第6話 学校の中で二人だけ その2
「ここのみんなみたいに、私もあんたたちがつくったイベントを楽しめてればぜんぜんこっちの方がいいよ、なんて言ってあげられたんだろうけどさ」
私はついつい飛鳥田の前で弱音を吐いてしまった。
イベントを主宰している親玉の前でこんなことを言うなんて、ダメ出ししているようなもんだ。
「佑果ちゃん、恋愛促進イベント楽しくないの?」
「そういうわけじゃないけど、ちょっと乗り切れないかなって」
ああ、くそ、私の前で悲しそうな顔をするんじゃない。
あんたみたいな綺麗な顔した女の子を悲しませようなんて考えるほど、私は意地悪にできちゃいないんだよ。
「いや、すっごく演出は凝ってるし、雰囲気はいいから、イベント自体がダメってわけじゃないんだけど……」
だから私は、こんな飛鳥田に気を遣うようなことを言ってしまうのだ。
「なんか私は、みんなみたいに恋愛一直線! みたいなノリでいるのが苦手っていうか」
男子を本気で好きになったことがないから。
「私ってちょっと変わってるのかなー、って思っちゃう場にしかならないから、イベントに参加してると居心地悪いんだよね。みんなには悪いと思ってるけど」
ひょっとして私は、初恋すらまだの、情緒的にニブすぎる人間なんじゃないかと思うことがある。
恋愛はロジカルなものじゃなくて、自分の中にある感情が溢れ出した結果ってことくらい、恋したことのない私だって知ってる。
私がそんな気分になれないってことは、みんなにある当たり前のモノが私にはないってことに思えてしまう。
みんな持っているのに、自分だけ持っていない。
私の中には、そんな寂しさがずっとあった。
「クラスメイトはいい人たちだし、私を見かねて気をつかってくれるんだよね。それがかえって重くなっちゃって、せっかくのみんなの気持ちに応えられなくて悪いなーなんて感じるのが悪循環でさ。もういっそ、かたちだけでもカレシつくっちゃおっかなって考えてるくらい」
恋愛感情を持っていなくたって、カレシをつくることはできる。
変なこだわりさえ捨ててしまえば、みんなと同じになることは、ここでは他のどの学校よりも簡単なはずだ。
学校側が、恋人づくりを全力でサポートしてくれるのだから。
「まー、イベントつくってる本人の前でグチばっかなのもクソダサいと思うし、今週末のイベントは、ちょっと今までの私とは違うことを――」
私の言葉が止まる。
突然、ふんわりとした甘い匂いと一緒に柔らかい感触に包まれた。
真っ昼間のキラキラした海に囲まれた屋上で、私はやたらとキラキラした女の子から抱きしめられていた。
私の肩に、飛鳥田の程よく円になっている顎が乗っていて、痛いというよりくすぐったく感じた。
脳みそがまとも動かなくなりそうなのは、同性だというのにクラっとするくらい甘い匂いがする飛鳥田のせいだろう。
「佑果ちゃんの気持ち、わたしもわかるよ」
私に視線を合わせて、飛鳥田が言った。
「わたしも、この学校にはカレシいないから。みんなと馴染めてる気がしないんだ」
「えっ、マジで?」
一瞬私は、飛鳥田が私のためにウソをついてるのかと思った。
だって、恋愛促進イベントを企画しているトップにカレシがいないなんて、それって自分たちがやってることを否定しているようなもんじゃん。
「うーん、恋人がいないっていうのとはちょっと違うんだけど」
飛鳥田が、空に視線を向けながら首を傾げる。
「……わたしね、カレシが島の外にいるの」
飛鳥田が独り身なのかと思って、この場で逆立ちしたくなるくらい驚いたけれど、そのからくりを知れば、なるほどと頷けるオチだった。
恋愛促進イベントは、あくまで学校内の男女同士で交流を持つ場で、外部の人間が入ってくることはない。だから、この学校における恋人持ちは学校内に恋人がいるものなのだが、学校外に恋人を持つことを禁止されているわけじゃない。
恋愛促進イベントによるサポートを得られなくなるデメリットはあるものの、そんなものに頼らなくても恋人をつくれると思っている進んだ子たちは、学校外で恋愛をすることだってあるはずだ。
飛鳥田も、その一人なのだろう。
相手が本土の人間なら、海を隔てているわけで、会いに行くのも大変だろうな。だからみんなは、島にいる人間同士で恋人になろうとするんだろうけどね。
純浄樹島民の飛鳥田が島を出る時は、カレシに会いに行く時くらいしかないのかもしれない。飛鳥田くらいの子なら、向こうの方がずっと夢中になって、不便で娯楽がなかろうと島の方へ来ちゃうなんてこともあるだろうけれど。
「だから、わたしも佑果ちゃんとおんなじ」
「いや違うでしょ。ちゃんとカレシいるんだし」
「でも、学校にはいないんだから、みんながカレシと一緒の時でも、わたしだけ一人だよ?」
飛鳥田が自嘲の笑みを浮かべる。
「だから、そういう自分だけみんなの空気の中に入っていけないなぁ、って寂しさはわかるんだ」
正直言えば、腑に落ちなかった。
学校外とはいえ、カレシがいるのだから、学校内外に恋人がいない私とは立場が違う。
それでも、みんなが恋人と楽しい語らいをしている時に一人だけそういったことができない寂しさは、自分の境遇に当てはめればすんなり理解できることだった。
「そっか……」
私は、飛鳥田に同調の頷きを返す。
飛鳥田に対する見方が、少しだけ変わってきていた。
生徒会長として、飛鳥田は恋愛促進イベントの音頭を取っているわけだけど、その中心人物は、頑張れば頑張るほど疎外感を覚える立ち位置にいるのだ。だって、恋愛促進イベントを盛り上げれば盛り上げるほど、周りにカップルが増えて、すぐそばに恋人がいない飛鳥田の疎外感は増すのだから。
逃げてばかりの私より、辛くても真正面から向き合っている飛鳥田の方がずっと大人だと思う。
まあ、無邪気にヒトの卵焼きをねだって、あまつさえ強奪しちゃうようなヤツでもあるんだけど。
「だから、わたしたちは仲間ってことなんだよね」
頭の上に浮かんでいる太陽に負けない輝きの笑みを見せてくる飛鳥田。
抱えていたモノを素直に吐き出せたような清々しい表情を前にして、飛鳥田なりの正直な気持ちを打ち明けてくれたのだとわかった。
「同じ仲間ってことで、佑果ちゃんとはこれからも仲良くしたいな」
飛鳥田と目が合う。
「一人でいるより、佑果ちゃんと似たようなわたしがそばにいる方が、佑果ちゃんも安心できるでしょ?」
魅力的な提案に思えた。
この学校内で、めんどうくさい私のことをわかっていて、まともに付き合ってくれそうなのは、飛鳥田だけに思えたから。
だって飛鳥田は、今日初めてこうしておしゃべりしてから今に至るまで、他のみんなのようにいかに恋人の存在が素晴らしいかしつこく語ってきていない。
普通の友達同士のように自然に話すことができる相手というのは、今の私にとっては貴重な存在で、そして求めていたものだった。
それなら、飛鳥田の案に乗るのも悪くはない。
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