第9話 いいえ、妹です

「皆さーん! ジルさまの行方ゆくえが分かりました!」 

 新たな女子学生が狂信者の集団に駆け寄ってゆく。


「無限迷宮の入り口付近にいた冒険者が言うには、ジルさまは地上に戻られてすぐにあのにどこかに連れていかれたそうです!」


「まあ! あの地味で目つきの悪い魔導士がジルさまになんの用かしら!」

「地味で目つきの悪い魔導士ごときがジルさまのような光輝くスターと一緒だなんて生意気ね!」


(このぉ! 黙れくそ信者どもが! 誰が地味で目つきの悪い魔導士だコラァ!)


 自分が派手でも人好きのするような人間でもないと自覚している。だが、赤の他人から好き勝手言われる筋合いないのだ。

 レヴィンはお望み通り悪い目つきで大通りを睨みつけてやる。すると、目敏めざとい女子学生の一人がこちらに向かって声を発する。


「見て! あそこにいるのって地味で目つきの悪い魔導士じゃない?」

「え、ちょっと待って。その背後にいるのって……ジルさまじゃない?」


「嘘だろ……この距離で気づくか普通」

 半べそをかいているジルをレヴィンは急いでマントに隠す。ファンたちの足音が急速に近づいてくる。

 

「ジルさまが地味で目つきの悪い魔導士とこんな裏路地で一体なにを……?」

「ジルさまの人気に嫉妬して地味で目つきの悪い魔導士が文句を言っているのよ!」

「地味で目つきの悪い魔導士がジルさまに文句ですって! 許せないです!」


 ふざけるなと振り返って叫びたいところだが、レヴィンは怒りをぐっとこらえる。この場は知らぬ存ぜぬでやり過ごすのが賢明だろう。

 あっという間にレヴィンは数十人の女子学生たちにぐるりと囲まれる。


「魔導士の貴方。そのマントの中に隠しているのはジルさまではなくって?」


 ファンの代表らしき女子学生が尋ねてくる。

「は? ジル? なんのことだ?」

「とぼけても無駄よ。そのマントから覗いてるブーツやパンツのデザインはジルさま御用達の『グラングラン』の装備品で間違いないもの」

 ファンたちがうんうんと頷いている。

「……こいつらマジか」

 身震いせずにはいられない。人気者になると、どこでなにを買っているのかすべて把握されてしまうのか。心休まる暇がないじゃないか。

 

「さあ! 早くジルさまを解放しなさい!」


 女子学生たちがじりじりと詰め寄ってくる。直後である。ひとりの女子がチャンスとばかりに白髪青年のマントを掴んでまくり上げる。



 瞬間、女子学生たちの眼前に――—黒髪の美しい女子が現れる。



 筋肉質で凛々しい見た目のジルとは正反対のスレンダーで繊細そうな女子だ。

「え? ジルさま……じゃない?」

「この女性は誰……?」

 女子学生たちが困惑の表情を浮かべている。ざまあない。

 レヴィンは咄嗟に機転を利かせてマントの中で、表面上のマナ情報を書き換えて見た目の性別を変える【蝶の指輪バタフライリング】をジルの指から外したのだ。


「だから違うと言っただろ。俺様はこの娘と大事な話をしているんだ。部外者はさっさと消えろ」

 

 白髪青年が勝ち誇ったように吐き捨てる。ところが『女の勘』というやつだろうか。一人の女子学生が怪訝けげんそうに眉をひそめる。


「ちょっと待ってください。なんだかその女性……ジルさまに似てませんか? ほら、目元の泣きぼくろとか一緒じゃないですか!」


 蜜に群がる虫のようにファンたちが一斉にジュリアンに詰め寄る。容赦なく突き刺さる品定めの視線にジュリアンは怯えるようにレヴィンの背中に隠れる。

(まずい……このままではジルが実は女だとバレるのでは……)

 慌ててレヴィンは口を開く。



「馬鹿め! ジルに似てて当然だ! この娘はだからな!」



 女性たちから驚きの声が上がる。レヴィンはここぞとばかりに畳みかける。

「見ろ! 貴様らが無遠慮に近づいたせいで臆病なジルの妹が怯えてるではないか!今すぐ去らなければジルにこの件を報告することになるが?」

 効果はてきめんだ。言うや否や女子学生たちが青ざめた顔をして後ずさる。すぐさま「勘違いして悪かったわ」と逃げるように去ってゆく。

 レヴィンには理解しがたいが、どうやらファンにとって憧れのスターに嫌われることほど辛いことはないらしい。


「レヴィン……本当にありがとう。君にはいつも助けられてばかりだ」


 お礼を言われるのは当然として、なぜかジュリアンが背中から抱きついてくる。

「いい加減離れろ。狂信者どもはもう行ったぞ」

「無理だよ。わたしは臆病なジルの妹だもん」

「ふざけるな! それは俺様が作ったその場しのぎの架空の設定だろうが!」

「でも本当にわたしは怖かったんだ。もしジルだとバレたらどうしようって……ほら、まだ心臓がどきどきしてる」

「ちょ! 貴様は痴女ちじょか! 背中に胸を押し付けてくるな!」

「口が悪いな。ただのスキンシップじゃないか」

 なぜかジュリアンの声は楽しげである。


(なにを考えてるんだこの女は……俺をからかってるのか? 弱気のくせに妙に大胆なところもあるとか意味がわからん)


 その時だ。一難去ってまた一難である。


「やあ。レヴィン。こんなところでなにしてるのさ」


 騒ぎを聞きつけたのかもしれない。近くから聞き飽きた幼馴染の声がする。

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