第4話 黒髪イケメン双剣士

 ジル・ジェイルハートはパーティーのリーダーにして、女性ファンから泣きぼくろが素敵だと評判の黒髪イケメン双剣士ブレイバーである。

 ちなみにジルは性格までイケメンだ。

 弁舌べんぜつ爽やかで正義感が強く、女性だけではなく子供や老人にも紳士的で、仲間に対しては男気があり戦闘では誰よりも勇猛果敢ゆうもうかかんだ。

 さらに双剣士ブレイバーは前衛物理ジョブの中でもトップクラスのダメージ性能を誇り、二刀流で踊るように魔物を殲滅せんめつする姿は実に華やかだ。


『オレに任せろ! オレがみんなの未来を斬り開く!』


 バトル中に歯が浮くようなセリフを恥ずかしげもなく叫び、それが様になってしまう戯曲ぎきょくの主人公のような稀有けうな人物だ。人気が出ないわけがないのである。

 そんな黒髪イケメン双剣士ブレイバーのヒーロー気質が鼻につかないわけではないが、冒険者としての実力は認めざるを得ない。

 さらになんとジルは〈強化アビリティの効果UP〉というレヴィンと相性抜群のパッシブ持ちでもあるのだ。

 白髪青年はアカデミーの男子寮の前で短くため息を零す。


(ダンテの意見を認めるようで癪だが、正直、ジルのパーティーを抜けるのはかなりの痛手だな……)


 だが、ダンテにも愚痴ったように周囲の雑音に我慢が限界突破している。レヴィンは冒険者としてもっとストイックにダンジョンと向き合いたいのだ。

 レヴィンたちのパーティーには互いのプライベートには干渉しないという暗黙の了解がある。アポなしでメンバーの部屋を訪れるなどもってのほかだ。しかし、今夜ばかりはそんなルール知ったことではない。


「ジル・ジェイルハート! 話があるッ!」


 白髪はくはつ青年は勢いに任せて部屋の扉をドカンと開け放つ。瞬間だ。レヴィンの視界に生まれたての姿をした若い黒髪女性が飛び込んでくる。



 それは雪のように白く、絹のようになめらかで、若竹のようにしなやかなで、白桃のように瑞々みずみずしい、泣きぼくろが印象的な美しい女性だった。



 想定外の展開に白髪青年は行動阻害の魔法アビリティでも喰らったみたいに固まってしまう。相手の黒髪女性も青ざめた顔で石化している。


(酔っていて部屋を間違えたか? それともジルがこっそり女性を部屋に連れ込んだのか……いや、男子寮は女人禁制にょにんきんせいのはず。あの優等生が校則を破るはずがない……では、一体、どういうことだ? よく見ると、ジルに似ている。泣きぼくろの位置が一緒だが、もしかしてジルの姉か……いや、妹か?)


 さまざまな考えがレヴィンの脳裏を駆け抜けてゆく。その時だ。先に呪縛から解き放たれたのは黒髪女性だった。

 黒髪女性は慌てて水がしたた肢体したいをタオルでくるむと、必死の形相でベッドのサイドテーブルに腕を伸ばす。


 そこには鎮座ちんざしている。


 瞬間、黒髪女性が足を濡れた床で滑らせど派手にバランスを崩して、指先でサイドテーブルをひっくり返す。自身も大股を開いた姿で床に転がる。

 直後だ。大きな放物線を描いて蝶の指輪がレヴィンの手中に着地する。


「あああああ! わ、わたしの指輪を返してええええええええええ!」


 黒髪女性が床を這いずるようにレヴィンに突進してくる。そこはかとない恐怖を感じて素早く回避する。しかし、アルコールが回っているせいだろうか。足をベッドの角に打ち付け背中からシーツに倒れ込んでしまう。

 そこへ黒髪女性が雪崩なだれ込んでくる。


 しくも若い男女はベッドで折り重なり見つめ合うのである。


 もちろん、甘い展開にはならない。馬乗りの黒髪女性は素早くレヴィンの掌から指輪を奪うとあたふたと自らに装着する。

 直後である――。


「————は? う……嘘だろ?」


 眼球が飛び出そうなほどレヴィンが目を丸くしたのは言うまでもない。

 なぜなら、蝶の指輪をはめた途端、女性の丸みを帯びた肢体が筋肉質な男性の肉体へと見る間に変貌へんぼうを遂げたからだ。


 その泣きぼくろが特徴的な黒髪イケメン青年はレヴィンの良く知る――ジル・ジェイルハートその人だった。

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