第18話 心の武器

 ダブルデートの当日。

 活気にあふれさまざまな人種が忙しなく行き交う王都ストラーヴァの城下町最大の繁華街。そのランドマークたる荘厳な時計塔の下で、目つきの鋭い白髪青年は頭上に広がる透き通るような青空に似つかわしくない憮然ぶぜんとした表情を浮かべている。


「ごめん。髪型がなかなか決まらなくてちょっと遅れちゃった」

「なんだその女みたいな恰好は?」

「当たり前じゃん。だって今日のわたし――女の子だもん」


 泣きぼくろが特徴的な黒髪の彼女はさらりと返す。

 今日の彼女は薄くてやたらとヒラヒラした純白の衣装に身を包んでいる。見慣れないその姿に違和感しかない。


「動きにくそうな上に防御力も低そうな服装だ」

「うん。ワンピースはバトルには向かないね。かわいさ全振りだから」

「足元も接地面の少ない踏ん張りが効かなさそうな靴だな」

「うん。サンダルはファッションアイテムだから。ヒールも高いしこれで攻撃アビを使ったら威力半減だろうね」


 ジュリアン・ジェイルハートは嬉しそうにその場でくるんと回って見せる。スカートの裾が白い花のようにぱっと咲く。

 はだけたスカートの隙間からしなやかな太ももがうっかりと覗いたからだろう。周囲の男性たちがぐわっと一斉に目を見開く。


「最近、女の子らしい恰好する機会がなかったからすごく嬉しい」


 屈託のない笑顔を振りまく黒髪の彼女に白髪青年がうんざりだとばかりにため息をこぼす。

「目立つ真似をするな。貴様はただでさえ派手な見た目なんだ」

「え? もしかしてかわいいって遠回しに言ってくれてる?」

 黒髪の彼女が期待に瞳を輝かせる。

「寝言は寝て言え」

「え? じゃあわたしが他の男の人に見られて心配してくれてるとか?」

「まだ夢を見てるようだな。歯を食いしばれ」

「いいえ。起きてます」

 ジュリアンは不服そうにため息をこぼす。

「機嫌がよろしくないようで……わたしとデートするのがそんなに嫌?」

「当然だ」

「ひどい!」

「なぜ俺様がダブルデートなどという無駄な時間をすごさねばならん。これさえなければまだベッドの中にいられたんだぞ?」

「ハァー、そうだった。レヴィンは三度の食事より寝るのが好きな人だった」


「俺様にとって睡眠こそが最大の娯楽であり、人生における至高なのだ」


「でも無駄ってことはないでしょ? 休日に親しい友人と一緒にすごすのは豊かな時間の使い方だと思うけど?」

「ふん。今さら貴様やダンテと親交を深める必要があるとは思えん」

「あ、その答えはちょっと嬉しいかも」

「意味が分からん」

「レヴィンの中でわたしとはもう十分に親しい間柄ってことでしょ?」

「うぬぼれるな。ジルはまだしも貴様など数日前に出会ったばかりの有象無象うぞうむぞうにすぎん」


「一緒だよ。わたしはジルでありジュリアンなんだから」


 レヴィンがしかめっ面を浮かべる。

「貴様、最近すっかり開き直ってないか?」

「そう?」

「『弱気な女の子』とやらはどこに行った? 最初はめそめそ泣いてばかりだったくせに会うたびに俺様への態度がでかくなっていくではないか」


「言われてみれば確かに……誰にも言えなくてずっと苦しかった胸の内をレヴィンと共有できたことで気持ちが軽くなったからかも」


 黒髪の彼女は細い指をあごに添えて興味深そうに頷いている。

「大体、貴様のアイデンティティはどうなってる? ジルなのか? ジュリアンなのか? はっきりしろ」

「そうだな……やっぱりジュリアンが本来のわたしだ」

 黒髪の彼女が真っ直ぐに答える。


「でもジルも間違いなくわたしの一部なんだ。だからジルに変身している最中にジュリアンの弱気が顔を覗かせることだってあるし、ジュリアンの時にジルのように強気になれる瞬間だってある」


「ややこいいな。それで貴様の中ではバランスが取れてるのか?」

「うん。たとえば、それこそダンジョンにワンピースとサンダルで挑むことはないでしょ? 休日の街中には街中の、ダンジョンにはダンジョンの、それぞれに相応しい恰好がある。それと同じかな」

「ジルはダンジョン。ジュリアンは日常。住みわけができてるわけか」



「そうだね。たとえるならジルはわたしにとって心に装備する『最強の武器』なんだと思う」



「ふむ。男と女の二刀流か。貴様が女神から双剣士ブレイバーたまわったのはある種の運命だったのかもしれんな」

「それいいね。気に入った」

 ジュリアンが無邪気に声を弾ませる。同時だ。聞き慣れた声が遠くからする。


「やあ。お二人さん。絶好のデート日和だね」

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