第10話 ダブルデートだと!?

 言い訳を考える間もなく栗毛の長身青年がにやけ顔で近づいてくる。


「ところでレヴィン――その黒髪超絶美人は誰なのさ?」


 よりにもよって一番面倒な奴にジュリアンの存在が見つかってしまった。

 ダンテが他人の秘密を軽々しく漏らすような不義理なやつではないことはレヴィンはよく知っている。だが、にやけ面がトレードマークのようなこの優男に秘密を握られれば、彼女は冷静ではいられないだろう。

 黒髪イケメン双剣士ブレイバーのポンコツバトルは今日だけで十分である。


「……別に誰でもいいだろ」


 素っ気なく返す。だが、案の定、昔から鼻が利く幼馴染は『これはなにやら面白そうだぞ』と口元を緩ませている。


「やあ。どうも美しいお嬢さん。僕はダンテ・ダンテリオン。この傲岸不遜で傍若無人な男の幼馴染さ。ちなみに彼とはどう関係?」


 ダンテの結婚詐欺師のような胡散うさん臭い笑顔にジュリアンが警戒心をあらわにする。いい判断である。

「勝手に話かけるなダンテ」

 詐欺師から守るべくレヴィンは彼女の前に立ちはだかる。

「どうして? レヴィンの許可がいるわけ?」

「ああ。俺様の許可なくこの女に話しかけるのは禁止だ」

「これは驚いた! あのレヴィン・レヴィアントが女の子をかばうなんて! 明日は王都に雪でも降るに違いない!」

「勝手に言ってろ。女と喋りたいならそこらへんの若い女性にでも声をかけてふられてろ」

「ひどい言われようだ」

 ダンテが「あははははは」と高らかに笑ってる。逆効果だった。この男をぞんざいに扱ったところで喜ぶだけだった。

「もう行くぞ」

 付き合いきれないとレヴィンはジュリアンの手を引き歩き出す。当然のようにダンテも付いてくる。

「ねえねえ。せめてどういう関係かだけでも教えてよ。それを教えてくれたらレヴィンの希望通りそこらへんの若い女性に声を掛けてお茶にでも行くからさ」

「貴様に言う必要はない」

 すると、ダンテは矛先をジュリアンに向ける。

 

「ならお嬢さん。教えてくれない? もしかして二人は付き合ってるとか?」

 

 ダンテは黒髪の彼女の内心を見透かすかのように双眸そうぼうを細める。

邪推じゃすいはやめろ。そんなわけ――—」

 レヴィンが否定しようとしたその時だ。ジュリアンがぴたりと足を止めてぐいっと細い腕を絡めてくる。



「ええ。わたしはレヴィンと付き合ってます」


 

 まさかの肯定である。驚きのあまりレヴィンには言葉もない。

「やるじゃないか! レヴィン! こんなすごい美人を射止めるなんて!」

 ダンテが我がことのように歓喜している。


「ああ……僕は嬉しいよ! ようやくレヴィンのことを受け入れてくれる女性が現れたことがさ!」


 いや、歓喜するどころかダンテは涙ぐんでいる。

「レヴィンは無愛想な見た目や傲岸不遜で傍若無人な言動から誤解されがちだけど、根は悪いやつじゃないんだよ?」

「ええ。知ってます」

 ジュリアンが食い気味に答える

「そうか! 君はちゃんとレヴィンの良いところを理解してくれてるんだね!」

「もちろんです!」

 ダンテの熱意に引っ張られるように彼女もヒートアップしてゆく。


「わたしがスタンピードに巻き込まれダンジョンで死にそうだったのを、レヴィンが危険もかえりみず助けてくれたんです!」


「そうだったのか! レヴィンはあまり知られてないけど実は強いからね!」

「ええ! レヴィンってすごく強いんです! 魔物の大群を一撃で倒してしまったんですから!」


「おお! 〈キャストオフ・ディストラクション〉を使ったのか! それは貴重な体験をしたね。あのアビを使うと数日ほど全身筋肉痛で動けなくなるからってレヴィンは滅多に使わないんだ」


「確かにあの威力ならすごく身体に負担が掛かりそうですね」

「それと〈キャストオフ・ディストラクション〉を使うと跡形もなくなっちゃうから、魔物の素材回収ができなくて非効率なんだってさ」

「レヴィンらしい考え方ですね!」

「なによりレヴィン曰くサポート系の灰色魔導士グレーメイジが攻撃魔法アビを使用するのはポリシーに反するらしいよ」

「そっか。ポリシーを曲げてまで、わたしのために攻撃魔法アビを使ってくれたんだレヴィン……嬉しい」

 二人は久しぶりに再会した同級生のように意気投合している。


「そうだ! せっかくだから今度の休日に城下町でダブルデートしよう! 僕もガールフレンドを連れてくるからさ!」


「は? ダブルデートだと!?」

 レヴィンの意思などお構いなしにジュリアンが「いいですね!」と即答する。

「はい。決まり。お邪魔様! じゃあ今度の休日に!」

 要件を済ませたダンテは宣言通り脱兎のごとく去ってゆく。あまりの展開の速さにレヴィンは怒ることも忘れてただただ戸惑うばかりだった。

「な……なぜ?」


「なぜってダンテくんの対応に困っていたようだから、今回はわたしがレヴィンを助けようと思っただけ」


「その結果、ダブルデートすることになっただろうが!」

「でも、ダブルデートを了承しないと話が終わらない雰囲気だったじゃない?」

「確かにそうだが……釈然しゃくぜんとせん。そもそも付き合っているという嘘は本当に必要だったのか?」

「じゃあどういう関係だって答えるのが正解だった?」

「そ、それは……」

 白髪青年の言葉は続かない。会う度に付き合ってる女性が変わるダンテと違ってレヴィンは女性に関してはとんと疎いのだ。

 白旗を振るようにレヴィンには深いため息を零すしかない。厄介な展開に胸中は土砂降りである。


「レヴィン! 今度の休日、楽しみだね!」


 一方、彼女は雲ひとつない青空のごとくすこぶるご機嫌である。

 ちなみに翌日のダンジョン攻略では昨日のポンコツぶりが嘘みたいに絶好調なジル・ジェイルハートだった。

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