の事実にレヴィンは言葉を失う。

「あの時は驚きましたよ。お会計も済んでないのにダンテさんが猛ダッシュでお店を出て行ったので」

 白熊亭の褐色メイドが当時のことを思い出して苦笑している。


「辞めたら辞めたでジュリちゃんとも気まずくなっただろうし、レヴィンたちのパーティーはますます順調だし、僕の忠告通り辞めなくて良かったろ?」 


 白髪青年の耳には幼馴染の言葉はもう届いていない。頭の中が黒髪の彼女のことで一杯だからだ。


「今週、20階層のエリアボスに挑戦するんだっけ? 明日にでも攻略法を教えようか? いや、レヴィンは意地でも僕には聞かないか!」


 レヴィンはゆっくりと黒髪の彼女に視線を向ける。その泣きぼくろが特徴的な彼女は薄暗闇の中——小さく微笑んでいた。

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